生後111日目④

「……それにしてもお前、たった2日でよくもまああそこまで怒らせたな」


 アシュリーの家でジョセフと2人。


 怒れるアシュリーを恵が連れ出してくれたのはありがたいが、このシュンとしたアホと2人きりというのもいささか面倒ではある。


「……いやぁ、面目ない」


 ジョセフから大体の経緯は聞いた。


 レナと喧嘩(これの原因はなしてくれない)の結果家を飛び出したジョセフはまず、職場の上司であるマリブの家を訪ねてしばらく泊めてくれないか尋ねたところボロクソにディスられたしモチロン泊めてももらえなかった。


 そして傷心状態の半泣きのまま途方に暮れて街を歩いてたところをアシュリーに出くわし、アシュリーはあまりに悲壮感を漂わせるジョセフを見かねて話を聞き、しばらくの間ならと家に泊めることにしたらしい。


 しかし、そこから地獄は始まった。


 風呂上がりに水滴を垂らしたままリビングを歩いて部屋を濡らしたり、大工仕事で汚れたままの服でソファに座ったり、とにかくジョセフの日常通りの行動はアシュリーのこめかに血管を浮かせるようなことのオンパレードだったようだ。


 そして「……次やったら殺すから」と言われた回数が20回を超えたあたりで口も聞いてくれなくなり、沈黙のまま過ごす半日の後、先ほどの事件が起こったのである。


 ……ふむ。


「やっぱお前もう出ていけよ?」


「そんなぁ〜、折角舞い込んだチャンスが!」


 なる程。やはりそう、こいつの場合それが問題だ。


 この状況がチャンス? 


 この状態が続いてアシュリーに今後山に埋められることはあっても惚れられるなんてことは天地がひっくり返ったってない。


 その事実をまるっとシカトして一緒にいられることで進展があるかもと考えられるポジティブシンキングは正直羨ましくはあるが、アシュリーからすりゃ地獄だ。


 「…お前いつもあんなにレナに迷惑かけてるくせによく言うよ」って声がどこからか聞こえてきた気がするがそれは今は置いておこう。


 こいつはツラはイケメンとは言えないが不細工でもないし、頭は良くないがその代わりひょうきんで楽しい男。


 総合的に見りゃ悪くはないだろうが、それはあくまで相性が良かった場合。


 まして。アシュリーは人に気を使う仕事だ。


 自分のして欲しくないこととかして欲しいことに全く気を使わないし気付きもしない客の、して欲しいこと嫌なことにセンサーを張り巡らせる毎日。


 この状態で自宅でまで他社の"鈍感さ"に困らされれば腹も立つのだろう。


「そういう意味じゃねぇよ」


「へ?」


 よくも悪くもこいつは鈍感。

  

 気楽さ、という意味ではこいつの細かいことは気にしない性格は大いに一役買う。


 しかし、気付いて欲しい、察して欲しい、って気分の時にはそれは仇となる。


「いやよ? アシュリーは、そのなんてんだ? ……おめぇのちゃらんぽらんさというか、アシュリーへの配慮のなさが嫌だったわけだろ?」


「……ああ」


「ついでに言うと、お前がそのことに気づいてさえいない、悪いことした意識すらないってことに関して言えばもっと腹が立つわけだ」


「……そーなのか?」


「そうだ。アシュリーのことなら俺は絶対にお前よりわかっている。毎週飲みに行って多くを話してきたからな」


「……いいなあ」


 ジョセフが心底羨ましそうな視線を送りつけてくる。


「そして、俺もたくさんあいつをキレさせてきた。今日と同じくらい怒らせたこともある」


 お前らにはアシュリーとの楽しいやり取りしか話しちゃいなかったがそれは許してほしい。


 ……人間、自分のストーリーを誰かに話すって時は自分を出来るだけかっこよく魅せたいもの。その件はそれに必要ない部分としてカットしたまでだ。


「今日と同じくらい? ……大丈夫なのかそれ」


 言いながらジョセフが「こいつに相談して大丈夫か?」的な疑わしい視線を送る。


「バカ野郎、俺はお前、だからこそ言ってやってんだよ。いわば俺はおめぇ、アシュリーにキレられるっていう行為の先輩なんだよ、その先輩の目線からありがたいアドバイスをだな」


「……えー」


 ジョセフからのあきれ交じりの視線が痛い。


「だ、だから俺が言いたいのはそういうことじゃなくてよ? 自分を怒らせたことをして尚且つ、それの何が悪いのかにさえ気づいてない状態ってのをアシュリーって女はメチャクチャ嫌がるってことだ。……ということは今、お前がどうすべきかはわかるな?」


「えーっと、……謝る?」


「そう、それなんだがお前はさっき謝ってたけどキレられていたよな? それがどうしてかはわかるか?」


「えーっと、……謝り方?」


 ジョセフは自信なさげに言う。


「……まあ、大枠で言えばそうだ。洞察力のあるアシュリーからして、お前が『なんでここまで怒ってんのかはわかんないけどとりあえずごめんなさいしとけ』的なノリで謝っていたのは間違いなく丸見えだったと言っていいだろう」


「そ、そうか」


「それをうけたアシュリーの感情はおおかた、『こんなにヤなことされたのに、何で悪かったかも知らないで、知ろうともしないで、自分が許されるためだけにとりあえず謝られてる』といった感じだろう」


「そ、……そうか」


 ジョセフの額に冷や汗が伝う。やっと事態の深刻さをちゃんとした形で受け止められたのだろう。


「ならば今のお前に出来ることは、たった一つ!」


「そ、……それは?」


 ジョセフが唾をゴクリと飲み込む。


 ……ふっ、名探偵にでもなった気分だ。


「アシュリーが飯に行っている間に考えて、自分が何が悪かったのかを考えた結果を伝える。そして正解を出す。そして、その責任をとってすぐにここを出ていくことだ! 事態の重大さをちゃんと把握したことを伝え、その責任を取ろうとする態度を全力で見せるのだ!」


「な、なるほど!」


 ジョセフが目を見開いて俺のナイスなアイデアに感心する。


 ふむ、悪くない。


「ふっ、これからは名カウンセラークナイとでも呼ぶんだな」

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