五章 『里帰り』編
シスコン
(そろそろ心が折れそう)
オリバー・ルークトーズは、本日十七歳になりました。
だがしかし気分は落ちまくっている。
理由はここ一年半、エルフィーとなんら進展がないためだ。
(しかもお祖父様から誕生日パーティーの招待状が来るし……)
ギルドに呼び出されて行ってみれば、祖父フィトリング・クロッシュ侯爵からの手紙が届いていた。
内容は『お誕生日おめでとう! 冒険者になって二年、婚約して一年経つし、そろそろお祖父ちゃん孫に会いたい。婚約者にも会ってみたいから連れてきてね! 招待状はマグゲル伯爵に送っておいたよ!』……という感じである。
実質、脅しだ。
「師匠! 誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう、ウェルゲム」
「あれ? どこ行くんですか?」
「君のお父様のところだよ……手紙の内容について相談したい事があってね……」
「ふーん?」
ウェルゲムも十歳になった。
ラノベとは別人のように素直でいい子(にオリバーが躾た)になった彼は、廊下を歩いているとついてくる。
その上「あ、そうだ! 師匠の誕生日プレゼント作ったからあとで食べてね!」と満面の笑顔で言ってくるので、まるで弟でも出来たような気分になって普通に頭を撫でて可愛がってしまう。
「あ」
「?」
「それならウェルゲムも一緒に来る? 将来の勉強にもなると思うし」
「え?」
そう思いついて、マグゲル伯爵の執務室の扉を叩く。
ウェルゲムは緊張の面持ち。
相変わらず父への苦手意識は拭えないようだ。
「失礼します。ルークトーズです。すみません、昨日届いた手紙についてご相談したい事があるのですが」
「入れ」
短い了承を得てからドアを開く。
朝食を摂ってから即、仕事を始めていたマグゲル伯爵はパイプを蒸しつつ眉間にシワが……。
(シワすご……)
いつでも人を殺しそうな顔をしているが、今日はまたものすごい。
毎日こんな風に眉間にシワを刻んで仕事をしているのだろうか?
「なんだ」
「実は祖父が三ヶ月後の誕生日パーティーに俺の婚約者を連れてこいと……」
「…………」
シワが、深まった!
あれよりシワが深くなるとは正直思わなかった。
「たった一年で『四侯』の前に出せるとでも……」
「まあ、はい、それは……でも……」
エルフィーの淑女教育に関しては、マグゲル伯爵が行っておりオリバーは預かり知らない状態。
しかしこの様子。
(……分かっていたけどエルフィーの淑女教育は進んでないんですね!)
妹、フェルトが受けている貴族の淑女教育は側から見ていても色々大変そうだった。
幼少期からマナーや姿勢、所作言葉遣い、その他教養……数人の家庭教師が祖父のお屋敷から派遣されていたのだ。
それを横目にオリバーも時折教養は学んだものの、妹が目に見えて令嬢らしくなっていくので「貴族教養やばー」と思っていたのは内緒である。
確かに数年であれなのだ。
一年で祖父の前に出しても大丈夫な程度になれるかと言われると……不安でしかない。
「でも、祖父には『伯爵家に仕えていたメイド』と伝えているので、ある程度は許容して頂けると思います」
「本気で言っているのか?」
「…………」
祖父、フィトリング・クロッシュ侯爵はともかくその周りは……主にオリバーを婿に欲しがっていた貴族のお家は納得しないだろう。
オリバーがマグゲル伯爵家のメイドを見染めた、という噂はすでに駆け巡っているようではあるが、だから諦めてもらっているかと言われるとそうではない。
というか、これまでそういう話がほとんどなかったのはオリバーが公女エリザベスの婚約者候補の一人──というか婚約者候補筆頭──だったからで、それなら無理だろうと皆が気を遣って控えていたからだ。
相手が伯爵家のメイド……今は養女であるならば話は別。
公女エリザベスの婚約者候補を降りた途端、凄まじい量の婚約申し込みが、クロッシュ侯爵家に殺到しているらしい。
「最近はウチに脅しのような手紙も届く。……正直お前に対して他所の貴族どもがここまで必死になると思わなんだ」
「ええ……旦那様相手にそんな事する人が? こちらで手を回しますか?」
「いや、この程度は自衛出来る。というか身内の仕業だろう。くだらん真似をする奴は今度会った時に喝を入れてくれる」
「……程々になさってくださいね。旦那様はそれでなくとも敵を作りやすい性格なのですから」
「フン、今更だな」
頼もしい。
「とはいえ、俺は行かないとダメでしょうね……正式な招待状が届いてしまったので」
「ふむ……相手が相手だ、行ってこい」
「ありがとうございます。それで、エルフィーが無理そうなら代わりにウェルゲム様を連れて行ってもいいですか?」
「えっ!」
「……」
ギロリ。
にこり。
頭上の相反する表情に、ウェルゲムは真っ青になる。
「粗相をせんと思うのか?」
「その程度の教育はしてきたつもりです」
「!?」
「ふむ……まあ、それならいいだろう」
「!?」
「ちなみに貴様の妹は……」
「フェルトはダメです」
「!?」
じとり。
ゴゴゴ……。
バチバチ、頭上で鳴り響く貴族の駆け引き。
ウェルゲムは前方と横を交互に見てあたふたとする。
「まあ、その代わりと言ってはなんですが、一つ提案が」
「なんだ?」
「『マグゲルの町』は森林豊かです。魔物も毒を持つものが多い。毒は薬にもなります。手軽なものとしてはソードローズでしょうか? ソードローズのハーブティーなど面白くていいと思うんですがどうでしょう?」
「…………。考えてみよう」
「では、失礼します」
「ああ」
「!? !? !?」
ばたん。
と、退出してから硬直していたウェルゲムに気がつく。
「どうかしたの?」
「…………。え? あ、な、なにが、今、ど、どう……?」
「え? ……ああ、今のやりとり? そうか、君にはまだ分かりにくいかったかもね? まあ、体験させるために連れて行ったのである意味正解……。あのね……」
キョロキョロと混乱するウェルゲム。
まだ十歳の彼には、貴族の駆け引きが分かりにくかったのだろう。
とはいえ、いずれこのマグゲル領の領主兼マグゲルの町の町長兼マグゲル伯爵家当主になるのだ。
しっかり今から理解出来るよう学ばせねばならない。
なので、オリバーは冒頭の部分から説明する事にした。
もちろん、執務室の前にいつまでもいるのはよくないので、食堂へ向かって歩きながら。
「昨日俺の祖父、クロッシュ侯爵から手紙が届いたと言ったろう?」
と、まずは立ち止まって手紙を読ませてみる。
一通り読み上げてから手紙をオリバーに返すウェルゲムは、やはり意味を理解していなかった。
なので「冒険者になって二年、婚約して一年経つし、そろそろお祖父ちゃん孫に会いたい。婚約者にも会ってみたいから連れてきてね! 招待状はマグゲル伯爵に送っておいたよ!」的な内容である事を説明する。
「? なんでその事を父様に話に行くの?」
「エルフィーの淑女教育は旦那様が担当してたからね。祖父や一族に会わせて問題ないのか確認しに行ったんだよ。……無理みたいだから、食事会が限界そうだね」
「え! 結局連れてくの!?」
「祖父直々の提案を断れるはずがないんだよ……」
思い切り目を逸らす。
祖父の本来の目的は孫のオリバーに久しぶりに会いたいという、実に直球な欲求だと思われる。
しかし、そんな孫が旅立った理由は『夢であった初恋の人を探す事』。
聖霊信仰の強い祖父は、おそらくそのオリバーの夢の話を『聖霊の加護』と解釈しているのだろう。
そして当然、その『聖霊の加護』に選ばれたオリバーの選んだ婚約者には興味津々なのだ。
いくら淑女教育が間に合っていないからと言い訳しても、名指しされているのでは紹介しないわけには行かない。
ついでに言うと「クロッシュ侯爵家に殺到しているオリバーへの婚約申し込みが、そろそろ本格的に面倒くさいのでお祖父ちゃんの誕生日パーティーで婚約者をお披露目して黙らせない?」という意味だ。
「あ、あの短いのにそんな事話してたの!?」
「そう」
「…………。……結局エルフィーは連れて行くんだ?」
「断れないからね。でもお披露目は今回見送る方がいいと言われたから、一番人が集まるパーティーではなく、前日の身内だけの晩餐会には出席してもらう感じかな?」
「…………。え? じゃあまさかそっちのパーティーの方……」
「いや、君はまだ社交界デビューしていないだろう? 十歳なら昼間行われるお茶会からだよ」
「お茶会!?」
「そう。ただし侯爵家血縁の十代前半から十歳未満数人が参加するそこそこ地獄なお茶会」
「…………」
逐一悩んで考えていたウェルゲム。
自分で考えるのはいい事なので、見守ってきたオリバー。
それでも告げるべきものはしっかりと告げる。
なお、『地獄のお茶会』と言ったのにはちゃんと理由がある。
(マジで『四侯』の血縁者から十五歳未満の子どもが集まるんだよなァ、アレ)
『四侯』は基本的にそれほど仲がいいわけではなく、お互いを牽制し合う仲、と言った方が正しい。
しかし『四侯』の血縁の子どもは『四侯』の誰かの誕生日が近くなると帝都、公帝の住う城で開かれる茶会に出席しなければならならず、それは毎年『四侯』の誰かの血縁を『主役』──要するに主催──として執り行われる。
幸いオリバーはタイミングが合わずにそのお役目を頂いた事はないのだが、今年はどうやクロッシュ侯爵家にそのお役目が回ってきたらしい。
そしてその『主役』たりえる年齢の子どもはクロッシュ侯爵家に現在フェルトしかいないはずだ。
ついでに言うと、クロッシュ侯爵家の跡取りとして最有力となっているのもまたフェルト。
ここで『主役』をやるのは、むしろ次期クロッシュ侯爵家当主となる立場を明確にするものとなる。
「で、そうなると当然そのお茶会には兄の俺も出なければならなくてね」
「え、あ、じゃあおれ一人で出なくていいんだ?」
「うん、でも……そうだな、ウェルゲムには事前に言っておくけど、そういう理由でフェルトはダメだ」
「? なにが?」
「君の婚約者にはならないし、させられにって話」
「婚約者? ……えーと……?」
「だから……」
やはりまだ早かったか。
と、思いつつ説明する。
フェルトは次期クロッシュ侯爵家の女当主となるか、または結婚する相手によっては女主人となる立場。
そしてウェルゲムはこの伯爵家の跡取り。
「どちらも家から出られないだろう?」
「うん」
「だからウェルゲムは俺の妹、フェルトとは結婚出来ないよ。条件が合わない。って言う話をした」
「あれが!」
「そう。あれが」
「ちなみに貴様の妹は……」「フェルトはダメです」……の、部分である。
「まあ、それを差し引いてもフェルトはとってもとっても可愛くてね」
「え?」
「母に似て、それはもうとても可愛いんだ。俺の顔を見て分かると思うけど俺の妹だから……可愛いんだよ」
「…………うん」
「だからウェルゲムがフェルトに一目惚れして妹と結婚したいと言い出しても俺を倒せるようにならなければまず、認めないと思ってくれていいから」
「え……? ……え、あ……」
ゴゴゴゴゴゴ……と背後になにかとてつもない圧を背負いながら、師匠がウェルゲムを壁に追い詰めてゆく。
その凄まじい圧は、まるでウェルゲムの父の『威圧』にも似ていた。
グレートボアも全力Uターンしそうなその圧に、お漏らししそうになるウェルゲム。
言わんとしている事は要約するに「うちの妹は俺より強い男にしかあげない」なので必死に「大丈夫です! 師匠の妹さんの事好きになりません! 絶対なりません!」と半泣きで叫ぶ。
「うん、自分の条件に合った婚約者を探そうね!」
「は、はひぃっ!」
「あれ?」
「? どうしたんですか?」
残りは『マグゲル領』を悩ませる財政の話。
産業の提案についてもウェルゲムに説明しておこうかと思った時だ、『通知』を感知してオリバーはステータスを開く。
総合基礎数値の横の称号一覧に、なんか増えている。
【シスコン++】
+[過保護]効果:妹が関係する時、基礎数値を五倍にする。
+[威圧]効果:自分より基礎数値の低い相手を行動不能にする。
「……………………解せぬ」
「な、なにがっ!?」
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