マグゲル伯爵【後編】
「ならなんにも言わん。手続きはこちらで進めておくから好きな時に持って帰れ」
「……あ、ありがとうございます……?」
「それと……お前、ランクは『B』らしいな? Cランクの依頼もこなしてきたところを見ると、ディッシュにしごかれたか?」
「あ、いえ、はい、まあ……父もですが、『トーズの町』の冒険者たちに毎日色々教わってきました」
エルフィーのために!
……とは、言えない。
今日、昼に一目惚れしたばかり、という事になっているからだ。
(というか、そうだよ……まだ会って一日も経ってないのに……とんとん拍子すぎて怖い……)
外は夕暮れ。
まだ彼女に出会って数時間。
それなのに、もう婚約の許可が出た。
いいのだろうか、これ。
いや、願ったり叶ったりだが……これも【無敵の幸運】の効果なのか。
「ふむ……実績も悪くない。冒険者になる前から冒険者として鍛えていたならこの基礎ステータスも納得はいくが……まあだがそれでも数値が高すぎるな」
「え?」
「お前のステータスの基礎数値だ。なにか他にも称号を持っているんじゃないのか?」
「! …………。は、はい、まあ、その……【ギルドマスターの器】とか、【努力家】とか【家事好き】とか【料理上手】とか……」
「なんかどんどん家庭的な称号になっていくな?」
「す、すみません、うち母、足が悪いので……」
「いや、別に悪いとは言ってないが……」
エドリードには変な顔をされる。
だが実際自分でもおかしな称号が増えたとは思う。
顔を赤くしてもごっと口籠る。
マグゲル伯爵は微動だにしない。
「【ギルドマスターの器】か……ディッシュの子らしいな」
「は、はい! 父の後継として、この称号を得られた時はとても嬉しかったです!」
「ふむ……だがやはり高い」
「……あの、ステータスが高いのは悪い事なんですか?」
先程から紙を見ながらオリバーを時折睨むように見つめるマグゲル伯爵。
その紙にはギルドで調べられたステータスの基礎数値が書き写してあった。
基本的にギルド外への持ち出しは禁止の情報のはずだが……貴族冒険者にはろくな奴がいないので、調べられたのかもしれない。
それが理由ならば文句は言えないだろう。
だが、マグゲル伯爵はその紙をついにテーブルの上へ放り投げた。
「そういうわけではない。ただ、歳の割には高すぎるという話だ。お前のステータスは三十年間前戦に出ていた騎士や冒険者が、引退する時の数値に近い。いや、魔法レベルに至っては現役宮廷魔法士を超えている」
「え"……?」
変な声が出た。
「冒険者になって七ヶ月そこらの駆け出しの数値じゃないという事だ」
「…………」
「しかも『魅了』と『誘惑』……まあ、これは顔が良すぎるせいというのは分かる。両親共に知っているからな。社交界に出ればとんでもない事になっていただろう。……その点で言えば冒険者になったのは正解だ」
「は…………はい」
絞り出すように返事をする。
確かに顔にそんな効果があると、冒険者にならなければ気づけなかった。
つまり冒険者にならなければ、知らずに社交界デビューして、知らずに晩餐会や舞踏会で『魅了』や『誘惑』を使いまくって──。
(か、考えない!)
恐ろしくて考えるのを無理やりやめた。
「…………。まあ、この話の続きはまたあとにしよう。まず先に、エルフィーをやるのはなんら構わんが、まずどうやって養うつもりだ? アレは戦えんぞ」
「え、あ……俺は将来的に『トーズの町』のギルドマスターを継ぐつもりです。彼女には受付嬢をやってもらいたいと思っていました」
「なるほど、アルフィーの後継か」
「はい。妹もいますが、祖父は俺から妹をクロッシュ侯爵家の跡取りにと考えています。そうなれば近い将来妹はクロッシュ侯爵家に迎えられる」
「ふむ。クロッシュの跡取りとしてお前が選ばれた場合は、クロッシュ侯爵家の女主人か……アレはそんな教育を受けていない。今から教育し直すのは大変だろうが……まあ、その辺りは躾とアレのやる気次第だな」
「……俺としてはギルドマスターとなり、『トーズの町』を守っていけたらと思っています」
「どちらにしてもアレにとってはとんでもない状況だ」
「…………」
ちょいちょいエルフィーを『アレ』と称するのが気に入らない。
だがこれまでエルフィーを育ててくれた保護者。
ここで文句を言って白紙にされるのは本意ではない。
「到底ついてはいけんだろう……」
「?」
「お前の能力も、家の規模もアレにはついていけん、という話だ。まあ、それでも望むならなんにも言わんがな」
「…………あの、気になっていたんですがエルフィー、さんを、『アレ』というのはやめて頂けませんか?」
やっぱり気になったので言ってしまった。
なにより彼女の能力を貶めるような言い方が限界だ。
マグゲル伯爵はオリバーを見ない。
しかし、口元は笑みを浮かべる。
(しくじったかな)
やはり試されたのか?
だとしても譲るつもりはない。
もし反感を理由にふっかけられるのなら、それも受けて立つ。
その覚悟で言ったのだ。
無論、家に迷惑がかかるのなら話は別だが。
「生意気な口を利く」
「申し訳ありません。でも……彼女は俺の理想そのものなので」
「…………理想そのものか」
「はい」
真正面から、対峙する。
これまで出会った様々な魔物。
そのどれと対峙した時とも違う、緊張。
「小僧、俺も元冒険者だ。舐めた口を利く奴にはそれなりに分からせてきた」
「はい」
「だがまあ、女が絡めば話は別だ。お前の気持ちは分かった。そういう事なら今後は『アレ』とは呼ばん。それはそうとそれらを踏まえた上での忠告だ。ステータス偽装を使え」
「…………。は、はい?」
突然話が飛んだ。
ステータス偽装──その名の通り、ステータス数値を偽装する処理。
本来の冒険者証には偽装は絶対に施せない。
聖霊魔具の一種であるため不可能なのだ。
そもそもやる必要がない。
そんな事をして、誰になんの得があるというのか。
「お前のステータスは高すぎる。家の事を含めて、あまり知れ渡ると公帝陛下に目をつけられる」
「!」
「あの方はステータス主義だからな。それが嫌なら三年、うちの息子の護衛兼家庭教師としてマグゲル家に従属しろ」
「!」
ずい、と出された三本の指。
曰く、オリバーの歳の割には高すぎるステータスを公帝陛下が知れば、必ず自分の下に置きたがるだろう。
あるいはエリザベス公女殿下の婚約者に決定する。
そんなのはどちらもごめんだ。
エリザベスはシュウヤのハーレム要員の一人。
もっと言えばあの高飛車な性格は好きではない。
根がいい子なのは知っているが、結婚したいほどではないし出来れば一生関わりたくない人種。
「そのステータスは三年隠せば世間から見てかなりマシになる。あのクロッシュ家の者となれば尚更だ。だが今、その歳でそのステータスは『異常』すぎる。だから隠すか、三年この家に
「はい! ぜひ!」
「即答とはな。いいんだな?」
「はい!」
願ってもない事だ。
元々婚約が成らなかった場合は、この家に護衛として雇ってもらい、ゆっくり仲を深めよう。……そんな風に思っていたくらいなのだ。
婚約期間を三年。
その間に、不審者から婚約者、恋人になれれば……。
「やります!」
「なら、明日その事を実家に伝えろ。昼の鐘が鳴ったらうちに来い。部屋を用意しておく。息子にも紹介しておこう。あれは面倒なクソガキだが、お前が躾ればマシになるかも知れん。期待しているぞ」
「…………。え?」
「……オ、オリバー君、そのー……今日は、帰ろうか」
「え?」
早まったかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます