帝都のお茶会【前編】

 

 食後、エルフィー、ウェルゲム、フェルトを連れてオリバーとリドルフが訪れたのは屋敷の中にある、とある部屋。


「あ、あの……ここは?」

「帝都行きの転移魔法陣です。地方領主である『四侯』は基本的に公帝陛下の監視下に、常に置かれていなければなりません。そのため帝都からすぐに人が来れるように、あちらからしか消す事の出来ない魔法陣が、屋敷の中で常に発動している状態なんです」

「無論、あちらから賊が来る事も考えられるから、扉は通路側から鍵をかけられるようになっている。また、罠なども自由に仕掛けてよいとお許しも頂いているんだよ」

「向こうから来る場合も、こちらから行く場合も事前に連絡しておけば問題は起きません」

「は……はあ……」


『転移魔法陣の間』。

 五メートルほどある魔法陣が敷いてあるその部屋は、壁はカーテンで覆われている。

 光は入らず、シャンデリアで照らされ、エルフィーたちは興味深そうにそれを眺めていた。


「今回のお茶会はフェルトが『主役』……『主催』という事になっている。準備とかは家の者が行なっているけれど、会場に着いたら──」

「分かってるの、おにいさま」


 かつ、とフェルトがオリバーを通りすぎて魔法陣に足を踏み入れる。

 その目は、顔は……七歳の少女のものとは思えない。


「フェルトはフェルト・ルークトーズ。おかーさまとおとーさまの娘で、おにいさまのいもうとなの。舐めてかかられたらやり返すの。それが『ぼーけんしゃ』のりゅうぎ」

「いや、貴族流儀でやり返して」

「…………。どっちもでやるからだいじよーぶなの!」

「なるほど」

(((なるほど!?)))


 オリバーは妹に対して甘いのでは、というエルフィーたちの認識は正しい。

 実際【シスコン】などという称号まで持っている。

 しかしながら、エルフィーは特に……貴族の世界というのに、実際触れるのは初めてだ。

 ウェルゲムもまた、まともに他の貴族の子どもたち……特に上位貴族が揃う場に行くのは生まれて初めて──。

 不安が顔に出ていたのだろう、エルフィーにオリバーが手を伸ばした。

 その口元は微笑んでいる。

 今朝、食事をしながらオリバーが家族に仮面の事を告げるとそれはもう……納得された。

 どうやら家族も薄々「ちょっと変」と思っていたらしい。

 異様なほどに人目を引くその容姿。

 エルフィーが知らないところでもオリバーはずっと、つらい思いをしていたのかもしれない。

 いや、もしかしたら親兄弟でさえ……彼がつらかった事に気づいていなかったのかも。


(……容姿で……つらい思いをする……)


 それはなにも醜くても、というわけではないらしい。

 それはエルフィーには、少しだけ意外だった。


「一瞬で着くので、びっくりするかもしれないけれど」

「一瞬で、ですか」

「そう。とりあえず挨拶だけして、あとは立って、子どもたちの様子を見ているだけでいい。ウェルゲムはがんばってね」

「うー……が、がんばる! お、おれは師匠の一番弟子だから!」

「おにいさま! フェルトもおーえんしてほしー」

「フェルトはきっと上手く今日を乗り切れるよ。信じている」

「えへへ!」


 ごくり、と喉が鳴る。

 この美しい兄妹でさえ、どこかいつもと空気が違う。


「さあ、行こうか」

「はい」


 手を繋がれた。

 優しい青い瞳。

 エルフィーはまだ、自分をこんな綺麗な人が望んでくれるのが信じられない。

 夢の中にいるような気持ちだ。

 彼の実家にはまだ行った事はないが、侯爵家本家はやはり凄まじい。

 ずっと萎縮してばかり。

 こんな人間はやはり相応しくない。


(そう、思うのに……)


 手を引かれて、魔法陣の中に足を踏み入れて、目を閉じる。

 温かい手に繋がれていれば、それだけでどこか「大丈夫」と思う。

 分不相応だ。

『マグゲルの町』にいた時、何度彼が夜遊びをしている、私と遊んでくれた、という話を聞かされただろう。

 そういう女が流す噂は……すべて嘘。

 見向きもされない女たちの意地とつまらないプライド、そして、彼に不相応な婚約者であるエルフィーへの当てつけ。

 最初こそ信じてしまっていた。

 けれど──。


(オリバーさんは、夜に町に降りた事はない。毎晩みんなが寝たあとも、素振りをしたり、弓矢の練習をしたりしていましたよね……。新しい私の部屋から、全部見えました……だから、知っているんです)


 色々な種類の武器をオリバーは扱えるように毎晩それぞれ練習していた。

 とても女の子と町で遊び歩く時間はないだろう。

 あんなに強いのに、まだ強くなろうとするのは……一体なぜなのか。


「着きましたよ」

「!」


 本当に一瞬で別な場所に着いたらしい。

 現実味がなかった。

 リドルフはそこにはおらず、部屋も変わっている。

 扉が開くと、漆黒の燕尾服の男が頭を下げた。


「今回ご案内役を務めます、シードと申します。お見知り置きを」

「よろしくなの。わたくしがフェルト・ルークトーズ。こちらは兄のオリバー・ルークトーズ。そしてウェルゲム・マグゲルとその姉で兄の婚約者、エルフィー・マグゲル。兄とエルフィー様はほごしゃせきで頼むの」

「かしこまりました」


 一瞬、燕尾服の男……シードの目に動揺が走った。

 どうしたのだろう、とエルフィーは首を傾げたが、オリバーは笑みを深くする。

 彼の仮面を見たから……という様子ではなかった。

 他の理由だろう。


「まあ、わたくしが子どもらしくなくて、おどろいたのかしら?」

「いえ、とんでもございません。さすがはクロッシュ地方の次期領主となられる淑女、と感心致しました」

「ふふふ、そう言っていただけてうれしいの。では、今日のサポートをよろしく頼むの」

「誠心誠意に」


 そう言って、シードの態度は大人に対するそれと遜色ないようになった。


「あれが上に立つ貴族に必要なものだよ、ウェルゲム」

「……っ」

「君もがんばって」

「……う、うん」

「…………」


 舐められない、というのはこういう事なのだ、と。

 エルフィーはまた、ごくりと生唾を飲み込む。

 城の使用人相手にも絶対に退かない。

 相手の顔色で、相手の考えを見抜く。

 そして先手を打ち、主導権を握る。


(も、ものすごい世界です……)


 自分にはとても無理そう。

 ますます自信がなくなり、眉をハの字にしていたエルフィーだが……それは会場に着くまでだった。

 会場は庭と室内に分かれており、保護者は室内。

 庭にはたくさんのテーブル。

 お菓子や軽食が並び、カップが並べられ、色とりどりの愛らしい飾りつけがなされている。

 庭に咲き乱れる花々も薄くパステルカラーのような色が多く、なんとも楽しげな空気。

 それを見て思わずエルフィーが一番に「わあ」と声を出してしまう。


「エルフィー、俺たちは室内ですよ」

「すみませんっ」

「ではフェルト、兄さんは中にいて見ているから」

「はいなのー!」

「ウェルゲムもがんばってね」

「はい!」


 返事だけはたくましい。

 顔はかなり強張っている。

 フェルトがシードに案内されて席に着くと、いよいよ茶会が開始となった。


「私、こんな大きなお茶会は初めてです……。旦那様が……あ、お、お義父様が主催される舞踏会もあまり大規模で派手なものがないから……」

「旦那様は倹約家だからな。でも、おかげでウェルゲムにもエルフィーにもいい勉強になるでしょう」

「は、はい。そうですね……自信がますますなくなりそうですけれど……」

「大丈夫だよ、今日は一日貴女のフォローをするから」

「は、はいっ、よろしくお願いします」


 本当に!

 と、かなり切々とした目で見上げられて、オリバーも「ふふ」と笑う。

 その様子がまた、美しい。

 続々と入ってくる子どもたちと保護者たち。

 保護者はエルフィーたちよりもほんの少し歳上の夫婦がほとんど。


「まあ……」


 扇に隠れた唇が何人もそう呟いて通り過ぎていく。

 その視線の先がオリバーであり、エルフィーだった。

 二人に向けられる真逆の意味。

 オリバーに目を惹かれた夫人たちは、隣にいるエルフィーを見て鼻で笑ったり強く睨みつけたりしていく。

 明らかに「お前?」という意味だ。

 不釣あいだろう。


(そんな事、分かっています……)


 だから俯いてしまう。

 でも、そんなエルフィーを隠すようにオリバーが入場者の入る入り口の方へ移動した。

 そうする事で婦人の眼差しは輝くだけ。

 彼を見て艶を帯び、好奇に満ちた眼差しが集中する。

 仮面の時でさえこうなのだ。

 それはきっと、佇まい。

 そうして立っているだけで、彼は美しいと人の目を集める。


「……っ」

「エルフィーは子どもたちの方を見ていてくれる? フェルトが挨拶する時教えて欲しいな」

「…………は、い」


 無力だ。

 しょんぼりとしながらも、頼まれた事はしっかりやりたいと前を向く。

 その時、子どもたちの入場する場所とは反対側から、騎士を連れたのほほんとした男が入ってくる。


「?」

「げっ……あれは……っ」

「オリバーさん、ご存じの方ですか?」

「……公帝陛下だよ」

「ぶっ!」


 思わず口を両手で押さえる。


(こここここここ公帝陛下〜〜〜!?)


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