マグゲル夫人、ルジア


(まあ、ここから上がるのは大変だけどね!)


 ここからランクを上げるには、Bランクの依頼を百以上、試験を一次、二次受け、二つの町のギルドマスターに認められなければならない。

 理由はここから上はだ。

 調査任務はともかく、Aランクの依頼は基本的に『Bランクゴールド』よりも上からしか受けられない。

 Aランク冒険者が一握りしかいないため、彼らだけでは手が回らないのだ。

 だから『Bランクゴールド』以上のBランク冒険者も、パーティーを組んでAランクの依頼をこなす。

 とはいえ、Aランクの依頼はほぼ国からの依頼となるので、『依頼』と呼ぶよりも『任務』と位置づけられている。

 報酬も国から出るため、危険性も相まって破格。

 一度の依頼で、平民の家が建つと言われているほどだ。

 そのため、Aランク冒険者が一人でもその町のギルドにいれば町は潤沢な資金を得られる。

 Aランク冒険者に全額が支払われるのではなく、ギルドが仲介する事で中抜きされ、町のギルド資金となるのだ。

 そうして経済が回る。

 Aランク冒険者は基本的にその金の流れを正しく理解しているので、そこにイチャモンをつけたりはしない。

 むしろ、そのおかげで英雄とされ、町では羨望と称賛を好き放題浴びられる。


(冒険者は基本的に自己顕示欲強めだからな)


 羽振りがよく、町の人たちに心から尊敬され、愛される……それがAランクの冒険者だ。

 そんな冒険者にオリバーもなりたい。

 父のような、ギルドマスターに。

 誰もが認める立派な冒険者に。


「おれも戦えるぞ!」

「そうだね、小物の魔物が出たらウェルゲムにお願いするよ」

「やったあ!」

「え、そ、そんな、あ、危ないのでは……」

「ウェルゲムは基礎ステータスレベルが100近いので大丈夫ですよ」

「そそそそそそんなに!?」

「冒険者なら『Dランクプラチナ』クラスです!」

「おれも十五歳になったら冒険者登録する! そんで、魔物をたくさんやっつけて父様みたいな貴族冒険者になるんだ!」


 それが、ウェルゲムの目標。

 ある意味、オリバーと同じく『父の背中』を追う道を選んだ。

 もっともウェルゲムが進むのは『火の伯爵』の称号への道だろう。

 ウェルゲムもまた、得意な魔法属性は『火属性』。

 魔法のセンスもいいので、火属性聖霊武具を手に入れれば相当なランクまで上がる予感がする。


「ウェルゲムはそろそろ武器も新しくしてもいいかもね。君は割と力押しなところがあるから、長剣よりも大剣とか戦斧の方が向いているかも。俺もどちらかというと後衛のサポートの方が得意だから、ウェルゲムが前衛やってくれると戦いやすくなるな〜」

「おお〜! 師匠とバディ組むの!?」

「ふふふ、俺の父さんと旦那様は昔バディを組んでたらしいから、それも面白そうだよね」

「わああああ!」


 目を輝かせるウェルゲム。

 とてもチョロ…………扱いやすい。

 その様子を眺めていたエルフィーは、少し困り顔。

 本当に元主人、現義弟を戦わせるのか、と言わんばかり。


「で、エルフィー」

「え? は、はい?」

「来てくれますか? 『クロッシュ地方』」


 まだ答えをもらっていない。

 なので、改めて聞く。

 ハッとしたエルフィーは、また俯いてしまう。


「……は、はい……」

「…………。では、出発は明後日。明日馬車の手配などしておきますね」

「は、はい……よろしくお願いします……」

「わーい! 師匠と旅ー!」

「はしゃいでるけど行き先は『クロッシュ地方』の首都『クロッシュの町』だし、ウェルゲムは帝都に転移して公帝の城でお茶会だからね?」

「……………………」


 がたり。

 立ち上がって喜んでいたウェルゲムが、沈んだ。

 


 ***



 翌々日。

 荷物をまとめたエルフィーとウェルゲムはオリバーの用意した馬車へとカバンを乗せて、見送りに来たマグゲル伯爵のもとへと歩み寄っていた。

 なお、オリバーは馬。

 乗馬ぐらい出来ず、貴族は名乗れない。

 ウェルゲムもそろそろ乗り方を覚えるべきだろう。


(まあ、それはまた今度……)


 借りた馬のノズルを撫でて微笑む。

 馬は厄呪魔具を嫌がったが、オリバー自身を嫌がる事はない。

 やはりオリバーの持つ加護と、厄呪魔具は相反するモノ、という事なんだろう。


「で、では、あの、行って参ります……」

「ああ、くれぐれも粗相のないようになり」

「はい!」

「は、はひ……」

「ルークトーズ、お前には一つ伝えておく事がある」

「はい?」


 なんでしょう、と近づくと、さらに手招きされる。

 そして顔を近づけるよう指示されて、半ば怪訝な顔で伯爵の耳元に顔を近づけた。


「ルネーシス・クインケとアーネスト・グレインの動きには気をつけろ」

「! ……了解しました」


 一歩下がり、頭を下げる。


(……そうか、この頃からあの二人は敵対関係になっていたのか……)


 ルネーシス・クインケとアーネストグレイン。

 正しくは、第一騎士団団長、ルネーシス・クインケ。

 通り名は『鉄壁のルネーシス』。

 ヤオルンド地方担当の騎士団長であり、通り名の通り鉄壁と言われる『壁役』としての力を買われた騎士だ。

 その剣技もかなりのものだが、なによりはその防御力。

 そして第三騎士団団長、アーネスト・グレイン。

 通り名は『剛剣貫無のアーネスト』。

 ハグレード地方担当の騎士団長であり、通り名の通り剛剣の使い手……要するに大剣で力押ししまくり、貫けぬもの無し、の意味の物理でなんとかする系の脳筋の極み。

 実は『ワイルド・ピンキー』の序盤、二巻で……『ヤオルンド地方』から反乱が起きる。

 その主導者は『ヤオルンド地方』の『四侯』の一人、イード・ヤオルンド。

 イードがルネーシスと結託して『イラード地方』へと攻めてくるのだ。

『イラード地方』の一部の貴族は反乱に便乗し、帝都へ挙兵を開始。

 それらは亡国となった『帝国派』思想の貴族や冒険者、騎士だった。

 公帝はその時、スレリエル卿の厄呪魔具を喰らい、少しずつ体調を悪くしていく。


(……スレリエル卿の厄呪魔具は、一人殺すとその子どもに呪いが移っていく。三巻で公帝が死んだあと、エリザベスの兄であり、皇太子であったエルヴィンが呪いにかかり衰弱していく……その隙をついて、今度はアーネスト・グレインが反旗を翻す。アーネストは公帝国を滅し、自分が王になる事を目論む野心家だった)


 最初の、イード・ヤオルンドとルネーシスの反乱はチート主人公シュウヤによって鎮められる。

 それによりエリザベスはシュウヤに懸想して、彼の旅路につき纏うようになるのだ。

 いつか自分の夫に、と考えて。

 しかし立て続けに身内を失う事になり、最終的に彼女が女公帝となる。

 ついでに言うとイードは討たれるがルネーシスはスレリエル卿の手引きで命拾いをし、アーネストの反乱の時にエルヴィンを狙う第三の勢力として事態をよりややこしくするのだ。

 なにより、その時にはスレリエル卿の厄呪魔具でルネーシスは魔物と融合し人型キメラとなっている。

 知恵が回り、魔物の力も得た事でアーネストを半死半生に追い詰め、結局主人公シュウヤの手によって滅され、最期を迎えた。

 あまりの猛攻と、父と兄、二人を亡くしたエリザベス……というよりも『エドルズ公帝国』は『ヤオルンド地方』をアーネストに国として与える事で崩壊を免れた……はずだ。

 なお、『クロッシュ地方』に関しては静観。

『エドルズ公帝国』はあくまでも貴族の国で、各々の自治地方は『四侯』に一任されている。

 それに口出しして利権を侵害出来る無二の存在が公帝なのだ。

 とはいえ、その力が弱まれば『四侯』はたやすく牙を剥く。

 それをしなかった祖父……ラノベの中のクロッシュ侯爵は、そもそもどこが倒れようと興味がなかったのだろう。

 ある意味、祖父も実に貴族らしい。


(一緒に反乱起こそう、とは言われてただろうにね)


 そして剣と盾……攻めと守り……アーネストとルネーシスの相性の悪さ、ある意味では良さ? は、物語序盤の国の闇や人の心の呪いを如実に表す。

 また、スレリエル卿の影、伏線もしっかり張られている、ストーリー的にも重要なものだった。

 アニメ化されているのは二期……四巻まで。

 あの人気ならば五巻以降も、と噂されていたが……それは置いておく。

 とにかくライバル関係だったアーネストとルネーシス。

 まだラノベ開始前だが、すでにその兆しはあるようだ。


「師匠ー?」

「ああ、なんでもないよ。では……」

「良かったわ〜、出発に間に合って!」

「?」

「あっ」

「げっ!」

「……」


 振り返って、最初に目に入ったのはド派手なデ……ぽっちゃりの女性。

 そこまでド派手に主張しなくてもいいのでは? と言いたくなるほど派手な顔とドレス、と、後ろのほぼ半裸の男たち。

 未だかつて見た事のない衝撃映像すぎて、オリバーは思わず頰を引きつらせ、半笑いになって固まった。


「なんの用だ、ルジア」


 そう、この胸よりも腹をポヨンポヨンさせた怪ぶ……女性こそルジア・マグゲル夫人。

 ウェルゲムの義母だ。

 オリバーも「顔がいい」と評判が出回ってすぐに呼び出されたが仕事を理由に断った。

 その後もしつこく何回も呼び出しが来たほど、彼女は「容姿のいい若い男」に興味がある様子。

 話には聞いていたが、まさかここまでのインパクトボディ……ではなくインパクトある女性だったとは。

 彼女はド派手な金の扇を開き、ねっとりと唇を歪ませる。


「いやぁねぇ、聞いたわよ? クロッシュ侯爵にご挨拶に行くんでしょう? 妻としてアタクシも行くに決まっているではない。なかなか迎えが来ないから、心配で見に来たのよ」


 訳:大貴族のパーティー、アタクシも行くに決まってるじゃん。

 ……キュッ、とオリバーは口を結ぶ。

 貴族でありながらこんな自分の私欲が分かりやすく全面に出ているご婦人は生まれて初めて見た。

 貴族の女性とは男よりもしたたかで、腹の中が分かりづらい。

 アルフィーの姉で、マルティーナの妹……オリバーの伯母の一人ビクトリアなど、なにかトラブルになりそうな場面になると、突然はらはらと泣き出して周りの男たちを心配させたり動揺させたりして器用に操るのが得意(※マルティーナ伯母談)という恐ろしい生き物だ。

 こんなストレートなバッ……素直なご婦人はそうそうお目にかかれないのではないだろうか。


「お前の出番はない。俺も行かないからな」

「は? はあ!? なんで行かないのよ! 相手はクロッシュ侯爵……『四侯』の一人なんでしょう!? ウェルゲムの両親であるアタクシたちが出向いて挨拶するのは当然の事じゃない!」

「面倒だ。ルークトーズ、やれ」

「うえぇ……」


 もはや説明して分からせる事さえしないつもりだ、この旦那様は。

 確かに会話する時間が疲れそうだし、あまり構っていて出発が遅れるのはよろしくない。

『マツイの村』が滅んだ今、『ミレオスの町』まで宿泊出来るところはないのだ。

 食事は当然馬車の中か、あるいは外。

 テーブルも椅子もなく、常に魔物に襲われる危険を孕んでいる。

 ついでに、オリバーの事情で『アルゲの町』にも寄らねばならない、

 それはいいとしても、エルフィーが祖父の誕生日パーティーに出ない、代わりにこのオバ……ルジア夫人が出るというのなら、その時のエスコートはオリバーがしなければならなくなる。

 死んでもお断りだ。

 その辺りを踏まえて説明し、納得してもらえなければ……いや、この性格はまず間違いなく100%ご納得頂けないだろう。


(……その方が確かに合理的か……)


 マグゲル伯爵はそこまでを一瞬で導き出したに違いない。

 断じて、ただすげー面倒くさかったから、とかではないと思いたい多分。


「あら、貴方が噂のオリバー君? 何度呼び出しても全然応じてくれないからお会い出来て光栄だわ」

「私もお会い出来て光栄です、マダム」


 カツ、と……エルフィーとウェルゲムを背に庇うように立つ。

 これで二人と、そして見送りに来た伯爵、伯爵家の使用人たちは大丈夫。

 それを確認してから、仮面を外す。


「っ!」

「しかし、我々はもう出かけなくてはいけません。マダムはもう離れへお戻りになられた方がいい。そうは思いませんか?」

「ま、ま、まぁぁぁ……あああぁ……ふあぁぁぁん……!」

「うっ、美しいいぃ……」

「なんという美しさ……ま、眩しい……!」


 ルジアがおののいて、後退り、そしてその場に座り込む。

 後ろの奴隷たちもうっとりとしながら膝をつくので、心底げんなりする。


(年々悪化してるよホントに……)


 若干泣きたくなった。


「後ろの方々、マダムを離れへ連れて帰ってください」

「「「は、はいいぃ! よろこんでぇっ」」」

「美しい……」


 ぱたり。

 ルジアはそう言い残して、失神した。

 そんなルジアを屈強な奴隷たちが三人がかりで持ち上げ、連れ帰っていく。

 だいぶなにしに来たあの人、といった感じだ。

 仮面をつけ直して髪を紐から指先ですくう。

 ぱさり、と銀の髪が流れる。

 それだけで伯爵家の使用人たちもら「ほう……」と吐息を漏らす。


「見事なものだな」

「いえ、俺自身はなにもしていないに等しいですから」

「え? い、今のなに?」

「…………」


 困惑するエルフィーとウェルゲムを振り返る。

 その時にはもう、オリバーは元通り。

 ただ、彼が仮面を取った事はエルフィーたちにも分かった。

 それによる、ルジアたちの反応は異様だ。

 異様だったからこそ「なにが起きたのか」と聞いた。

 ついにこれを聞かれる日が来たか、とオリバーは肩を落として溜息を吐く。


「あれが『魅了チャーム』と『誘惑テンプテーション』だよ。というかますます悪化してる……これ、俺仮面なしで生活って絶対無理じゃありませんか?」

「無理だな! 仮面をせずに生活したいなら人のいない山奥でひっそり生きるしかねぇ! おそらくてめぇの実家に帰っても、これまで通りに生活は出来ないぞ」

「あうううう〜〜〜」


 なんという事でしょう。

 マグゲル伯爵の言い草に思わず頭を抱える。

 恐るべし加護!

 恐るべし【世界一の美少年】!

 まさか故郷に帰っても仮面ありの生活をする事になろうとは。


「え、まさか俺はこのまま一生素顔では生きられないのでは……」

「そうなりそうだな」

「ううううぅぅぅぅ!」

「…………」

「し、師匠の顔ってそんなにすごかったのか! 逆に見てみたい!」

「やめとけ、バカ息子。好奇心は猫をも殺すぞ」

「見ても死にませんからね!」


 失礼なっ。

 と、叫ぶが……先程ルジア夫人は失神した。


(……え? まさか人を死に追いやるほどでは、さすがにそこまでは……ないよね?)


 一抹の不安。

 さすがに、まさかそんなはずは?


「オリバーさん……大丈夫ですか?」

「……はい……」

「…………」


 エルフィーがなにか言いたげだ。

 だが、オリバーにそれを聞く余裕はなかった。


「さっさと出発したらどうだ?」

「そ、そうですね」

「行ってきまーす!」

「い、行って参ります」


 今度こそ。

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