生後105日目③

「こちらモヒカン、向こうから歩いてくるガタイのいい坊ちゃん刈りは見えるか?」


『こちらパツキン、見える見える! あのキモいタンクトップ着た奴だよねー?』


「そうだ、あのナルシスト臭いヤローだ! ボッコボコにやっちまえ!」


『ラジャー、……ふふ、楽しみぃ』


 俺とジョセフは曲がり角の影に隠れて様子を見ている。


 今回の仕掛け人、マリブとは"ラインストーン"という魔法石を使った通信を行っている。


 この世界には電話などというハイテク機器は存在しない変わりに、大体の便利なことは魔法でカタがつくらしい。


 それにしても、


「おい、……マジでやるのか?」


 この女とはまだ会って数十分しか経っていないが俺にはわかる。


 この女はヤバい。何がヤバいかって言われると基本的に全部がヤバい。


 人をおちょくるのが好きなサディストで、自分が崇められるのが当たり前だと思っていて、おまけに美人だ。


 そう、こういった場合美人というのはマイナスポイントなのだ。腹の立つ、イキった発言というのは基本的にブサイクな人間にされるよりルックスのいい奴にされた方が腹が立つのだ。


 ……殺したくなる。


 果たしてダニーの野郎はこのヤバい女を前にしてどうなってしまうのだろうか? 想像もつかない。


「……けどさぁ、クナイちゃん出来るか? 今更マリブさんにカマされたダニーがどんなリアクションとるのか見ないなんてよ?」


 ……そう、想像もつかないからこそ、


「………………む、りだな」


 気になって仕方がないのだ。


 人間ってやつはいつだってそう。


 新しいとか、初めてってやつを求めてテメェの心から見える世界を冒険しちまう。

  

 たとえそれが、誰かを傷つけるような行為だとしても。


 ……すまん、ダニー。


 そして俺はジョセフと向き合いフッと笑みを零す。


 俺たちも大概なクソヤローだったようだ。


 ☆


『ねえ、おにーさん、ちょっといーかな?』


『ん? ああ、なんだい?』


 マリブはまるでダニーを見つけたかのように小走りで駆け寄り、両手を顎の下で握ったぶりっ子スタイルで話しかける。


 対するダニーはこんなことは慣れているとばかりに余裕を持った雰囲気で対応する。


「……ふっ、ダニーの野郎、イケメンぶっていられるのも今のうちだぜ」


「確かに、お前だったら突然女に話しかけられたらもう今頃ちょっとニヤけちまってるもんな?」


「べべ、べ別にそんなことねーし?」


「しっ、……静かに」


 俺は慌てるジョセフを窘めると魔法石に耳を澄ませる。


『ねー? プロバイダーってお店どこにあるか知んない?』


『んー、ゴメンよ? ちょっとわからないかな』


 すると突然、マリブは大袈裟に両手を広げ、『マジ呆れるんですけど』を全身でアピールすると、


『はぁ? なんでこのアタシが行きたいお店のこと知んないの? ありえなくない? ……アンタモテないでしょ?』


 ……うわぁ、呆れるまでの流れが意味わからないうえになんだあのイキった目つきは……。


『え、えーっと、……その』


 早口にまくしたてるマリブにダニーはしどろもどろに困惑する。


 うむ、……とても可哀想だ。


「なあ? あのマリブさんのボディランゲージまじですごくね? 俺、あんなにもうぜぇ動き見た時ねーよ」


 確かに………、いや、俺はあれを最近どこかで、…………ふむ、あれか。


「ああ、でも最近お前うつってるぞ、あの動き」


「え? うそ!」


「残念ながら本当だ。なぜ最近俺がお前をやたらイジメたくなるのかこれで理解できた」


「え? クナイちゃんひどくね?!」


 言いながらジョセフは素早くファイティングポーズみたいな姿勢で大きくのけ反り顔を歪める。


「ほら、……それだ」


 そう言うとジョセフは口をあんぐりと開け固まる。


「…………あ、ホントだ」


 まあこいつの場合素直な感情が表に出すぎて可愛らしくもあるんだがそれは黙っておこう。


「んなことより続き聞こうや」


「…………うん」


 そして俺は表情の死んだジョセフと共に再び魔法石に耳を澄ます。


『……ねえ、アンタありえなくない? 気ぃきかなすぎなんだけど? アタシのような可愛らしい女の子に話しかけられて嬉しいと思わないの? っていうかフツー全力でもてなすでしょ? フツーにヤバいんだけど!』


『いやぁ、よく言われるんだそれ。俺って本当ボンヤリしちまっててさぁ……』


『……な、なな何言い訳してんの? お、男がそれでいいわけ?』


『はは、ごめんよ〜、これから男らしくなれるよう頑張るよ』


『……っ! そ、そーいう何でも女の言いなりんなるのもマジ意味わかんない!』


『いやぁ、……面目ない』


 相変わらずなマリブの理不尽すぎるばと…………、いや、あれはなんというか。


「あの女、なんか調子悪くなってねぇか」


「……そりゃそーだろーよ。クナイちゃん、ダニーの野郎をよく見てみろよ?」


 言われるままにダニーに視線を向けると、奴は何やら照れた様子で後頭部をポリポリとかいている。


 そこには怒りや苦悩といった負の感情は一切見られない。


「なんだあの野郎、聖人君子か?」


 これは実際にあの女を見た者にしかわからないかも知れないが、あの女は言動だけでなく表情や身体の動きまでウザい。


 女の子をそんな捻くれた目で見てアラ探してディスるなんてダサいと言われそうだが、そんな倫理観で抑え込めるほど生易しいウザさではない。彼女は本物だ。


 そんな女に意味もなく絡まれ人格まで否定されてあの態度……。


「くそっ、……予想外だ。……あいつに弱点はないってのか?」


 顔を押さえ小物臭を隠そうともせず悔しがるジョセフ。


 俺はこいつのこういう所が本当に好きだ。


『もう! 意味わかんないんだけど!』


 言いながらマリブは少し涙ぐんでいる。まあ少し気持ちはわかる。


『……ゴメンよ? 俺、女の子の気持ちとか察するのホント苦手でさ。……その、もし良ければ何に怒ってるのか教えてくれないか?』


 心の底から申し訳なさそうに尋ねるダニーを見て、マリブは目に涙を浮かべ、うぅ〜と唸ると、


『バカーーー!!』


 叫びながら走り去ってしまった。


「おい、どうする? あいつ勝ちやがったぞ」


「……うーん」


「……一応、謝っとかねぇか?」


「そ、……そうだな」


 俺達は意を決してダニーの方に向かってあるき出す。


 するとダニーはおもむろに地面に膝をつく。


「……流石にきつかったようだな。なんだ、強がっていただけか。良かったなジョセフ、これで一応奴の人間らしい一面を……」


「……いや、見ろ、奴の両手を」


 よく見るとダニーの両手は何やら必死で股間を押さえている。


「……漏れそうな程怖かったってことか。……くっ、俺は、俺は一時の好奇心のためにダチに対してなんということを……」


「いや、クナイちゃん、……奴の顔を見るんだ」


 ダニーの顔を注視すると、目は見開かれ口は固く閉じられ更に何やらモゴついている。


「あ、……あれは、ジョセフが夜中に起きてトイレに向かう時と同じ顔」


「ちょ! ……クナイちゃん起きてたのかよ」


「ふっ、……赤ん坊は連続で長時間眠れやしねぇのさ」


「……恥ずかしっ!」


 ジョセフは頬を赤らめ顔を押さえる。


「……キモいなぁ、んなことよりどうするよ?」


「……うーん、とりあえず、……ダニーんとこまで行ってさ?」


「おう」


 ふむ、コイツはバカだが基本的には友達想いの良いヤローなのだ。


 悪いことをしたら誠心誠意謝るくらいの最低限のスジは……、


「俺達に気付いて最初になんて言ってくるか賭けない?」


 通さなかったようだ。……今日のこいつは、まるで人格が悪魔に支配されているようだ。そんな薄情者に男気のある俺が言ってやる。


「ふむ、俺は『……出ちゃった』だと思う」


 ……いや、違うんだ。


 ……皆わかってくれ。


 男気のある俺は、こんなにも面白そうな勝負を持ちかけてきたコイツに水をさすようなことを言うなんて、そんなノリの悪いことは出来ないのだ。


「なるほど? 俺ぁ、『ちょ、タオルかなんか貸してくれない?』だと思うぜ? 甘いぜクナイちゃん、あの顔はまだ出てまではねーよ?」


「ふっ、まあいい、結果はダニーのみぞ知るだ、おい、ダニー!」


 急に呼ばれたダニーは一瞬ビクっとしたあと恐る恐る振り返る。


「あ、……クナイちゃん聞いてくれよ?」



「……俺、どうやら、恋を、……しちゃったみたいなんだ」


 それから3日間、俺達はマトモにダニーの目を見ることは出来なかった。


 

 




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