よし、殺ろう
「げはぁ!」
「ええええっ!? ちょ、ちょっと! シュウヤにさっきからなにするんですかぁ!」
「それはこちらのセリフ。この沢は森の生き物の飲み水なんだぞ。そんな場所に毒の塊を突っ込もうなんて……底辺のバカ改め底辺のクズ」
「なっ!」
「毒の、塊……!?」
「詳しい話はあと。治療するから押さえつけておいて。暴れられると失敗する。ウェルゲム、周囲の警戒は任せるよ」
「は、はい! 師匠!」
返事はいいんだけどなぁ、と思いつつ、リリに支えられて上半身を起こしたシュウヤに近づいた。
左の膝を立たせ、そこに染まっていない部分の腕を乗せると顔を顰めて大人しく左腕を差し出す。
顔は苦痛に歪み、口の端からは血が滲んでいた。
なお、その血はオリバーが殴った時に口の端を切ったからである。
無論、無視だ。
「…………」
まずは『鑑定』と『分析』。
毒素を調べる。
これは普通の毒ではない。
「『厄気』の病毒と『瘴気毒』の混合毒……」
「え?」
「くっ、お、おい! 本当になんとかなるのかよ……! なんか、範囲広がって……!」
「黙ってろ。今作る」
「つ、作る? 解毒薬を……?」
「瘴気毒に効く解毒薬なんてこの世にない」
「「えっ!?」」
だから作るのだ、厄気の病毒と瘴気毒、両方に効く、聖魔法を。
(厄気の病毒……病気はそもそも聖魔法でないと、治らない。瘴気毒も同じだ。つまり編み上げるのは前のとは別の効能の聖魔法……)
この世界の魔法は万能ではない。
怪我や骨折は治癒魔法である程度治す事が出来るが、失った視力や血などは取り戻す事が不可能。
毒──たとえばそれに準ずる麻痺などの異常状態……これは解毒薬や異常状態回復魔法で治療可能だが、脊髄損傷からくる内的要因の異常状態は回復魔法では回復不可能だ。
そして、もっとも治すのが難しいのが病。
軽いものなら聖魔法で治せるが、まず、聖魔法の使い手が希有。
中でも厄気による病や、瘴気毒。
厄気による病毒は『アルゲの町』を一度侵したものの、距離もあったので自然治癒出来た。
だがこれは違う、厄気の病毒を直接取り込んでいる。
瘴気毒共々こうなるとかなり強力な聖魔法での解毒でしか、治す事は出来ない。
その上、進行が早すぎる。
十秒ほどで一センチずつ、その範囲を広げていく。
シュウヤの腕は瞬く間にどす黒さを増していくではないか。
おそらく心臓に達したら死ぬ。
死ぬか、あるいは魔物に変わる。
どちらにしても助からない。
(まったくろくなものではないな)
病毒に対する病気の回復、瘴気毒に対する解毒。
両方を兼ね備えた聖魔法。
それを欲しいと望む時、集中する。
ただ、祈るように……あの時、サラマンダーと戦った時に、初めて聖魔法に触れた時のように……。
聖霊への信仰を胸に、すべての魔力を一度全属性に変換する。
この全属性の魔力の本流が霊力に
魔力と霊力は別なもの。
自分の中の魔力は感じられるが、霊力が『それ』であるのなら確かに別物だと思った。
ただ、今のオリバーにはその決定的な違いがどこなのか分からない。
だから、真似る。
聖魔法とは、人間が『真似』たものなのだ。
聖霊しか使えない力……『聖霊術』。
魔法はそれの劣化版。
人間が聖霊の真似事を出来るようにと質を落とした、聖霊からの贈り物。
聖魔法は『聖霊術』に極めて近い。
そして今回使うものは、その『聖霊術』により近づけなければならない。
(霊力を、使う。城で、瘴気毒を回復した時よりも……!)
あの時は魔法を混ぜた。
だが今日は混ぜ物は必要ない。
だから本当に、極めて霊力に近い魔力に練り上げなければならない。
それがどれほど精神力を使うか……。
呼びかけると胸にかすかに浮かぶ音に近いそれを──唱える。
「ファドゥンズ・クォーネ」
「おっ」
四角い箱がゆっくりと大きくなりながら、シュウヤの体を包んでいく。
もっともひどい色の指先から、四角い箱がいくつもいくつも生まれてきては体を包みながら、包み終えると消えていった。
それが数回、二分間ほど続く。
「お、お……お、おお? おお……?」
「…………」
「おおー! すげー! 治ったー!」
「シュウヤの腕が綺麗に元どおりになったあ!」
終わるとガックリ項垂れた。
肩で息を吐きながら、頭を抱える。
しかしこれで魔力がほぼ空。
魔力量は空にすればするほど数値が上がる。
収納魔法からマジックポーションを取り出して蓋を開けて即、飲む。
「師匠! 大丈夫か!?」
「…………」
口を開くのも億劫だ。
魔力を使い果たしたあと、それでも足りずに霊力を使ったのだろう。
だからこそのこの疲労感。
マジックポーションで魔力はある程度回復出来るが、霊力の回復の仕方はまだ分からない。
「あれ?」
「どうしたの? シュウヤ」
「変だな、今のコピーしたはずなのにスキルに表示されない」
「はあ? なに言ってんの?」
「…………」
サーッと血の気が引く。
あの男……オリバーがここまで疲弊して練り上げ使った聖魔法を、あんな状態でコピーしようとしていたのか。
(コ……コ イ ツ …… !)
もう二本、マジックポーションを飲み干す。
それでようやくひと心地つく。
そのあと立ち上がり、リリが不思議そうに覗き込むその間に割って入る。
「当たり前だろう。聖魔法は聖霊への信仰心から生まれる聖魔力でしか使えない。お前と一緒にするなよ……!」
「!?」
「師匠、『厄石』を回収したし、も、戻るんだよな?」
「いや、森の奥の『害意』が高まっている。このままだと村を襲うだろう。この森の主とは知り合いだから、まずは話して確認したい」
「! なら、俺も行くぜ!」
「帰れ。ウェルゲム、お前も森から出ろ。ここから先は危ない」
「え!」
なんでシュウヤなんぞを連れて行かなければならないのか。
ひと睨みして一喝し、ウェルゲムを置いて行くことでシュウヤとリリを森から出す事にした。
リリには小さな弟がいた設定のはずだから、ウェルゲムを一人放置はしないだろう。
……その弟は、冒頭の魔物の群れが村を襲撃した際、死ぬ。
『飛行』の魔法で渓谷から飛び上がり、村がある方と反対側の崖上へと着地する。
そのまま『浮遊』に切り替えて移動すれば、彼らにはついてこれない。
「待て!」
……と、思っていた。オリバーは。
「なんでついてくる」
「決まってんだろ、俺がこの世界で無双するためだ!」
「…………(『飛行』と『浮遊』をコピーしてついて来たのか)」
しかしこのスピード。
オリバーは『浮遊』と同時に『探索』も使っている。
木々の位置を把握しながら避けて『浮遊』移動しているのだ。
それについてくるという事は、こいつも『探索』を使っていると見て間違いない。
早くもオリバーの使う三つの魔法がコピーされた。
なんとも腹立たしい。
「あとお前! なんか他の奴と違うな! なんなんだお前! 名を名乗れ!」
「名乗ってるよ。オリバーだよ。なに聞いてたんだよお前こそ。男の名前は覚えられないとか、そういう話なら覚えてなかったのはお前のせいだよ」
「ぐっ! モブとは思えない毒舌……!」
(モブって……)
この世界では聞かない言い回しだ。
やはりシュウヤには『ワイルド・ピンキー』のストーリー知識がある。
ムカムカが募っていく。
少しだけ広まった場所に出た時、くるりと振り返って地面に足をつける。
勢いがあったので少し後ろに下がってしまうが、シュウヤとの距離は空いていて問題ない。
「……! ……お前……」
そしておそらく向こうも薄々気がついている。
オリバーがストーリーを阻害するような動きをしているから、ざっくり「他の奴と違う」と言葉にしたのだろう。
ならここで、はっきりさせておいた方がいい。
お互いのためにも。
「そうだよ。俺も転生者だ」
「!」
「で? お前も転生者なんだろう? 『ワイルド・ピンキー』のストーリー、知ってそうだけど」
「……っ! ……そこまで、知って……」
そう、知った上で邪魔している。
村の壊滅は「人が死ぬ」「泣く人がいる」から嫌だと思った。
でもシュウヤは知った上でその通りにしようとしていた。
(こいつ嫌い)
でももしかしたら、まだ知らないのかもしれない。
ストーリー通りにしなくても、別に構わないという事を。
自由に生きる、というのが『ワイルド・ピンキー』の主人公シュウヤの考え方だった。
ある意味本当に自由すぎたが、目の前にいるシュウヤがそのシュウヤと同じわけではないだろう。
「……なんで俺以外にも転生者がいるんだ? ここはラノベの世界だろ?」
「
でも、ラノベのストーリー通りに進むのだろう。
シュウヤが『転生者』な時点でお察しだ。
実際その通りになるような『偶然』が重なっているようにも思う。
「ラノベの、モデル? はあ? なにが違うんだよ?」
「さあね。少なくとも俺はお前が見捨てるヒロイン……エルフィーのファンだから、彼女は俺が娶るよ」
「!?」
「文句ないよね? 彼女はハーレムに参加もしないんだし」
「…………」
『敵意』を感じた。
睨みつけてくるシュウヤに、腕を組む。
もう、オリバーとこうして話しているだけでもストーリーとは違うのだ。
これで理解して欲しいと思う。
(ここはラノベのモデルの世界。ラノベの中じゃない。だからストーリー通りには進まないと思う。少なくとも俺は戦争なんて絶対許せない。どれだけの人が傷ついて泣くと思う? そんなの嫌だ。許せない)
この想いが目の前の『シュウヤ』と同じならば仲良くも出来るだろう。
だがシュウヤから感じるのは敵意だった。
つまり、やはり仲良くは……なれない。
「……なんじゃそりゃ……はあ? 意味分からん。モデルだろうがなんだろうが、ここは『ワイルド・ピンキー』の世界……『クレメリア・フロンティア』に違いはねぇんだろ? だったら俺が主人公だ!」
「…………」
どーん!
と、効果音でも背負うかのように高らかに宣言されたそれに、オリバーは無表情になった。
いや、元々無表情だったが、感情も『無』になったように思う。
本気でなにも感じない。
(……は? なんて? ……バカなの?)
そして数秒後、ハッとして最初に感じたのはそれだった。
やはりバカなのでは?
この男ただのバカなのでは?
いや、バカだ。
「……会話する気はあるんだよな?」
「どういう意味だ! 俺が主人公だぞ!」
「……?(おかしいな、会話のキャッチボールが出来てる気がしない)」
「この世界の主人公は俺だ! つまり、ラノベでは逃した本来なら負けヒロインの娘たちも、俺が望めば全員ハーレムの一員に出来るって事だ! はっはっはっはー! エルフィーも俺のハーレムの一員にしてやる! お前なんかには渡さないって事だぜェ!」
無。
……そう、一瞬だけ、一拍の間だけ、妖精さんが通り過ぎた。
だがそれも本当に一瞬だ。
「双剣スキル──
「っぶぉあっぶねええぇ!?」
首を狙った。ガチで。
だが逃げられた。
やはりステータス値が人間のそれではない。
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