生後111日目①

「よぉダニー、悪ぃないきなりよ?」


「まぁまぁ気にしないでくれよ、丁度暇してたし」


 快活な笑みに迎えられ、玄関を入る。恵は恐る恐るといった様子の4足歩行で俺の跡に続く。


 ギュスターブをドアにはめ込んでレナに折檻されて泣いた翌日、俺と恵はダニーの家を訪れていた。


 現在寝床のない恵(昨日は雨が降っていたのでうちの高いところにある押入れの中でギュスターブの脅威に怯えながら寝た)が安心して泊まれる家探し第一弾である。


 お人好しのダニーなら、動物嫌いでもない限り快く恵を家に置いてくれるだろう。


 しかしいくら今は猫だとはいえ恵も精神は一端の成人女性である。 


 いきなり男と一緒に住むのは抵抗があるだろうし、家主との相性も重要だ。


 本人は至って気楽な様子で「そんなのどこでもいいよ〜、昨日まで屋根の上で寝てたんだからぁ」なんて言っていたがこいつの「なんでもいい」ほどアテにならないものはない。


 飯を食いに行くときに「くーくんの食べたいものでいいよ〜♪」と言いながら、実際奴のあまり好きでない店に行くとムスッとして口数が減るという、面倒くさい女代表のような奴である。


「わぁ……」


 部屋に入るやいなや恵が感嘆の声を漏らす。


 ダニーの部屋は白い壁紙にダークブラウンのニスでマットに仕上げられたナチュラル志向な家具類、家具と同系色のフローリングの床にはあえてカーペットを敷かないことで心地良い清涼感を演出している。そして所々小さなサボテンなどの可愛らしい植物が散りばめられた、なんともオシャレな部屋だった。


「まぁ狭いけどくつろいでってよ」


「ダニーてめぇ……」


 俺は思わず声を漏らしてしまう。


 そんな俺に「ん?」と首をかしげながらこちらを向くダニーに言ってやる。


「ドスケベじゃねぇか!」


「え!? なんで?」


 白々しくも驚いた様子のダニーの肩にポンと手を置いてやる。


「いいか、ダニー。男が自分の部屋をこんなにしてたらよ? 女ウケ狙いなのは丸バレだ」


「……へ?」


 それでも白々しくキョトンとした様子のダニーの目を真っ直ぐ見ながら俺は続ける。


「おおかた、家に遊びに来た女に『わぁ、この部屋オシャレ〜♪』とか思われたいんだろうがよ?」


「ちょ、……ちょっと待ってくれよ、べ、別にそんなんじゃあ……」


「い〜やお前は狙ってる! お〜かた遊びに来た女に『ちょっと待っててくれよ? コーヒー入れてくるから』とか言っちゃってよ? 部屋で一人待つ女をロマンチックな気分にさせてよ? 『……なんか素敵な気分、……ま、まぁ別に? 一回くらいなら?』」


 そこで俺は立ち上がり、ダニーを指差し力強く言う。


「とか思わせようとしてるに決まってやがんだよ!」


「そうだそうだぁ!」


 恵も立ち上がり俺に便乗するように言う。


「え、……えーっと、さっきから気になってたんどけど」


「その、喋る猫ちゃんは……」


 ふむ、確かに無駄にオシャレな部屋に住んでやがるダニーをオチョくるのに夢中で忘れていたが、もちろんダニーと恵は初対面だ。


 ダチの喋る赤ん坊が、そのまたダチの喋る猫を連れてきたのだ。


 困惑した顔になるのも当然の反応だといえよう。


「こいつは俺の昔からのダチで、エロい紙芝居を作ることに命をかけた女、恵だ!」


「そーだけど! そーだけど言い方!」


 慌てたように叫ぶ恵をシカトして俺はダニーを指差し恵に言う。


「そしてこいつはダニー、お人好しなドMだ!」


「ドMじゃねえって!」


 恵を紹介されてもまだ何か言いたそうだったダニーが叫ぶ。


「……いや、でもお前」


「あ、……あれはほら、別にそーいうんじゃなくてさ、……マリブさんがくれた言葉だか……」


 言いながらダニーが自分の右膝を見下ろすと腿の上に乗った恵がキラキラとしと

た目で見つめていた。


「……恵ちゃん、……どうしたんだい?」


 いくら猫とはいえ初対面の恵に乗られたうえに真っ直ぐに見つめられたダニー。

 奴が困ったなぁ、といった様子で頬をポリポリとかきながら問うと、恵は目をキラキラと輝かせたまま、


「ねぇねぇ! ドMってさ? どーいうことされたら嬉しいの? ことば攻め? それともムチとかローソク? それともそれとももしかして金蹴り? え、……それとも全部??」


 恵は早口にまくしたてると、「キャー」と小さく言いながら顔を前足で押さえる。



 ダニーはあわあわと「だ、だから違うって」と弁明を続けるが全く聞いちゃいない。


 そして一通り悶絶した恵は立ち上がり、クワッと目を見開く。


「くーくん、ペン! 紙とペン持ってきて!」



 

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