マグゲル伯爵【前編】


「…………え、ご、五体、ですか?」

「はい、群れでいたので。多くてもよいと書いてありましたが……不要でしたか?」

「とんでもありません! それに、雄のモーブも! あ、ありがとうございます! っていうか! え? 一人で五頭!? ソロで!?」

「弓矢のスキルで」

「だとしても多すぎますよ!」


 そうだろうか?

 と、本気で首を傾げる。

 これはCランクの依頼だ。

 一応、オリバーはBランク冒険者となっている。

 実際【無敵の幸運】のおかげで、弓矢は【必中】効果が付随。

 さらにどの武器であろうと必ず《クリティカル》になる。


(…………あれ? これもなかなかのチートなのでは?)


 ようやく気づいたオリバーであった。


「たまたま運が良かったのかもしれません」


 という事にしよう。

 受付嬢はまだあんぐりとしていたので、「ほら、俺はサポート系が得意なので、自分や武器に強化魔法とか使いますから」とつけ加えた。

 そうするとようやく「あ、なるほど!」と納得してくれる。

 サポート系、意外とイケるようだ。


「では全部買取させて頂きます。報酬は硬貨と宿屋の無料札、食券札とお選び頂けますが、どちらになさいますか?」

「札でお願いします」

「かしこまりました。ギルド提携先の宿屋を十日間、食事は町中のギルド提携店で五十食分となります。長期滞在をご希望でしたら、他の依頼もご紹介致しますがどうなさいますか?」

「……そうですね……」


 思いの外、たくさん泊まれるようだ。

 これならば無理に新しい依頼を受ける必要はない。

 今はとにかくマグゲル伯爵との面会と、エルフィーとの婚約の準備も進めたいと思った。

 無論彼女の気持ちが最優先。

 断られたら、他の方法を探さなければ。

 

「失礼、君がオリバー君かい?」

「? はい」


 そこへ声をかけてきたのは初めて見る紳士だ。

 髭を蓄え、にこやかに受付嬢の隣に立つ。


(ギルドマスターかな)


 身なり、立ち居振る舞い、それに反比例するような見事な体躯。

「エドリードだ。ギルドマスターを務めている」と頭を下げられて「でしょうね」と内心思う。


「初めまして。俺になにか?」

「いや、実に見事に依頼をこなしてくれたな、と思ってね。ついでにさっきジャニーロ氏を面白い感じに追い払ってくれたとか」

「余計な真似を致しました」

「とんでもない! 私も見たかったよ!」


 このおっさん。

 あまりにも素直でオリバーも外向きスマイルを崩しそうになってしまった。

 というよりも、ギルドマスターがこれではジャニーロに好き放題されるのも無理はないのでは。

 いや、というよりも……。


「……彼はずいぶんとランクを上げていたようですが……」

「ああ、あれは一度マグゲル伯爵に相談したんだが『捨ておけ』と言われてね」

「やはりそうでしたか」


 マグゲル伯爵といえば貴族冒険者の中でも純粋な実力者の一人と言われている。

『火の伯爵』──そう呼ばれるほどに火属性魔法に長けている、と。

 もちろん、貴族冒険者は大袈裟な場合の方が圧倒的に多い。

 ジャニーロなどとても分かりやすい例だ。

 だがオリバーの父のような場合も当然ある。

 父、ディッシュは当時準男爵子息。

 下級貴族冒険者とはいえ、後ろ盾にすでにクロッシュ侯爵がいた。

 父もそれなりに大変だっただろう。

 だがそんな父でさえマグゲル伯爵は「本物だ」と断じていた。

 オリバーがこの町を目的地として話した時に「おお、そうか! ウォールは素晴らしい冒険者だったからな! 是非話を聞いてみるといい!」と笑顔で言っていたので間違いない。

 というか、父の世代の貴族冒険者で実際戦った経験があるのは父とマグゲル伯爵のみなのだそうだ。

 それを聞いた時は「えぇ、貴族冒険者本当に悲惨……」と悲しくなったものである。

 まあ、それはいい。

 そんな実力者であるはずのマグゲル伯爵がジャニーロを「捨ておけ」と言ったのならそれが彼に対するマグゲル伯爵の答えなのだろう。


「んん? 君には伯爵の真意が分かるのかい?」

「え? ああ、そのままの意味だと思いますよ。飾りで満足している、と自分で触れて回って恥を晒す。中身のない者。構う価値もない。……一片の慈悲もなくて、嫌いではありませんね」

「…………」


 ごくり、となぜかギルドマスターの喉が鳴る。

 その表情は強張っていた。

 それに小首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「……い、いや……貴族様ってのはなんというか……。……あ、ああ、それよりも、君に伯爵から返事が来ているよ」

「え! もうですか!?」


 ぱあ、と明るくなるオリバー。

 その落差に、エドリードがまた顔を硬らせた。


「どうぞ」

「ありがとうございます!」


 手渡された手紙を受け取って、ウキウキと開く。

 目を通すと、この手紙を受け取ったらすぐに来られたし、と書いてある。


「? ……ん? え? 今すぐに?」


 顔から余裕がなくなった。

 今? すぐ? 正気か?


「心配はいらない。私も一緒に行こう」

「え? ……あ、ありがとうございます?」

「行けるかね?」

「も、もちろんです」


 そうは言ったが、さすがに思いもよらなくて心の準備が出来ていない。

 カウンターから出てきたエドリードと共にマグゲル伯爵邸へと行く事になったオリバーだが、貴族は基本的に手紙で面会の日程を決める。

 伯爵ともなれば多忙。

 それとも、たまたま時間が空いていたのだろうか。

 いいや、違う。

 オリバーが町へいつ戻るかは分からない。

 だと言うのに、『手紙を読んだらすぐに来い』……これは間違いなく試されている。

 だが、なにを?


「こちらがお屋敷だ」

「…………」

「では行こう」

「はい」


 町の外れにある、森の中。

 しっかりとした壁に囲まれた通路と、舗装された道。

 この壁は……聖霊魔具だろう。


(すごいな、こんなのお祖父様のお屋敷でしか見た事ない……。魔物除けの聖霊魔具とか、この規模で……)


 そして屋敷を覆う森。

『探索』で調べただけでも一キロ近い大きさ。

 その上、人に対して害意を持つ魔物の反応も多数。


(天然の要塞だな……)


 とてもではないが手練れの賊でも、この森に回り込んで忍び込もうとは思えないはずた。

 反応のある魔物はどれもCランクイエローからBランクイエロー。

 好戦的な種が多く、また毒を持つ種が半数以上。

 毒を持たなくとも獣型の中でも特に肉を好む大型種や、人を騙す植物系も……。

 無知で通ろうとすれば、死ぬ。


「……お分かりになりますか?」

「森ですか? すごい場所にお住まいですね。さすがは炎の伯爵と呼ばれる方……と言えばいいのか」

「なるほど……分かるのなら、忠告は無用ですね」

「ええ、まあ……好んで入りたいとは……思えませんね……」


 絶対に。


(……ウェルゲムはこんな森に入ったのか……)


 笑顔が引きつっていないか心配になる。

 ラノベのストーリーでは、エルフィーを連れてマグゲル伯爵家の一人息子ウェルゲムは家の側にある森へ入るのだ。

 剣を習い始め、自信がついたと魔物狩りに出かける。

 エルフィーはそれを止めるためにウェルゲムについていくが、結果ウェルゲムは顔に大きな傷を負い、それをエルフィーのせいにして彼女を縛りつけるようになっていく。

 それは早くに実母を病で亡くしたウェルゲムの『女性への甘え』。

 歪んだそれに縛りつけられたエルフィーはいつしか自分の幸せを完全に諦めてしまう。


(ま、そこを救うのがシュウヤ……。けど、シュウヤは彼女を置いてヒロインたちと町を出ていく)


 それがラノベのストーリーだ。

 コミカライズでもアニメでもその運命は変わらなかった。

 だから自分が変える。

 そのために生まれてきた。


「失礼、旦那様からの指示で……」

「お伺いしております」


 屋敷の入り口をノックすると、使用人が出迎える。

 中へと促され、いよいよ屋敷に踏み入った。

 応接室に案内され、エドリードとソファで待たされる事十分。

 繋がった隣室から厳格な空気を持つ紳士が入ってきた。

 手には数枚の紙とパイプ。

 右手に紙を持ち直して、左手でパイプをくわえながら手前のソファーに座る。

 間違いない、マグゲル伯爵だ。


「ウォルドン・マグゲルだ。ウォールと呼んでくれて構わん」

「オリバー・ルークトーズと申します。仮面はご容赦ください、称号スキルに『魅了』と『誘惑』があり、周囲に影響を与えてしまうのです」

「……! ほう……いや、さすがはディッシュの息子と言うべきか……称号とは……なんだ、生まれつきか?」

「は、はい……」

「そうだろうな。アルフィーも美人だった」

「……父と母を両方ご存じでしたか……」

「無論会ったのは別々だ。アルフィーは公帝陛下の誕生祭の時に数回。ディッシュとはバディを組んでいた事がある。ああ、それはいい。エルフィーとの婚約をしたいとの件だが……」

「は、はい」


 詳しく聞きたい。

 両親の話に思い切り前のめりになってしまっていたが、エルフィーの名前で背筋を正す。


「許す。持っていけ」

「…………。え? い、いいんですか?」

「いいもなにも、お前よりましな婚姻がアレに申し込まれる事はないだろう。アレの父親はアルフィーに懸想していて、娘に似たような名前をつけたくらいだ。それの息子がそれの娘に一目惚れとは傑作すぎて笑いも起きん」

「………………」


 背中になんとも言えない汗が流れた。

 名前が似ていると思った事がなかったのだが、言われてみればアルフィー、エルフィー……頭を抱えたくなる。


「むしろ、お前はアレでいいのか? 望めばもっと良縁が……」

「彼女だと最初から決めていました」


 それはきっぱりと言い放つ。

 良縁なんて彼女以外に価値はない。

 あっさり許されすぎて拍子抜けしたが、許されるのなら正々堂々もらっていく。

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