生後105日目②

「えー、こちらは仕事仲間のマリブさん、今回の作戦への協力を快諾してくれたナイスなお姉さんだ」


「なるほど、よろしく頼む」


『ちょっと待っててくれよ?』と言い残しどこかへ出かけたジョセフは、10分程して女を連れて戻ってきた。


 女は年の頃は20代前半くらいだろうか。顔立ちは美人ながらも少しキツめで、艷やかに手入れされた長い金髪は所々ピンクのメッシュが入っている。黒のドレスはノースリーブかつガッツリ開いた胸元からは程よい深さを誇る胸の谷間が覗き、スカートの丈も短いがエロさは感じない。なんだろう? 俺の中の重要なセンサーが、この女には絶対に欲情するなと信号を放っているような……。


「よろしく〜、……って赤ちゃんが喋ってる?」


「まあ気にするな、俺がちょっと天才なだけだ」


 俺のお茶目な返しにマリブは一瞬キョトンとしたあと、


「あ〜、自分で天才とか言っちゃう系ね? マジウケる〜」


 言いながらマリブは手を叩いて笑う。


 なぜだろう? ……イラッと来る。  


 俺は本来こういう、ギャルっぽいノリの女は嫌いではない。前の人生ではクラブやドン○ホーテの駐車場などで一緒に楽しく過ごしたりと色々お世話になった結果、こういう系の女が割と気配り上手でいい奴が多いことを知っている。


「……ねぇ、思いっきりやっちゃっていいって、マジぃ?」


 マリブが赤らめた頬を両手で押さえながら言う。


「何を?」


「え〜、だってぇ、これから男のコを〜、キレさせんでしょ? 煽ってぇ、バカにしてぇ、理不尽にぃ……殴っちゃったり?」


 頬を押さえたポーズのままイヤイヤをするように左右にフルフル。


 ……流石はジョセフの友達、リアクションが一々狂ってやがる。

 

 俺は女に聞こえないように小さくジョセフに囁く。


「なあ、ジョセフよ?」


「……ああ」


 遠い目をするジョセフにある程度のことは察するが、それでもあえて問う。


「……この女、ちょっとおかしくないか?」


 ジョセフは先程よりも更に視線を遠くにやると、


「……ああ、彼女さ? 去年のウザコンで1位だったんだ」


「……言葉の響きからなんとなくはわかるが、ウザコンって?」


「……町内ウザい奴コンテスト」


「……だろうな」


 ジョセフは、まるで生き別れた家族に想いを馳せるかのように遠くを見つめていた。


 ……なるほど、たまにジョセフがこの目をしたまま家に帰ってきて、何も言わないままおもむろに酒を飲み始める時があったがなるほど……、この女が死ぬほど嫌いなのだろう。


「ねえ、……何二人でコソコソ喋っちゃってんの? キモいんですケド?」


 マリブは少し機嫌悪そうに、しかし『キモいんですけど』の部分だけ嬉しそうにジョセフに言い放った。


 で、……ででで出やがった! ……お、男を見下す時だけテンション上がる女! 


 ……合コンなどに数多く出席したことのあるような男性の諸君ならわかってくれるだろう。


 男を貶したり、求められてもいないアドバイス(〜くらいしなきゃモテないよ? 的なやつ)をして、……してなんと! 


『あたしってさ〜? 男にこんなこと言っちゃうくらい? いい女って感じ?』


 みたいなことを一人で感じ! それはそれは嬉しそうに男を傷つけるのだ。


 で、ちょっとでもこちらが嫌そうだったり冷めたリアクションするとこうだ。


『え〜? ノリ悪くない? っていうか空気読めって感じ』


 お前だっ! お前が空気読めマジで!


 棚上げなんて可愛いもんじゃねぇ! あれは、あれは暴力、……圧倒的暴力!


 …………っとすまない、取り乱してしまったようだ。


 けれど許してくれ。前世でのトラウマが走馬灯のようにゆっくりと、しかし大量に流れ込んで来やがったんだ。


「いやぁ、ゴメンよ?」


 それに対してジョセフはさも気にしていないかのようににこやかに笑って返す。

  

 気にしていないわけじゃない。さっきはあんなにも遠い目をしていたんだ。


 ムカつく気持ちを押し込めて、ただひたすら目的(ダニーをキレさせて遊ぶ)のために耐え忍ぶこの姿。


 ……デケェ、なんてデケェ男なんだ。


 ……これからはジョセフさんと呼ぼう。


「ねえ? 喉乾いたんだケド?」


 うわぁ〜っ、唐突に話を変えた上にただのパシらせたいだけだと?


「え? ああ、何か買ってこようか?」


 あくまでにこやかに問いかけるジョセフに対し、この悪魔のような女は組んだ腕を指でトントンと叩きながら。


「はぁ? 用意してないの? ありえなくない? アタシがあんたの頼みきいてやるってんのに?」


 ……な、……なんだと。


「……ジョセフ、ジョセフ」


「……ん?」


「こいつ殺していいか?」


「……待てよクナイちゃん? でもほら、……この子なら流石のダニーでも、な?」


「そ、……それはそ〜だろうがなんかダニーに申し訳なくなってきたぞ」


 俺は友達を殺人犯にはしたくない。


「ねえ? なんでまだ飲み物買いに行ってないの? アタシもう大丈夫とか言った? 言ってないよね? 何? 幻聴とか聞こえちゃう系? ヤバくない?」


 ねえ? 俺らがドMだって言った? 言ってないよね? 何? 心とかない系? ヤバくない?


「あ〜、ゴメンゴメン、すぐ買ってくるよ。……くないちゃんはここでマリブさんと待っててくれよ?」


 言いながら小走りに去っていくジョセフを見て、なぜか涙が溢れてきた。

 

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