ルークトーズ家


(昨日はどうなる事かと思ったけれど──……)


 体調に変化はない。

 仮面にはゴリッドがパーティー用に使えるようにと、作ってくれた飾りを取りつける。

 嵌め込むだけだが、左右の縁に赤い紐飾りと黒銀の縁が艶かしく輝く。

 銀の髪と青い瞳、そこに黒銀のラインと裾の長い濃い藍色の礼服。

 屋敷の使用人たちが「ほう……」と頬を染める。

 ……それも、男女関係なく。


「オリバー!」

「まあ! まあ! まあ! なんて立派になったのかしら!」

「おにいさま!」

「父さん、母さん、フェルト! 久しぶり!」


 だが、食堂で家族に会うなり満面の笑みで両手を広げた。

 父に抱きつき、次に母。

 最後に妹を抱き締めるその姿に、エルフィーとウェルゲムはぽかーんと口を開ける。

 普段のクールな彼からは思いもよらないハイテンションな姿。

 幻覚だろうか、犬の尻尾まで見える。


「あ、そうだ! 父さん、母さん、フェルト、お祖父様、ビクトリア伯母様、紹介致します。彼女が俺の探し求めていた夢の乙女、エルフィー・マグゲル嬢です! その隣がマグゲル伯爵家の長男でウェルゲム。俺が護衛と家庭教師を担当している、主人ですね」

「「は……はじめまして……」」


 ハッとした二人。

 そうだ、ここはクロッシュ侯爵邸。

 いくら庶民のような再会シーンでも、親しそうでも、自分たちはよその家の者。

 それを思い出して、一瞬で硬直した。

 絞り出すように挨拶とぎこちなくお辞儀をして、プルプルと震える。

 その姿は意図せず大変姉弟らしい。


「驚いたな、本当に見つけてきたのか」

「まあ、本当に手紙に書いてあった通りね」

「ふむ、オリバーが夢で見たという少女に、確かにそっくりなようだな」

「本当……やっぱりオリバーには聖霊のご加護があるに違いないわ! お父様、やはりオリバーをギルドマスターにするのはもったいないのではなくて?」

「んもう、ビクトリアお姉様! ご自分の娘が嫁に行くからって私の子どもたちの将来を勝手に決めるのはおやめになって!」

「ふふふ、ごめんなさいアルフィー」


 伯母に抗議する母、アルフィーに乾いた笑いを返す。

 加護どころか、寵愛を受けている……とは、絶対に言えない。

 祖父も難しそうな顔をしている。

 昨日あの場で、聖霊が視えるのを見られているからだ。

 そう、オリバーには聖霊が視える。

 そして、聖霊の籠どころかその上の寵愛を得ているのだ。


(まあ、だからといって統治が出来るかどうかは話が別だしね)


 祖父もそれはよく分かっている。

 だから悩んだ顔をしているのだろう。


「それに、フェルトだって聖霊の加護を持っていますわ!」

「え! そうなんですか?」

「ええ、オリバーが旅立ってから……去年の事なんだけど、お祖父様のお誕生日でこの屋敷に来た時に聖霊を見たんですって。それでステータスを調べてみたらなんと!」

「ふふーん、フェルトのしょーごーに【聖霊の加護】があったんだよー」

「!」


 フェルトは白と黒のゴスロリ系衣装を好む。

 銀の髪と青い瞳、そして顔半分が半分に割れて、縫われている一見趣味の悪い猫っぽいぬいぐるみを抱えている。

 今年でまだ七歳のはずなのに、この溢れ出る厨二感。

 まあ、ファンタジー世界だから別に厨二感とか、関係ないのかもなー……と笑いながら思うが、やっぱり少しいかがなものだろうと心配になる。

 だがそんなちょっと頭が残念になってきている妹には、なんと【聖霊の加護】が称号としてあるらしい。

 それならばクロッシュ侯爵家の次期当主として申し分ないはずだ。

 父と母は微妙な顔をしているけれど、祖父や伯母は大歓迎と言わんばかり。

 今は家族が多く、まだ七歳という年齢もあってこういう格好と趣味の悪い猫っぽいぬいぐるみを抱えるのを許されているが……成長すれば治るだろう、多分。


「フェルトがもう少し大きくなったら、『霊器』を見せてやろうな」

「うん!」


 祖父が微笑む。

 妹はそれに頷く。

 ……祖父はどうやら昨日の出来事をあの場だけの秘密にするつもりらしい。

 リドルフもオリバーが目線を向けると無表情のまま頭を下げる。

 御意、という意味だろう。

 祖父がそう決めたのならばそれに従うのが、一族の者と使用人の在り方。


「まあ、ともかく今日はフェルトの大舞台だ。オリバー、サポートは頼むぞ」

「うん。……でも、フェルトの年齢から考えて次の四年後でも良かったんじゃないの?」

「わしが指示したんじゃよ。わしももう六十三。来年も無事生きていられるか分からん。今回の茶会が上手く行ったら、家督はフェルトに譲って隠居しようと思っておる」

「! お父様……」

「マルティーナたちを呼び寄せる事も考えたが、今は動かすべきではないじゃろう……。ビクトリアはフェルトを支えてやってくれよ。お前が嫌だというから、フェルトに家督がゆくんじゃからな」

「……ええ……」


 しゅん、となりながら目を背ける二人目の伯母、ビクトリア。

 彼女は生まれつき魔力がない、『魔力欠損症』という病。

 魔力を持たない以外は普通のため、言わなければバレる事はない。

 だが、その病はビクトリア伯母にとっては自身を「クロッシュ家の女当主には相応しくない」と思わせるに十分すぎた。

 オリバーの母、アルフィーもまた足が生まれつき悪い。

 マルティーナは妹二人の障害を想い、女当主となる事を決意。

 しかし、よほど社交場で舐められたのだろう……元来負けず嫌いなマルティーナ伯母はなんと騎士団に入団。

 当主として学ぶ時間をすべて騎士団に捧げ、今や第四騎士団団長である。

 いや、それはそれで大変素晴らしいのだが、それによりマルティーナ伯母を当主に据える事を公帝直々に「やめて」と言われた。

 理由は簡単……公帝が『武力に長けた者を地方領主に置きたくない』……これだけである。


(あれはないわ……)


 頭を抱えたとも。

 反乱をとにかく警戒する臆病な公帝陛下により、マルティーナ伯母は当主となる権利を放棄する事となった。

 せっかく婿まで取ったというのに……。

 なんにせよこれで母たちの世代から当主を出せなくなったので、その候補は孫たちに移る。

 伯母マルティーナには男の子と女の子、ビクトリア伯母には女の子が三人。

 そして以前にも言った通りビクトリア伯母の娘たちは全員「好きな人のところに嫁ぎます!」という事になっているので全員がダメ。

 マルティーナ伯母のところは息子がいるので順当に行けば彼なのだが……何分、母がアレである。

 ぶっちゃけグレた。

 貴族らしい残念な方向に大変グレて、家を飛び出し、貴族冒険者として生きていると……聞く。

『マグゲルの町』にオリバーが来たばかりの頃、ギルドに現れたジェローニ坊やの無茶な『冒険』にマルティーナ伯母がお世話を焼いていたのは……単純に彼女の息子が彼に似ていたからだろう。

 とても、とても可哀想だ。

 そして娘の方。

 こちらは極度のデブ……出不精。

 母と父が第四騎士団No.1とNo.2……というのは、その子どもたちにはとてつもないプレッシャーだったらしい。


(で、最終的に残っているのが俺とフェルト)


 オリバーはご存じの通り、ギルドマスターを継ぐ事を望んでいる。

 だが、妹フェルトが「好きな人のところへお嫁に行きたい」と言うのならオリバーも家督を継ぐ覚悟ぐらいあった。

 妹には幸せになって欲しい(ので、もちろん妹を相手の男も望むのであればオリバーを倒してから。話はそれからだ)から、妹が(オリバーを倒し、オリバーが妹を守れると認めたら)と嫁ぐ事にはまったく反対しない。そう、まったく。全然。


「じゃあフェルトが次の当主で決まりなのね! 任せるなの!」

「ま、まあ、フェルト……本当に大丈夫なの? クロッシュ地方はとても広いし……そ、その……女の当主は舐められるわよ? 嘲笑われるし……」

「心配ないなの、伯母さま! そんなやつはドールがぱっくんってしてしまうの!」

「「「!」」」


 えい、とフェルトが持っていたぬいぐるみを床に投げつける。

 すると、高い天井に届きそうなほどにぬいぐるみが巨大化した。


「これは……! 倍化魔法!?」

「それだけじゃないの。フェルトは操技魔法も使えるから、ドールを自由に操れるの! 見てて!」


 えい、えいと、右に左にフェルトが手を動かす。

 すると猫っぽいぬいぐるみは手を右に左に……まるでボクサーのような動きをする。

 あの速度のパンチ……あれは、殴られるとぶっ飛ぶ。


「……す……すごいじゃないかフェルト!」

「オリバー……!?」

「むふーっ!」

「これは強化魔法を覚えたらもっと強くなるよ! 父さん!」

「えっ! フェルトに強化魔法を教えるつもりか!?」

「だってフェルトはこんなに可愛いんだよ!? 痴漢とかに遭ったらどうするの! ちゃんと最低限自衛出来るようにしないと! 次期当主ならなおさらだよ!」

「っ! そうか!」

「ディッシュ!?」

「家に帰ったら早速覚えさせよう!」

「ついでにぬいぐるみの操技レベルもあげられるようにお兄ちゃんと模擬戦しようか、フェルト」

「するー!」


 ごくり……。

 その場の誰もが息を飲む。

 これまでの当主候補たちを思えば……やはりこの二人しかいない、と……誰もが思える光景だ。

 それは特に魔力を持たないビクトリアや、そんな家族を見守ってきた祖父や使用人たち。

 シュシュシュシュ、と凄まじいスピードでパンチを続けるドールは、だんだんその拳が見えなくなってきた。

 ここに強化魔法が加われば……お察しである。

 迂闊に舐めてかかれば飛ぶどころか……腹に穴が空きかねない。


「オ、オリバー、ディッシュ、フェルトをあまり強くなりすぎない方がいいのではないかしら? マルティーナ姉様の件もありますし……」

「「あ」」


 とりあえずこれ以上戦闘に関する才能の開花は止めよう。

 ビクトリア伯母の一言で、オリバーとディッシュは我に帰る。

 しかしながらオリバーとしては「でも冒険者や騎士に絡まれたらこの程度では……!」とまだ心配らしい。


「オ、オリバーもディッシュも、貴族に舐められなければそれでいいのですよ!」

「「えー」」

「ええ〜〜〜」

「なんであなたまで『え〜』なの、フェルト! 令嬢としてのスキルを伸ばしなさい!」

「ぶーっ」


 ……時間は早朝八時。

 リドルフが「まずはお食事にしましょう」と声をかけて、この話はひとまず終わった。

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