バカ、いた


「師匠!」


『飛行』と『探索』を同時使用して森を駆ける。

『トーズの町』側とは違う場所から入ったため、同じ森でも別な森のように感じた。


「ウェルゲム遅い。『探索』を使いながら『浮遊』で移動するだけでしょ」

じゃないから! 師匠! それ普通の人は普通に出来ないから!」

「ウェルゲムは普通の人じゃないだろう? 冒険者になるんだから。出来ない、じゃなくて、やれ」

「う、うえええっ!」


 ましてウェルゲムが目指す冒険者は普通の冒険者ではない。

 マグゲル伯爵のような『火の伯爵』……Aランク冒険者だ。

 生温い鍛錬でなれるものではない。

 ステータス数値自体もさほど悪くはないので、このままいけば二十歳前にはBランク冒険者になれるはずだ。

 それにはやはり実戦。

 オリバーは父や町の冒険者たちがそこそこ過保護なのと、『ロガンの森』の入り口がマスタートロールのいる場所に近かったので実践訓練は完全NGにされた。

 しかしやはり実戦に勝るものなし。

 ウェルゲムには比較的、屋敷を囲う森に行って毒草や毒キノコ、毒持ち魔物の知識を与えつつ自分の知識も増やす。

『鑑定』や『分析』は知識勝負なところがあるので大変勉強になった。

 もちろん、魔物相手の実戦もかなり重点的に行ってきたけれど。


(この森とお屋敷の周りの森では魔物の種類も違うし、いい修行になると思ったんだけどな……)


 森の木々の間隔がマグゲル屋敷の森よりも狭い。

『浮遊』+『探索』を併用しながらの移動訓練にはぴったりだと思ったのだが、状況が修行に適しているとは言い難かった。

『探索』で森の状況を調べると、渓谷になっている辺りから猛烈な『厄石』の反応があるのだ。

 マスタートロール……ニズニアがこちらの問いかけに、まともに反応しないのもおかしい。

 おそらく『厄石』の影響が魔物たちに出ている。

 その影響がニズニアにも抑えられなくなって、あの村は魔物の群れに襲われるのだ。

 そういう、裏事情……いや、ストーリーの出来事を再現するために起きた事象なのだとしたら……。


(……ニズニア)


 何度呼びかけても答えがない。

 嫌な予感が水に落としたインクのように広がる。


「!」


 渓谷の真上。

 断崖絶壁を見下ろせる位置で止まる。

『厄石』の気配が濃い。


「え……? うぎゃあああぁ!」


 がしっ。

 真後ろから飛び出してきたウェルゲムの首根っこを掴まえて引き戻す。

 このまま渓谷の底へと落ちるつもりか、という勢いだった。

『探索』を使えと言っただろう、という目で見下ろすとガチで怯えられた顔で見上げられる。

 きちんと『探索』が使えていれば、渓谷の存在には気づいたはずだからだ。

 魔物相手には強気なくせに、魔法に関しては本当に残念だ。


(なんだろうな、操作が苦手なんだろうな……魔力量は使っていると増えるはずだから、やはりひたすら使わせるしかないか)


『探索』『索敵』『分析』『鑑定』『アイテムボックス』『浮遊』は伸ばしておいて損はない。

 生活魔法スキルの中でもこれらは冒険者に大変役立つからだ。


(まあ、それも追々。──『探知』)


『探索』の上位魔法スキル『探知』。

 より細かく、隠れているものも場所が特定出来る。


「あった」

「や、『厄石』? マジであったんですか?」

「……」

(なんで笑ってんのこの人おおぉー!)


 渓谷の左手、奥。

 思わず笑みが溢れた。


「『予備』の仮面が欲しかったから、ちょうどいい……」

「!」


 やはり一つでは心許ないのだ。

 それに『貴族用』のもあった方がいい。

 だから『厄石』が新たに見つけられたのは運が良かった。

 ついでに村も救える。


「ウェルゲムにも『厄石』の取り扱い方を教えてあげるね。じゃあ行こうか」

「はい?」


 渓谷に、飛び降りる。


「はいいいいぃ!?」


 頭上からウェルゲムのそんな叫びが聞こえるが、直前で『浮遊』を使えば着地など容易い。

『浮遊』は地上から、わずかにものを浮かす程度の生活魔法。

 だが、使い方次第では地面をスケートでも滑るかのように移動も出来るし、高いところからの着地にも使える。


「早く」

「…………」


 来い。

 という意味で見上げると顔が引きつっていた。

 さらに言うと微妙に涙目。


「ウェルゲム」

「はいぃ!」


「上手く着地出来なくても助けるし、怪我をしたら治すよ」と、いう意味の笑顔を浮かべるとますます怯えてしまった。

 失礼な。

 などとオリバーは思っているが日頃の行いである。

 意を決して飛び降りたウェルゲムの、その必死な形相に……察した。


(あ、あいつ『浮遊』使う気がないな)


 どうやら「飛び降りてこい」としか受け取っていないらしい。

 ダメじゃん。死ぬじゃん。ただの飛び降り自殺じゃん。


(飛び降り自殺はよくないんだよなぁ)


 手を伸ばし、ウェルゲムに『浮遊』をかける。

 体重が軽くなったところで抱き留めて、『身体強化』でジャンプして岩壁を蹴り、一回転して着地した。

 がたぶる震えるウェルゲムの頰を、にっこり笑って摘む。


「え?」

「ばかなの?」

「いいっーーーーっ!」


 そして引っ張る。

 その時容赦はない。笑顔もない。

 ただ無表情で引っ張る。

 歳下の護衛対象? 関係ない。


「『浮遊』を使えよ『浮遊』を。使いこなせよ『浮遊』。教えて四年も経ってるのになんで未だに使いこなせないの? ねえ? 死ぬ気? 自殺未遂だよ今の。分かってんの? 着地の事一ミリも考えてなかったよね?」

「ずみまぜんずみまぜん!」

「すみませんで済めば師匠は怒りませんよ。いや本当に。二度目はないからな? 落ちて即死しない程度に助けたあと治癒してもう一回やらせるからな?」

「ひいいいいい!」

「でも今は『厄石』を最優先させるので、今度は気合入れ直してちゃんと使ってついてきてね?」

「はいいぃっ!」


 にこ、と微笑むと泣きそうな顔のまま……いや、泣いてたけど……大声で頷く。

 ぺいっ、と放り投げ、立ち上がって歩き始めると半泣きのままついてきた。

 師匠まじ鬼。

 とか思っているのだがオリバーはウェルゲムの感想など興味もない。


「……師匠、師匠、この先に『厄石』があるの……? 取り扱い方って、普通に拾うとかじゃないのか?」

「え? ああ、そうか……ウェルゲムは『厄石』の事をあまり知らないのか。一般的ではないからなぁ」


 とはいえ知っておいて損はない。

 収納魔法から取り出したのは石箱。


「?」

「『厄石やくせき』は『聖霊石せいれいせき』の対の存在と言われている魔石だ。と言っても『聖霊石』よりは発見される頻度は少ない。少ないけど、あれば名の通り厄災になる。『厄気やくき』という瘴気の前段階の毒素を放つし、それで魔物を呼び集める。厄気の影響で魔物は夜と同じぐらい活性化するし、強くなる。さらに時間が経つと『厄石』はAランクレッドの魔物に成長するといわれている。言うなればAランクレッドの魔物の『核』だ」

「えっ……」

「だから見つけたら即、回収しなければいけない。ちなみに厄気は普通の異常状態回復魔法で対処可能だけど、瘴気は聖魔法でなければ消す事は出来ないから、そこは間違えないように覚えておいた方がいいよ。厄気は魔法耐性が高ければ影響は少ないが、瘴気はそうじゃない。つまり『厄石』の時に対処しないとまずいという事だ。そして当然そんなものを素手で触るのは底辺のバカのする事。石系の魔物の鱗などを使った石箱で、安全に回収しなければいけないよ」

「……い、石系の魔物……」

「箱は俺が持っているから心配しないで……」


 いいよ、と告げた時だ。

 ぞわ、と体の表面を薄寒いものになぞられたような……そんな感覚。


「なんだこれ?」

「ちょっとシュウヤ! 変なもの拾わないでよ!」


 その怖気の正体。

『厄石』を素手で拾う底辺のバカ。

 リリが怒鳴りつけるがもう遅い。


「え?」

「………………」


 うそだろ。バカなの?

 と、音なき心の声が、響く。


(……持ったよ? 素手で。うそじゃん? あいつ。素手で『厄石』持ち上げたよ? うそでしょ? 『厄石』だよ? 厄気バリバリ発生してるよ? は?)


 いや、本当に触るバカおる?

 というか、なんでこの二人がここにいるんだ。

 とか、まあ、色々と突っ込みたい事は山のようにあるのだが……。


「し、し、し、し、師匠……あれ……」

「いいかい、ウェルゲム。無知って怖いだろう? あんな風にならないためにたくさん勉強しなければならないんだよ」

「はいっ」


 先回りされていた事には驚いたが、それよりもまずなによりも……。


(え、どうなるんだあれ。『厄石』を素手で触ると危険、とは本とかに書いてあったし、どの冒険者に聞いても、具体的にどんな事が起きるのか知ってる人はいなかったけど……みんなとりあえず『素手で触るやつはバカ』って言ってたし……)


 逆に興味が出てきて凝視した。

 するとオリバーたちに気がついたシュウヤが、『厄石』を持ったまま立ち上がる。


「この森は俺の縄張りだぞ!」

「あ、違うんです! なにか手伝える事があるんじゃないかなって……! 最近この森、大型の魔物が増えてきてたから、その事も伝え忘れたなって思ったから……」

「…………いや、それより君……『厄石』は素手で持つものじゃないよ。手、色変わってるけど」

「「え?」」


 シュウヤと、その隣にいたリリ。

 なるほど、リリに言われて仕方なくシュウヤは森に入って来たのだろう。

 とはいえ一応立ち入り禁止令は出ている。

 二人の行為は処罰対象となる、本来は。

 だが、今は緊急事態だと思っている。

 そしてその緊急事態を招いた『厄石』はシュウヤが拾い上げおった。

『厄石』に素手で触れるとどうなるのか。

 オリバーも知らなかったその答えを、シュウヤが実例として見せてくれた。

 答えは『手の色が変わる』。

 正確には──。


「うぎゃーー! なんじゃこりゃああぁぁ!」

「シュウヤー! なにそれ本当なにそれ! 早く離して! 絶対なんかやばいー!」

「離れ、離れねぇー! 手が動かねぇんだよ! なんで! 指が! 手が! 肘から上が動かせなくなってるぅぁああああああああぁ!」

「えええええええええっ!」

「なるほど、これはダメだな絶対に……素手で触っては」


 本来ならば斬り落として然るべきだ。

『厄石』を持った左手。

 それが漆黒に染まっていく腕を見ながら収納魔法より石箱を取り出しつつ、シュウヤに近づく。

 そして、その右頬を思い切り殴った。

 1カメ、2カメ、3カメ。

 いろんな角度から見てもしっかり左ストレートが右頬に入った。間違いない。


「ぐええええっ!」

「シュウヤー!?」

「よっと」


 ちなみにその左手には聖魔法が込められていた。

 パッと『厄石』を持つ手が開く。

 その瞬間を狙って、『厄石』を石箱でキャッチ。

 蓋を閉めて紐で縛り上げる。


「回収完了っと」

「あああああああぁ! いだだだだ! いだいいだいいだいぃ! 腕がぁああぁぁ!」

「シュウヤ! ええ、今度はなにぃ!?」

「腕が痛い! 焼けるように痛い痛い痛いぃ!」

「ええええっ!? ど、どうしたらいいの!? 火傷!? 火傷なの!?」


 と、今度は転げ回り始めた。

 そして泣きながら沢に走り、水の中に腕を突っ込もうとしたので先回りして腹に一撃入れるオリバー。

 ウェルゲム、「今日もうちの師匠人の心がない」と真顔で思ったとか思わなかったとか。

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