あの出来事の日


 

 翌朝、『レミオスの町』から来た冒険者たちに事情を話し、残る事を伝えた。

 彼らは今日、『ミレオスの町』へと発つらしいので、お別れとお礼を言って見送る。

 ズロンスはサリーザに振られてから散々だ、と肩を落としていたが……いつか彼にもいい出会いがあるだろう。多分。


「さて、と。そろそろ行こうかな……」


 それにしても、だ。

 ウェルゲムの剣の師がよもや自分になるとは思わなかった。

 原作、コミカライズ、アニメ……どれもウェルゲムの剣の先生は顔も出ていない。

 つまり『剣の先生』という名のモブ。

 ギルドに寄って昨日もらった宿札は銀貨二枚に変更してもらい、ギルドマスターのエドリードとマグゲル家へと赴いた。

 心なしかエドリードの顔色は、悪い。


(いや、まあ、その顔色の意味……なんとなく分かりますけれども……)


 理由はウェルゲム・マグゲルのせいだろう。

 エルフィーを不幸にする元凶。

 我が儘で傍若無人。典型的なダメ貴族。

 昨日追い払ったジャニーロよりも粘着質で攻撃的。

 あれの幼少期。

 さらに、マグゲル伯爵のあの言い草。


(まあ、身分で言えばぶっちゃけ俺の方が上だしね……昨日は『俺自身に爵位があるわけではないから』とか言ったけど)


 それを言えばウェルゲムも彼自身に爵位があるわけではない。

 いずれその爵位を戴く者、というだけの話だ。

 後ろ盾の大きさで言っても『クロッシュ侯爵家』と『イラード侯爵家』……身分的には大差ない。

 問題はやはり高慢ちきな性格だろう。

 それを修正しろと言っているのだ、伯爵は。


(親の仕事だろうに……)


 とはいえ、実際の貴族というのは基本的に親は子どもの教育にほとんど参加しない。

 子どもは二階の部屋に隔離され、教師が教育を施すそうだ。

 オリバーも一応は男爵家の子息という立場だが、貴族というよりはギルドマスターの子として生きてきた。

 ウェルゲムは母を三歳の時に亡くしていたはず。

 マグゲル伯爵は妻を自分で選んだ人だと父が言っていた。

 つまり、彼も恋愛結婚なのだ。

 そんな妻をたった数年で亡くす。


「…………」


 その寂しさはある種埋めようがない。それは分かる。

 あの様子では再婚相手とも上手くいっていないのだろう。


(いや、前向きに考えろ。エルフィーと同じ屋根の下で三年! めっちゃ頑張れる!)


 貴族の家とは、往々に闇を抱えているものだ。

 この家の闇はおそらく相当のものだろう。

 だが関係ない。

 エルフィーと結婚するためなら三年、どんな事にも耐え抜こう。

 なんとかやっていけるはずだ。

 なにしろ【無敵の幸運】もあるのだから。


「オリバー君、その、マグゲル伯爵家の事で一つ気をつけて欲しい事がある」

「奥様ですね?」

「う、うむ。さすが貴族というか、まあ、その通りだ」


 エドリードの顔色が悪かったのはそこだったのか、と内心溜息を吐く。

 マグゲル伯爵家は前妻、伯爵と恋愛結婚で結ばれた女性が病で亡くなっている。

 ウェルゲムはその前妻の子となるわけだ。

 だが貴族というのは厄介なもので、様々な事情で再婚を余儀なくされる場合が圧倒的に多い。

 彼も周りに勧められて『貴族として』再婚したのだろう。

 後妻となるルジアという女性はイラード侯爵家の遠縁。

 買い物好きで、マグゲル伯爵家の財を一時期食い尽くさんばかりだったという。

 それに怒り狂った伯爵が、イラード侯爵に直談判して離れたところに彼女用の屋敷を建て、そちらに住まわせるようになった。

 しかし、彼女はある意味大変にたくましく、買い物という贅沢が出来なくなった代わりに見目の良い男を……奴隷を購入し、使用人代わりにしている。

 無論、そんな彼女がウェルゲムに興味など示すはずもなく……『夫人』が必要とされる場以外では離れの屋敷に引きこもり、遊び呆けている……と。


「伯爵もどこまで本気なのか……」

「というか、俺が奥様に迫られるのも想定して言い出しましたよね、あれ。酷いなぁ……母と同年代の女性に靡くわけがないのに」

「……そこまで分かっていて即答したのかい?」

「まあ、正直なところ想定の範囲だったりしますね」

「貴族怖い」

「下調べもせず突撃したりはしませんよ」


 前世の知識も多少はあるが、マグゲル伯爵家の情報は父にも聞いていたし自分でも調べていた。

 もちろん、貴族として他の貴族の情報は叩き込まれるものなのだがオリバーの一番の目的は冒険者になる事。

 妹、フェルトよりは……その勉強量は少ない。


(まあ、フェルトに負けるの嫌だからめちゃくちゃ勉強したけどね!)


 お兄ちゃんは妹に頼られたい生き物です。

 オリバーは特に。


「ん?」

「どうかしたかい?」


『探索』に人間の反応が二つ。

 屋敷から森の方へと進んでいく。


(え? いや、そんなまさか……?)


 背筋が冷える。

 だが、片方の反応は『エルフィー』だ。間違いない。

『探索』は一度会った人間の反応をきちんと名称として示す。

 視界側面に表示された『探索』の図解にも、バッチリそう書いてある。


「──っ!! 申し訳ありません! 救護に向かいます!」

「は!? 救護!? なんの話──……」


 壁を飛び越えて森に入った。

 大丈夫、まだ彼らの側に魔物の反応は近づいていない。

 むしろ、彼らが魔物の巣へと近づいている。


(まずい、あの出来事だ! 俺の誕生日から一年経ってないから油断していた!)


 一年後、とたかを括っていた『あの出来事』。

 自分が十五歳だから、エルフィーやウェルゲムも歳を重ねていないと、勝手に思い込んでいた。

 旅立って七ヶ月。

 この世界の一年は前世と同じ十二月×三十日。

 細かい事は省くが、その間にエルフィーが十四歳になって、ウェルゲムが九歳になっていたとしたら。


(クッソ! ドジった!)


『あの出来事』が起きる。

 まさか、今日!

 いや、【無敵の幸運】に感謝すべきだ。

 今日、この場に、オリバーを導いてくれた事に!


「『飛翔』!』


 同じ高さを直進にしか進めない『飛行』魔法の進化系魔法『飛翔』。

 これならば空を自由に飛べる。

 距離はあるが、木々を超えて直進にすれば間に合う。

 突然方向を変えられても、追える。


「!」


 二人の行く先……あれはグレードボアの巣。

 回想シーンで出てきた魔物のであり、ウェルゲムの顔に消えない傷痕を残したのは奴に間違いない。

 よりにもよって、と速度を早める。


(間に合え……! いや、間に合わせる!)

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