生後111日目⑤
「えー? やだぁ恵ちゃん、それ本当なの?」
「ホントホント! もうあの頃のくーくんったらホントバカでね〜」
アシュリーと恵が飯に出かけてから約3時間、ドアの向こうから2人のかしましい声が聞こえる。
恵に俺の何をバラされているのかが若干気がかりで恐ろしいが今はそれどころではない。
「……おい、そろそろ」
「……おう」
俺が小声で囁くとジョセフは素早く正座の体制。
作戦はこうだ。
1、アシュリーが現れ次第いきなり大声で謝る。
2、二の句を継がれる前に、自分で気付いた(俺が教えた)自分の悪かったところを話す。
3、アシュリーに何かを言われる前に自分から家を出て行く。後は振り返らない。
……これでバッチリうまくいくはず。
ガチャリ。
ドアが開かれ2人が現れる。
恵を胸に抱えたアシュリーを改めて見る。
ロング丈の裾にうっすらとペイズリー柄のあしらわれた白い麻のワンピースは、素朴さに加え彼女のスタイルの良さも際立たせるハイブリッドな似合い方。
そして普段強めに巻いている金髪は緩やかなウェーブを残したまま下され、普段よりも柔らかな印象。
それらが相まって仕事モードの時とは違い、何処か親しみやすい『下町でランチする普通のいい女』的な印象を生み出している。
彼女の周りに気を配る性格を感じさせる、TPOを意識しつつも自分を良く魅せることも忘れていないファッション。
そんなこいつから発せられているのは、とびきりにいい女のオーラ。
なるほどジョセフが惚れるのも頷ける。
俺もレナという世界最高峰の女に出会う前ならば危なかったかも知れない。
ジョセフを横目でチラリと見る。
奴は惚けたような表情でアシュリー(胸元)を見つめている。
「……バカヤロウ!」
小声で言いながら俺はジョセフの側頭部を哺乳瓶で殴る。
「あいたっ!」
ジョセフは痛がった後一瞬恨みがましそうな視線を俺に向けるもすぐにハッとしてアシュリーに向き直る。
「あ、あの、あ、アシュリ……」
「は? なんでまだいるの?」
ジョセフのモゴついた言葉にかぶせ気味に言い放ったアシュリーは、酷く冷めた目をしていた。
そこからはジョセフがまるで一度剥がして粘着力を失ったセロハンテープにでも見えているかのような、恐ろしく温度の低い心が露出している。
針のように鋭い緊迫感にジョセフは凍りつく。
「あ、……あの、あ、ああああのお、俺……」
俺はこっそり恵に目配せすると、恵は申し訳なさそうに小さく手をあげる。
ふむ、出て行く時は若干機嫌も治っているかと思ったのだが、あれから何かあったのだろうか。
「…………」
アシュリーは冷めた目のまま、ジョセフを黙って見下ろす。
「あの、お、俺、ホントバカだから、ぜ、全部自分基準でさ、さ、……さっき考えててやっと、あ、アシュリーちゃんにどんなヤな想いさせてたか気付いたっていうか……」
テンパったジョセフが作戦の1番をすっ飛ばし自分の悪かったことへの気付きをアピールし始める。
「……ふーん、気付いた、ねぇ」
アシュリーはジョセフを一瞥したあと、スーパーボールさえ砕きそうな凍った視線を俺に向ける。
「い、いやそのだな……」
「え? 何、クナイちゃん、あたし何も言ってないんだけど?」
「い、いや別に、その、……お、俺は別に何もし、してねぇし?」
しまった! 恐怖のあまり初めて補導された中学生みたいなリアクションになってしまった。
これじゃ俺が絵を描いてるって言っているようなもんだ。
「……ま、別にいいんだけどね? クナイちゃんが悪いワケじやわないし」
言いながらチラリとジョセフを見やると、まるで生物としての興味を失ったかのように、すぐにこちらに向き直る。
「でもさぁ、クナイちゃんはこのハゲとも友達なのはワカるけどさ? ちょっと空気読めないトコあるよね?」
……どうしよう、ちょっとムカついてきた。
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