里帰り


 ステータスを閉じる。

 非常に不本意だが、可愛い妹関係でステータスが三倍になるのはありがたい。


(万が一シュウヤがフェルトに目をつけようものなら殺す)


 三倍ならイケる。

 ……と、目がマジだった。


「あと最後のやり取りは『マグゲル領』の新しい産業に関する相談だね」

「さんぎょー?」

「簡単に言えば新しい仕事! 収入源! ここ『マグゲル領』は山林が多い。そして野草であるソードローズは一応ローズ科、いわゆるバラ科の植物。なら、そのソードローズを普通のバラのように利用してみてはどうか、と提案したんだよ。あとは毒草の有用利用……新薬開発に利用出来ないか、の研究。この辺りは研究資金と知識が必要になるから、やるならギルドに相談してくださいって感じかな。この町の冒険者は森林の魔物討伐や薬草集めで毒草に詳しい人も多いから」

「ほ、ほええ……」


 新薬開発に関しては少しだけ心当たりがある。

 イラード侯爵だ。

『アルゲの町』出身で伯母、マルティーナに引き取られたタックが名をタグレリックと改めてお礼の手紙と町の近況について手紙をくれた事があるのだが、その際イラード侯爵が温泉に感動しすぎて『アルゲの町』に自分の別荘を打ち建てた、その効果に関する研究まで始めるほどどハマりしてる……と書いてあった。

 どハマりって……。

 そう、思わないでもなかったが、イラード侯爵は成分分析をおっ始め、公帝陛下を呼ぶ事もせず、なんだか『アルゲの町』を生活拠点にしつつあり、それはそれで困った事ではあるのだが、まあ別段とっても困るとかそういうわけでもないので「まあいいか」と、なっているとかいないとか。

 つまりまあ、混乱はしてるがそこまで困る事態にはなっていない、と。

 とにかくそのように成分分析にどハマりしているイラード侯爵を、ちょっとつつくと今度は毒草の成分分析とかにハマってくれるんじゃあないかなー、というのがオリバーの見解である。

 元々イラード侯爵は『貴族らしい貴族』として有名であるが、同時に『変なものを好みやすい変人』としても有名。

 イラード侯爵はこの地方の領主でもあるので、協力を取りつければ面白い事になる予感しかしない。

 そして今度のお茶会はそのチャンスでもある。


「というわけで……」

「…………」


 真っ青になるウェルゲム。

 良かった、ちゃんと意味が正しく理解出来ているようだ。


「ま、まさか」

「そのまさか。お互い頑張ろうね」

「ひいいいいいぃっ!」




 と、いうわけで。

 食堂でウェルゲムが作った誕生日ケーキを食べながら、お茶を飲んでいたエルフィーにも先程の話をする。

 反応は予想通り。

 一瞬で真っ青。


「しょ、しょんなっ、そ、そ、そっそ、っそっ!」

「決定事項ですので、諦めてください」

「そ! ……そ、そん、な……」

「エルフィーに会いたがっているのは祖父なんです。そろそろ婚約から一年経つのだから、いい加減紹介しろ、と。俺も一緒にいてサポートするので、祖父や両親に会ってくださいませんか?」

「…………」


 ブブブブブブ……。


(……そんなバイブレーションのように震えられると、俺もどうしていいのか分からなくなるなぁ……)


 汗は滝のように流れているし、顔は青から白へ染まり、局地的地震でも起きているかのようにブブブブブブ……と震えるエルフィー。

 あんなに震えて……テーブルの上とはいえ、紅茶が溢れたりしないのだろうか。

 そんな様子はただただ可哀想なのだが、オリバーの婚約者になる事を了承した時点で避けて通れぬ道である。


(というか、その辺りの事全然考えてなかったのかな……?)


 まさか?

 ……ありえそうで怖い。


「ででででででもももも、わわわわわ私、ぜぜぜぜ全然まったくしゅしゅしゅしゅ淑女ららららしくくくく……」

「ええ、なので前日の晩餐会でのみ、顔を出して頂ければ……」

「ばばばばばばばんささささささ……」

「…………(これって伯母たちや従姉妹たちや俺の両親や妹が来るって言わない方がいいやつ?)」


 ある程度血縁者だけの晩餐会、という事ではあるが、クロッシュ侯爵家の血縁者だけでも全員が上流貴族のくくりになる。

 晩餐会に来るメンバー的に、上流でないのは個人爵位の父ぐらいなものだろうか?

 ものすごい怯え方をしているエルフィーに、眉尻が下がる。

 どうしたものだろう。

 彼女はここ一年半、マグゲル伯爵の鬼のような淑女教育で相当マナーや所作が出来るようになっている、と思うのだが……。


(まあ、その分俺との仲はほとんど……いや、全然進展してないけどね)


 正直話しかける時間もないくらい、エルフィーのスケジュールはパンパン。

 食事を一緒に食べる事も出来ない。

 十数年かけて学ぶ事を一気に叩き込まれているので、無理もないのだが……正直寂しいと思ってしまう。

 だが、それだけのスケジュールをエルフィーは乗り越えてきた。


「エルフィー、君はここ一年半、とてもがんばりましたよね」

「……?」

「俺とほとんど顔を合わせられませんでしたもんね? ……そのくらい頑張ってきたのに、それでも不安で自信がないのはなぜですか?」

「…………」


 伯爵としては、せめて一年で社交場に出せる最低限を目指していたはずだ。

 エルフィーは一年半で姿勢マナーも所作も見違えるほどよくなった思う。

 でも自信がない。

 それは、なぜ?


「……で、でも……やはり、生まれ、ながらの……貴族様には……私なんか……到底……」

「そうですね」

「っっっ!」


 そこはストレートに肯定する。

 なぜなら否定する要素はそこではないからだ。


「そんなの初めから分かっていますよ、俺も、家族も」

「…………」

「その上で会いたいと言ってくれているんです、祖父や両親は」

「……そ、その上で、ですか?」

「はい。エルフィーが貴族として生きてきたわけではない、というのは最初に伝えてあります。ただ、俺が選んだ人に会いたいと言っているんですよ。貴族としてではなく、エルフィーに、会いたいんだって。それでも、嫌ですか?」

「…………」


 俯いて考え込まれてしまった。

 最近は背中を丸める事もなくなっていたけれど、控えめすぎる性格まではなかなか治っていない。

 その辺りは褒めて認めて自信にしていってもらうしかないだろう。

 これはその第一歩に……なればいいなぁ。

 と、オリバーは天井を見上げた。


「あの……」

「はい?」

「私にはやっぱり、オリバーさんが私を選んだ理由が、よく、分かりません……」

「…………」


 まあ、普通に考えて「夢で見て恋焦がれていました」は、たとえ「聖霊の加護でしょう!」とつけ加えても普通に怪しいと思う。

 無理もない。


「普通に容姿とその控えめな性格も好みなのですが」

「え、し、信じられませ……あ、す、すみませ……」

「いえ、エルフィーは自分に自信がなさすぎるから、俺の事も信じてくれないのだと分かってますよ……」


 でも困った。

 これはガチで一ミリも信用されていない。

 一年半、本気でなんの進展もないのだから仕方ないのだが……。


(どうしたら信じてもらえるかなー)


 彼女に、彼女の魅力を。


「つーか、エルフィーはなんで師匠の言葉がそんなに信じられないんだ? 自分に自信がないのと師匠が信用出来ないのって別な話だろ。師匠はおれの事もお前の事も助けてくれた恩人だぞ! 信用出来ないってなんだよ!」

「え、あ、そ、そっ、そういうわけでは……!」

「だいたいお前みたいなブスで鈍臭くて色気もなくて根暗な女と結婚したいとか、師匠になんの得があるんだよ! 好みじゃないと無理に決まってんだろ!」

「ウェルゲム……?」

「ひっ!」


 エルフィーへの悪口がひどすぎる。

 にっこり笑って圧をかけると、分かりやすく肩を跳ねさせて怯えた。

 だがあまりウェルゲムに圧をかけると今度はエルフィーが萎縮しながら「オリバーさん……坊っちゃまが怯えているので……」と庇い立てするので、やりすぎはしない。


「ほ、ほらー! お前を悪く言って怒るのなんか師匠くらいなものだぞ! お前の悪口に師匠が怒るのは師匠がお前の事本当に好きだからだろ!」

「え? えっ?」

「今お前がおれの事、庇ったのとおんなじだろ!」

「え……」

「…………。いや、お前おれの事、なんで今庇ったんだ? おれが主人だから? でも今はおれの義姉だよな?」

「は、はい、い、一応……」

「あれ? だからお前はおれを庇った? 一応今は家族だから? あれ?」


 あれ? あれ?

 と、首を傾げる二人。

 なんだか話が変な方向に向いてきた。

 溜息を吐きつつ、残りのケーキも口に運ぶ。

 ウェルゲムが作ったそれは、不格好であちらこちら崩れていた。

 しかしそれでも「おれも師匠みたいに料理が出来るようになるんだ!」と言ってチャレンジした、ウェルゲムの『努力』の形。

 残すつもりはない。


「……なあなあ、師匠は『魅了』が使えるんだよな?」

「突然なに?」

「なんでそれでエルフィーを『魅了』しねーんだ? その方が早くね?」

「お前ねぇ……」


 呆れて一瞬言葉も出ない。


(そういえば仮面……最近ちょっと頬に当たるんだよな……)


 仮面の縁をなぞる。

 ゴリッドに言われた言葉を思い出す。

 成長したら作り替えよう。

 その時はおれが……。


(そうだな。リッチの骨もあるし……パーティーに行くならこの仮面の厄呪魔具は目立つし、もっと目立たないデザインのなにかを作ってもらおう。『アルゲの町』に寄らないと)


 ふう、と溜息を吐く。

 その一連の流れに、ウェルゲムは「怒らせた?」とビクビクしていた。


「…………そんな事、しても意味ない」

「え?」

「顔で好きになってもらうのって、そんなの好きと違うと思う……少なくとも、俺は……」


 唇を尖らせて、プイとウェルゲムとは逆方向を向く。

 その様子にエルフィーは「オリバーさんが子どもみたいに拗ねた……」と思ったが口にはしない。


「えー? でも師匠はエルフィーの顔も好きなんだろー?」

「そうだけど、俺が好きなのはあくまでエルフィーの全部であって顔はその一部でしかないよ」

「っ」

「うわー……」


 顔をほんの少し赤くするエルフィー。

 その様子に、紅茶を飲みながら姿勢を正す。

 カップをソーサーに戻して、彼女と向き合った。


「そろそろ話を戻すけど……その、エルフィー……『クロッシュ地方』に来て、くれる?」

「…………。と、徒歩、旅、なんですよね?」

「いや、行くなら馬車かな。一応今の君は貴族令嬢だから。あと、ウェルゲムも」

「おれおまけ!?」

「街道には魔物も出るから俺が護衛するよ。大丈夫」


 にっこり。

 そう微笑むオリバーは、ここ一年でカラーを上げた。

 ウェルゲムの家庭教師を務めながら、たまにギルドで依頼をこなして試験も受けたのだ。

 いつまでも同じランクでいるつもりはない。

 最終的にオリバーが目指すのは父と同じ『Aランク』の冒険者!

 現在のオリバー・ルークトーズの冒険者ランクは『Bランクシルバー』。

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