悪しきもの【前編】
「は!? はぁ!? お、お前、さっきと装備違くねぇ!?」
「…………」
「っ……!?」
腹の奥からグツグツ煮えるような怒り。
喉が焼けるようで、今喋ったら呪いの言葉しか吐けなさそうだった。
目の前が、赤い。
許せない。
こいつは、今なんて言った?
マジックポーションを飲んでいた時に、こっそりと装備を
仮面の下から覗く、鋭く細まった蒼い瞳。
シュウヤはそれにごくんと息を呑む。
元々強い敵意をオリバーからは感じていたはずだ。
それが、目に見えて表面化した。
自分の方が強い、という確信はある。
だがそれは素のステータス数値の話だ。
オリバーは武具をきちんと纏っている。
その上の合算ステータス数値ならば──。
「お前が……どこの誰かは知らないけど……どんな死に方をして、この世界に転生してきたのかも、知らないけど……」
「…………」
「無責任に『彼女たち』全員の人生を背負うとか、よく言えたものだな」
ギョッとした、シュウヤの顔。
さぞ、自分の顔は鬼のようになっている事だろう。
「お、俺は……」
「ギィ」
「「…………」」
双剣を構え直す。
オリバーの覚えている『双剣』の武器スキルは『短剣二本』で使うもの。
さほど攻撃力は高くない。
それでも得意な武器スキルをコピーして奪われるよりはマシだ。
そう思っていたのだが、そんなオリバーの殺意に敏感に反応したモノがあった。
飛び込んできた猿の魔物に、オリバーは飛び出した直前急停止して再び後ろに飛び、避ける。
シュウヤとしてはまさに命拾いした瞬間だろう。
ただ、救われたとは言い難い。
「ギィ、ギィ……ギィ……」
「ま、魔物!?」
「……っ」
目が赤く染まっている。
これは『厄石』の影響で凶暴化している証だ。
「なんだこいつ……いや、待てよ……? こいつ、どこかで……」
「三つ目猿! Cランクイエロー!」
「へ?」
「だが、凶暴化・集団化している! 思い出せ! アニメ版でお前の村を襲ったのは──!」
「っ!」
三つ目猿、Cランクイエローの魔物。
しかし凶暴化の場合は危険度が跳ね上がり、集団化した場合も戦闘にかかる時間、労力が跳ね上がるためBランクオレンジの扱いとなる。
つまり……。
「気配が、増える……! チッ!」
「うお! また武器が変わった!?」
「お前チートキャラだろう! 半分任せるぞ!」
「ファ!?」
不得手な武器で戦える状況ではない。
双剣の代わりに取り出したのは弓矢だ。
シュウヤは基本的に武器をあまり使わず魔法で身体強化して拳で戦ったり、ふざけた威力の魔法で戦う。
だからスキルコピーされづらい、武器スキル、またはコピー不可能なオリバー固有の『武器スキル』+『魔法スキル』同時使用スキルしかない。
今のところオリバーがこの固有スキルで使えるのは弓矢だけ。
(アイツを壁にして戦うのが一番効率がいい。いろんな意味で! 身体強化魔法はコピーされるかもしれないけど、上位系魔法を使わなければ下位の魔法はコピーされてもいいや!)
ざわざわと集まってくる三つ目猿。
『探索』で見れば五十は優に超えている。
「ええ〜! ちょ、ど、どうしたらいいんだよ! 俺まだまともに魔法とか覚えてねーし!」
「身体強化魔法ならコピーしていい! 身体強化魔法だけならな……!」
「えげつねぇなお前!?」
「普通だ!」
弓を引く。
矢に炎が灯り、『探知』出来る範囲の三つ目猿の額に『ロック』する。
その数、十八。
「エンファイヤ・ロック・スターショット!」
炎の矢が三つ目猿の額を貫いていく。
それでも減ったのは一部だけ。
「くっ! 増える速度が……」
「くらえ!」
身体強化魔法で体を強化したシュウヤが拳で三つ目猿を殴る。
物理攻撃力がすでに99のはずだ。
加えて身体強化魔法も使っている。
なので、三つ目猿はちょっとR15タグで言えないような凄惨な姿になって倒れた。
「…………」
「……う、うえ……」
そう、ちゃんと倒したのだが……一匹だけ。
しかも仲間が倒れれば三つ目猿たちはより怒り、数が増える。
仲間を呼ぶのだ。
サクサク、バンバン倒していかなければ追いつかない。
「エグい……うえぇ……グロいぃ……」
「そんな事言ってる場合か! 一匹じゃなくて同時に十とか二十倒してくれなきゃ、こっちが消耗して負けるぞ! なんだそのしょぼい戦い方!」
「……は?」
「エンファイヤ・ロック・スターショット!」
ズドドド、と十八匹を同時に射抜く。
しかし、その倍の数が近づいているのを感知した。
(まずい、もう数が百に届くぞ……! まだ増えるのか、まさか!)
シュウヤが予想以上に使えない。
それもそのはず、こいつは村襲撃の際に現れる『魔法を使う魔物』から魔法をコピーして覚えるのだ。
今のシュウヤはオリバーからコピーした魔法しか使えない。
(……このあと『魔法を使う魔物』まで来たら……さすがに二人では……)
弓を引く。
今はそれしか出来ない。
「ギィ、ギイ」
「ぎぃ、ぎぃ」
「ギイィ、ギイィ!」
「うわー! 無理ー! グロいのは苦手なんだよおお!」
「せめて壁になれ! くそ、仕方ない!」
コピーされるのを覚悟で魔法を使うしかないだろう。
三つ目猿は『下位種』。
属性は『土』。
『土属性』は『風属性』に弱く『水属性』に強い。
そう、『風属性』。
『土属性』も得意だが、オリバーのもっとも得意とする属性は『風』。
「ギガント・ハリケーン!」
『風属性』の中級魔法、『ギガント・ハリケーン』。
とりあえずこれを連発すれば三つ目猿はなんとか出来る。
「おい、覚えたか!?」
「スゲ、魔法……!」
「覚えたかって聞いているんだ! お前のチート魔力量なら、もっとなんとか出来るだろう!?」
「アァ!? 当然だぜ! やったるわ! ……ギガント・ハリケーン!」
周辺の風がゾワゾワと振動し、集まっていく。
最初はか細い旋風のようなモノが、シュウヤの魔力を得た途端凄まじい竜巻に変貌する。
(っ、さすがステータスチート野郎……! 俺の倍の威力! ヨシ、とりあえずこのままアイツを盾にして、周りを調べ直そう)
シュウヤのチートぶりなら放っておいても死なない。
ので、奴は壁として最大限に利用する事にした。
地面に指先を当てて目を閉じる。
(『探索』+『探知』)
探索上位スキル『探知』。
三メートル程度の効果だったそれは、今や八メートル程度まで範囲を広げて調べられるようになった。
だがそれでもやはり範囲が足りない。
最大レベルまで上げた『探知』と同時使用する事で、より広範囲を調べ上げる。
最優先で調べなければならないのは、シュウヤの村を襲う『魔法を使える魔物』だ。
(……正直、ものすごく考えたくはないんだけど……条件が揃っている。……ああ、ちくしょう……! ニズニア……!)
幼い頃、出会ったニズニアは『死』そのものだった。
けれどあれはあれで森を守ろうとしてくれている。
対話が出来る。
意思疎通が出来た。
『厄石』だ。すべては『厄石』が悪い。
「! いた!」
「くっそ、減らねえ……ぐぅえ!」
「お前の村だ! お前が守れよ!」
「て、てええぇめえええっ! 人を足蹴にしていくとは何事……」
「ギイイィ!」
「っぶねぇ!」
シュウヤの脳天を盛大に踏みつけ、『飛行』を使ったままジャンプする。
この場はシュウヤに任せて、オリバーが目指すのは『トーズの町』方面にいるニズニア──トロールの巣穴だ。
森は広いが、今のオリバーならひとっ飛びで辿り着ける。
(っ! 瘴気!)
着地するつもりの広まった場所よりも、少し手前に降りた。
理由はその場所が瘴気に溢れかえっていたからだ。
いつの間に瘴気が?
オリバーが先程『探索』した時は気づかなかった。
「……ぐっ……これは……」
匂いがひどい。
以前廃村や城で浴びた瘴気とは比べものにならないほどの濃さ。
前方も見えづらいほどの量。
オリバーに[瘴気無効]がなければ、この瞬間にも全身瘴気毒に侵されて倒れているだろう。
「…………え?」
『探知』を使いながら前に進む。
その時だ、なにか、いた。
害意も敵意も殺意も……生命の反応もない。
しかし目の前にそれは現れた。
黒い息を吐き出す、それ。
それが吐き出すものこそ、この濃い瘴気。
だが……。
「…………ッ」
人の形をしていた。
黒い
か細い手脚。
口以外存在しない顔。
(なんだ、これは)
それはニズニアに出会った時の感覚にとてもよく似ていた。
『死』そのものと対峙しているような、そんな怖気の走る緊張感。
喉が張りついて息がしづらい。
無理に息を吸おうとした喉はヒュッ、と鳴る。
それはこちらに気づいていた。
だが、眺めるばかりで動きはない。
オリバーも動けなかった。
咄嗟に襲われれば即座に回避はするつもりだが、相手には気配がない。
いる、と目視して初めて分かる。
少なくとも魔物ではない。
なぜならこれは生き物ではないからだ。
「ごぽ」
背筋が冷える。
それはなにかを吐き出した。
黒い靄の塊。
だが、それは少しづつ晴れていく。
地面に落ちたそれは──『厄石』。
「!」
『厄石』を、
(…………は?)
『聖霊石』と『厄石』は自然発生するものだと言われている。
少なくとも『聖霊石』はそうだ。
例外があるとすれば、クロッシュ家にいたシヅアという聖霊だろう。
シヅアはオリバーの目の前で『聖霊石』を作り出した。
(え? 待って? 待て待て待て……じゃあこいつなに? 『厄石』を吐き出した、こいつは?)
……聖霊は、悪しきものを封じるため、ここと隣接する空間に消えたと言われる神々だ。
魔物はその空間の狭間より湧き出て、いまだに人を脅かす。
悪しきもの……明確に記されてはいない。
ただ『悪しきもの』とだけ、学んだ。
(……悪しきもの……?)
まさか、目の前の──コレが。
「…………」
それはオリバーを、見る。見た。目があった。
いや、それは目がないので、そう思っただけだろう。
真正面から向き合った状態。
「ィ……シィ……シィ……」
動かない。
しかし、突然空を見上げると息を吐くような音を立てながら、それは歩き出す。
行き先に目線を向ける。
「ッ──!?」
口を覆う。
二つの目玉が黄色く光っている。
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