生後92日目

 自分の好きな相手に、自分の事を好きになって欲しい。


 それは他者に向けた、支配的とも言える感情。


 それがいかに傲慢で、贅沢な欲求なのかなんてことは誰だって知っている。


 言葉にはならなくたって、心のどこかで感じてる。


 だから人は、恋をすると臆病になるのだ。


 傷つけないように、嫌われないように、どんどん加速する気持ちを無理やりねじ伏せてゆっくりゆっくり、まるで急ブレーキをかけるように恋をする。


 けれどその至って傲慢な心ってやつは、とてつもなく素敵で、とてつもなく愛おしいのだ。


 それはきっと、自分の事を好きなって欲しいって気持ちが、


『世界で一番大好きなのあの人に、自分と一緒に過ごす中で世界で一番幸せになって欲しい』


 と願う心から作られているからなのではなかろうか?


 俺も前の人生じゃたくさん恋をした。


 たくさん振られて、たくさん傷つけて、宝物のような記憶をたくさん貰った。


 俺の心と、そこから見える世界に、たくさんのストーリーを与えてくれた。


 俺にたくさんの嬉しいをくれた女達に、同じように何かを与えられたのかはわからない。


 だから俺は応援したい。世界中の恋するやつらを。


 そしてそれが、俺の愛すべきダチならなおさらだ。


 ★


「ジ、ジョセフっていいましゅ! 大工見習いやってまっしゅ!」


「……テメェ、んなことは俺ら皆知ってんだよ」


 ここはレナの働く街の酒場。


 店の奥のテーブル席にて、レナとジョセフが並んで座り、その向かいにアシュリーが座る。そして俺はレナの膝の上だ。絵面的に情けなくはあるが、レナの太モモの感触は控えめに言って幸福の絶頂だ。


「え? あ、た、確かに! ……ごめんよ」


 顔を真っ赤にしたジョセフは自分の言動のイカレ具合に気付きハッとすると、大きくうなだれた。


「いや、まあ……、悪かったよ。緊張してたんだよな?」


「そ、そうそう!」


 この状況をもう少し詳しく説明しよう。


 この奇っ怪な集まりは、レナによってセッティングされたものだ。


 先日初対面で一気にアシュリーと仲良く?  なったレナはアシュリーを、


『ねーねー、わたしの弟がアシュリーちゃんのこと好きみたいなんだけど、一回外であってみてくれない? もちろんわたしも一緒に行くし、キモかったらすぐ帰っちゃってもいいからさ? ね? ダメ?』


 といった調子でジョセフに引き合わせたのだ。

  

 その様子は俺も見ていたが、上目遣いでたいへんあざとく、そして最高に可愛かった。


 アシュリーも少なからずそう感じたようで、少し頬を赤らめながら二つ返事で了承していた。


 どうやらこの女、男だけではなく女相手でもズルい魅力を持っているらしい。


 俺は大変な女を好きになってしまったようだ。


「だろ? お前本当はもっと面白いやつだもんな? こないだだってレナの服に断熱材詰めてでアシュリーのおっ……」


「ちょちょちょクナイちゃんそれダメなやつ!!」


「あ!」


 ……おっとしまった。


 ジョセフのいいとこっていやバカなところなもんだから、どうしたって女にヒかれちまうようなエピソードばかり出てきちまう。


「え〜? 何々? ききた〜い! ジョセフくん教えてくれない?」


 身を乗り出して可愛く続きを促すアシュリーに、ジョセフはたじたじになりながら、


「あ、いや、ね、ねーちゃんの服に断熱材詰めて……、アシュリーちゃんのおっぱいを再現して皆に自慢を……、も、モチロンサイズの問題があったてちょっと破けちまったんだけれどさ……」


 あ〜、コイツ全部言っちゃったよ。


 けれど俺は知っている。好きな女にこんな聞き方をされて、内緒になんて出来ないのだ。


「あはは〜! なにそれ〜、見たい見たい、あたしのおっぱい!」


「さ、さわり心地も完璧なんだぜ?」


「もう〜、ジョセフくんヤラシー! でもそっかぁ……、そんな感じのコなんだね。いつも大人しいからわからなかったよ」


 おぉ、ヒかれてないな。このノリならば仲良くなるきっかけとしてはアリな話題選択だったかも知れんな。我ながらグッジョ……、


「ジョセフ〜? あとでぇ……」


 レナがニッコリと微笑みながら左手の親指を喉の前で右から左へスライドさせる。


「あ! あ、……いや、ねえちゃん、ち、ちが! っ……」


 それを見た瞬間ジョセフは凄まじい勢いでテンパリ顔が白くなる。


……本当にすまんジョセフ、……しかし今は。


「ま、まぁまぁジョセフ、後で一緒に謝ってやるから! 大丈夫だから、な?」


 ……多分シバがれるけど、それもひどく。



 


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