生後105日目①

 やっていいことと悪いこと、カッコいいこと悪いこと。


 地球から俺のことを見てるお前らはちゃんと自分で決められてるか?


 誰かがいった1ミリも納得いってない常識の奴隷になっちまってやしないか?


 かっこいい生き方、ダチとの一番優しいつるみ方、かっこいい服に可愛い動物。


 お前らはちゃんと、テメェで一番いいってやつを、ちゃんと自分で選べてるか?


『これが俺にゃ1番なんだよ!』


 って、胸張っツッパれてるか?


 てめーら地球人ってのはよ? 


 お人好しで、憶病で、人の顔色ばっか見てるから。


『こいつ、傷ついてないか?』


 とか、


『俺、こんなことしてバカにされないかな?』


 とか、そんな心配ばっかして、テメェの心が行方不明になってやしないかってたまに心配になっちまう。


 まあ、てめぇらからすりゃ、『でっけえお世話だ!』って思うかもしれねぇけどよ?


 そう思ってイラっと来ちまったそこのお前、テメェはきっと大丈夫だ。そんくれーの威勢があんなら心配はいらねぇ。


 俺の話を聞いてしゅんとしちまったそこのお前。


 それは悪かったとは思うけどよ?


 俺はいつだって言いたいことを言うんだ。


 悔しかったら、俺が羨ましく思っちゃうくれーに、イカしたてめぇのオリジナルの人生ってやつを生きて見ろ!


 ……おっと俺としたことが熱くなりすぎようだ。

 

 って感じで今日はよ? 


 何を嬉しいって思おうが、何をしようがそいつは本人の自由だって話。


 ……まあ、その結果を背負いこむのだって常に自分なんだけどな。



「……クナイちゃん、聞いてくれるか?」


「おう、なんだ?」


 気持ちのいい朝日が差し込む街の喫茶店、今日は日曜日だ。


 朝も早くからジョセフに誘われそこへやってきた俺は、赤ん坊とモヒカンという全く映えないツーショットをキメ込んでいた。


「……こないださ? 姉ちゃんが大切にしてた皿が割れたんだ。……まあ割ったの俺なんだけどよ?」


 口を尖らせながらもどこか遠い目をするジョセフ。


 その瞳からは、その後姉のレナにそれはボコボコにシバかれたことを思い返しているのであろうことが簡単に見て取れる。


「……なるほど、つまりまたレナにシバかれた話か」


 そこでジョセフは机をバンと叩く。


「違うんだって! ……いや違くはないけどさ? いやホントマジ聞いてくれよ! 皿が割れた瞬間さ? その場にはダニーもいたんだ!だから俺は思わず言っちまったんだよ、『あーっ、姉ちゃん! ダニーが皿割りやがった!』っつってよ?」


「……お前最低だな」


「……いやまあそれはそーなんだけどさ、と、とりあえず最後まで聞いてくれよ?」


「……おう」


 まあどうせこの後もロクでもない展開が続くのだろうが暇つぶしにでも聞いてやるか。


「でさ? それ聞いた姉ちゃん、どうしたと思う?」


 両手を広げ、アメリカ人のような大げさなジェスチャーで問いかけてくるジョセフにイラっと来る。


「……どうせ、レナがダニーを一ミリも疑わず無言でお前をシバいたとかそんなだろ?」


「え? ……なんでわかったの?」


「いや、いつものパターンじゃねぇか」


 そこでジョセフは両手で頭を抱え俯きながらボソボソと続ける。


「そう! いっつもそうなんだ! 悪いのはいつも俺! ダニーはいいことしかしねぇいい子ちゃん! みんなみんなそう言うんだ!」


 ……そりゃ実際そうだからだろ。


「……そんで更にヒデェのはさ? あいつ責任なすりつけよーとした俺に全然怒んねーんだ。なんかわかんねーけどニコニコしやがってよ! そんでさ? 姉ちゃんがさ? 『あんたはホントいっつもいっつもくだらないことばっかりして、なんでダニーみたいにちゃんと出来ないの?』とか言うんだぜ?」


 そこでジョセフはもう一度、大げさに両手を広げる。俺が赤ん坊でなければぶん殴ってるところだ。


「いやホント俺もそう思うよ」


「クナイちゃんもヒデェよ!」


 ダニーはこれまた大げさにのけ反ったポーズで叫ぶ。


 ……そのうち語尾に『ねえ、信じられるぅ?』とかつけ始めそうだな。


「……いや、違うんだ。俺はただ愚痴りたくてここにクナイちゃんを呼んだんじゃねぇ」


「なんだ? またアシュリーの話か? もうどうせ無理だから新しい恋を探すか一生童貞でいる覚悟を決めるかした方がいいと思うぞ?」


「今日クナイちゃんやたらヒデェな!」


「……すまん、お前の大げさな身振りがうっとうしくてつい」


「……え、俺うざい?」


「ああ、かなり」


「……まあいいや、いや、よくはないけど今はいい」


 そこでジョセフは一息ついてから改まった様子を見せる。


「ダニーってっさ、ズルくねーか」


「いや、皿割ったのなすりつけようとしたおめーの方がズルいだろ」


 するとジョセフは両手の拳を握りしめ大げさにぐっと構える。こいつ、もしかして俳優志望か? だったらうざいって言ったのは悪かったかも知れん。


「ちっがうってんだ! 俺はそんな小させー話をしてんじゃないんだ! もっとこう、スケールのデカい話だ!」


「お、おう」


 ふむ、こいつ今日はいつになくめんどくさいが、こいつはこいつで日々溜まっているものもあるのだろう。

 

 バカで楽しいだけの野郎だけの野郎なんて存在しないはずだ。


「いっつも優しい優しい言われてよ! 悪いことがっても疑われたことなんてねぇ! あげくの果てにゃあちっと荷物持ってやったくれーでカワイイ女の子にほっぺにチューなんかされたりしやがってよ! 俺だって人間なんだぜ? どーしてこんなに差があるんだよ!」


 ふむ、前言撤回。どうやらバカで楽しいだけの野郎はこの世界には存在したようだ。


 ……なんかおもしろそうだからこのまま続けさせよう。


「なるほど、お前も大変だな」


「大体なんだあのやろーは! 怒らねー人間とか不自然だろ! いっつもニコニコしやがってよ! それで言うなら俺だっていい奴じゃねーか! いっつも姉ちゃんにシバかれてストレス解消させてやってるし!」


「なるほど、お前も大変だな」


「だから俺は! これからダニーの野郎を怒らせてやる! たとえどんな手を使ってもだ!」


「なるほど、お前もたいへ、……は?」


 そこでジョセフはふっとニヒルな笑みを浮かべる。ちなみにこの仕草は今日始めてみる大げさなうざいジェスチャーとは種別の違うもので、普段からよく見せる仕草だ。


 この顔をした後のジョセフは大抵ロクでもないことを実行し、いつもひどい目に合う。


 発言の内容からも、この後いつもと同じ未来をたどるのは間違いないだろう。


「えーっと、……ちなみにそれはどうやって怒らすつもりなんだ?」


「ふっ、それについちゃあ昨日徹夜で考えた」


 そういって笑うジョセフは、目を赤く充血させながらもこれからカブトムシを取りに行く少年のようにキラキラと輝いていた。


「……聞こう」


「俺はよ? 人間が究極にムカつく時のパターンってのはよ? 大きく分けて二つあると思うんだ。まず一つは理不尽に嫌な出来事があった時、これは当たり前のことだよな?」


「まあそりゃあそうだろうな」


「そしてもう一つは、ムカつくやつに出会ったときだ。人間、態度や雰囲気が何となくうざい奴と直面した時、理屈ではよくないとわかっていたってどうしてもムカついてしまう」


「……確かに」


 こいつ、こういうこと自体は割とマトモに考えるんだな。……まあそこにたどり着くまでの流れはマトモだとは言い難いが。


「つまり、そこから導き出される答えはただ一つ! メチャメチャムカつく奴からありえねーくらい理不尽なことをされりゃ、人間なら誰だってキレる!」


「た、……たしかにそうなんだろうが、お前それを友達にやるつもりか?」


 こいつ、普段はお人よしなんだがな。ことダニーに対してはあたりが強いんだ。


 まあ、それだけあいつを信頼しているってことの裏返しではあるんだろうが……。


 まあしかし……。


「……ふーん、じゃあクナイちゃん見にこねーの?」


「何を言ってんだ? ……行くに決まってんじゃねぇかそんなもんよぉ。まあ、俺に手伝えることがあれば何でも言ってくれ」


「だろ? そーでなくちゃクナイちゃん!」


 ダニーには悪いが人間、何を面白がるかってのはいつだって自由だ。

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