三章 冒険者『Cランクプラチナ』編

成長痛


 時折、『オリバー・ルークトーズ』となった今でも夢を見る。

 前世で彼女に心惹かれた瞬間を。

『ワイルド・ピンキー』の主人公シュウヤへ想いを寄せながら、他のハイスペックなヒロインたちに気後れして想いを告げる事すらせず背を向ける。

 最後は笑顔でシュウヤたちを見送ったり、人知れず涙を流す。

 モノローグで彼女は語る。


『あの人以上に、誰かを好きになる事はないでしょう。私はこの先一生、あの人への想いだけで生きていく。それで満足だ』


 と。


(でも)


 その顔は悲しみで歪んでいたのだ。

 決して心からそう思っていて、その先幸せになれる環境が整っていたわけでもない。

 彼女は主人だった貴族の屋敷から出て、行く宛もなく安息の地を探しながら冒険者のように日雇いの仕事をして静かに生きていく。

 そんな生活の中でもシュウヤを想い続ける、その姿。

 それを視聴者や読者たちは「重すぎキモイ」と嘲笑う。


(俺はそうは思わない。他の道があれば……)


 行く宛がないのなら、うちに来ればいい。

 仕事がないなら、うちのギルドの仕事を手伝って欲しい。

 家がないなら、うちに住めばいい。


(泣かないで……)


 手を伸ばす。

 でもそこで目が覚める。


(……同情……なんだろうな)


 まだ直接会った事もない女の子。

 彼女がどういう人なのかはアニメやコミカライズ、原作ラノベで知っているけれど……その『好き』はキャラクターへの『好き』であって、多分、恋とは違うだろう。

 それに、オリバーが知る彼女はそういうものから得た、彼女の一部。

 シュウヤと出会う前はどんな風で、ウェルゲムが怪我を負わなければ別の成長をするかもしれない。

 それでも、一つ言えるのは前世のオリバーは彼女にオタク的な意味で恋をしたし、今もしている。

 出会ったら優しくしたいし、間違いなく『恋愛』をするだろう。

 なぜなら「彼女が現実にいたら、俺が守ってあげたい」とずっと思っていたのだ。

 ここはその現実であり、『ワイルド・ピンキー』の舞台である世界。

 シュウヤのように転生者ではあるが、彼のようにすべてをひっくり返すようなチートは持たない。

 自分にあるのは、彼女を救って幸せにするための、神からの贈り物のみ。


「んん〜〜〜!」


 起き上がり、腕と背を伸ばす。

 オリバー・ルークトーズ、十五歳と六ヶ月……本日から、『Cランクプラチナ』冒険者としての始まりである。




「おはようございます」

「おはよう、坊っちゃん。よく眠たかい?」

「はい、とても」


 ロイドとサリーザが『エンジーナの町』へと戻ったあと、オリバーはしばらく『アルゲの町』を拠点にして魔物狩りなどを行った。

 その頃にはカラー上げの試験を突破して『Cランクシルバー』になっていた。

 この町を拠点に、さらに依頼や試験を超えてついに現在は『Cランクプラチナ』。

 それでもまだ先へ進まなかったのは、実績と実戦経験が欲しかったからだ。

 そしてもう一つ。


「体の調子はどうなんだ?」

「えーと……はい、まあ……痛いです……」

「だろうなぁ」


『アルゲの町』の宿屋の従業員、狼の獣人のタルス。

 同じく牛の獣人のメロットと、この町に身を寄せて生活している。

 店の主人であるジョル氏は腰が悪いおじいさんで、行き場のない二人を快く迎え入れて仕事を与え、住まわせているそうた。

 妻に先立たれ、息子と娘は町の外へ旅立ったり嫁いで行ったりで寂しかったのだろう。

 厨房に立つタルスはベーコンを焼いて、メロットの焼いたパンと一緒にオリバーのテーブルまで持ってきてくれる。


「ここに来た時より背、ずいぶん伸びたもんな、坊っちゃん」

「ウッ」

「大丈夫? 牛乳飲む?」

「い、頂きます……」


 牛乳……別にメロットのお乳ではない。

 この辺りにいるモーブの雌から獲れるお乳だ。

 コップに入った白い液体……牛乳を飲み干し、パンをかじる。

 焼いたベーコンを食べながら、ふう、と溜息を吐いた。


「いつつつっ……」

「あんまり無理するなよ。しかし人間ってのは成長痛とかあるんだなぁ」

「オリバーくん、たった二ヶ月で五センチくらい伸びてるわよね〜」

「……そ、そんなに伸びてませんよ、さすがに」


 多分。

 と内心つけ加える。

 オリバーが『アルゲの町』を拠点にしている理由はこれだ。成長痛。

 体が成長期に入り、バキバキするのだ。

 節々が痛くて歩けない日すらある。

 こんな状態で旅など出来ず、簡単な魔法の練習、例の複合魔法の実験をしながら周辺の魔物の討伐をしながら町の様子を見守っていた。

 最初は不安だったが、思っていたよりも町は穏やかさを保ったままである。

 伯母、マルティーナは約束通りタックを養子として迎え、一度この『イラード地方』の首都である『イラードの町』へと連れ帰った。

 その後、イラード侯爵家から派遣されたのは一人の厳格そうな初老の女性。

 名をリエーチェ・ロラモード夫人。

 イラード侯爵の義理の弟の従姉妹にあたり、侯爵と考え方が非常に似ているため秘書として重用されている人物。

 伯母の言う通りいかにも『良くも悪くも貴族』といった感じの性格。

 平民を見下し、淡々と命令を下すのみ。

 しかしその命令は決して無駄なものではなく、この町に公帝を呼び込むために必要な事ばかり。

 さらに公帝が宿泊するのに必要であろう施設作りにはイラード侯爵家から資金が出され、当然他の卑しい貴族に手出しさせる隙を与えず、完全な支配下に置く。

 まさに、言葉通りと言えた。

 それに実際会話してみれば冷たいだけの人間というわけではない。

 教養ある立派な淑女。

 オリバーとしては、そんな印象である。


「ふう……」

「どうした? また熱でも出たのか?」

「いえ、今後の事を少し……」

「ああ、坊っちゃんは『マグゲル領』に行きたいって言ってたもんなぁ」

「はい」


『マグゲル領』……マグゲル伯爵が治める地。

 現在地、『ウェード領』の隣の領地だ。

 普通に旅が出来る状態なら、マグゲル領中心の町『マグゲルの町』までは徒歩で二週間ばかりだろう。

 そこに彼女が住んでいる。

 ラノベの知識で彼女がそのマグゲル領主の息子、ウェルゲムに無理やり森に連れて行かれ、ウェルゲムが怪我をした責任を負わされるのは彼女が十四歳、ウェルゲムが九歳の時。

 だいたい半年後、といったところだろう。

 時間的には問題がない……のだが。


「その調子じゃあ一人旅は無理だろう。あの兄ちゃんたちは『イラード地方』の冒険者じゃなかったんだよな? じゃあ、やっぱり『ミレオスの町』で近くまでつき合ってくれるパーティーを探した方がいい」

「でもあの町の冒険者がオリバーくんをちゃんと連れて行ってくれるかしら? それでなくとも体調が悪いのに……ここぞとばかりに人気のない森に連れ込まれて、お金を巻き上げられ身包みを剥がされ公序良俗に相応しくないえげつない事をされて捨てられちゃわないかしら?」

「「…………」」


 言い方がひどい。

 だが実際、そういう心配がある。

 なので迂闊にパーティーを依頼出来ない。

 とはいえ、成長痛で旅を中断するのなら自宅に帰った方がいいだろう。

 しかしこんな理由で帰るわけにはいかない。

 なんとしても、せめて『マグゲルの町』に拠点を移すくらいはしておかねば。


(どうしよう。ロイドさんたちは『エンジーナの町』の冒険者……さすがにこれ以上つき合わせるのは申し訳がなさすぎる。というかロイドさんだってギルドマスターの修行中だから、本気で迷惑になる。ロイドさんたち以外の仲間を探さないと……でも、どうすれば……)


『ミレオスの町』に知り合いはちらほら出来始めてはいるが、一週間以上は長旅の部類だ。

 それを頼むのはそれ相応のお金か報酬、それこそ仕事として依頼するしかない。

 自分が護衛を務める仕事を受けられる体調ならば、行商人に護衛として雇ってもらえばいい。

 現実はご覧の通り。

 つまり依頼として頼むしか方法はないのだ。

 とはいえ、オリバーに支払える報酬などない。


「どうしよう……」

「邪魔するぜ」

「へいらっしゃい……って、あれ、スゴウのおっさんじゃないか」

「おう」

「!」


 振り返ると、いつぞやの冒険者だ。

 ゴツゴツとした装備と鍛え上げられた体躯。

 右の顳顬こめかみから左顎にかけて大きな傷痕がある。

 ブーツを鳴らしながら宿の食堂に入ってきて、椅子を引く。

 どかりと座ると「水をくれ」と一言。

 タルスが「はいよ」とコップに水を入れてテーブルに置いた。

 どうやら知り合いのようだが……。


「どうだ、ガスは抜けたか?」

「坑道か? いや、どうだろうな? 最近はあの辺りに業者が入ってるから、坑道には誰も近づいていないんだ」

「業者? なんだ、作業員の休憩所でも作ってんのか? よくそんな金があったな?」

「あーいや、違う違う。なんで言えばいいんだろうなー……んー……」


 ちら。

 と、タルスはオリバーを見る。

 その目に宿るのは不安。


(どちらだろう)


 判断がつかない。

 この人物は、町にとって有益なのか、有害なのか。

 オリバーだってこの町の人間ではない。

 それでも町長やゴリッドが信用してくれているから、ここに二ヶ月近く泊めてもらっている。

 うだつの上がらない日々だというのに、それでも、だ。

 だからそれなりにこの町の人たちの事を大切に想う心はある。

 二ヶ月滞在して、この男がこの町に来たのは初めてだ。

『ミレオスの町』の冒険者らしい、この男。

 相変わらずあの町はこの町にずいぶんな要求を行う事がある。

 それでもリエーチェ女史のおかげで激減した。

 そしてそうなれば当然『ミレオスの町』の者たちはおかしいと思うだろう。

 なぜ、あんななにもない町にあんな偉そうな女貴族がやって来て、横槍を入れてくるようになったのか。

 なんであんなぽっと出の女に邪魔されるのか。

 タルスの口ぶりから、この男は彼らと顔見知りらしい。

 それでも『ミレオスの町』に属する人間であるのなら、『調べてこい』とばかりに探りを入れに来たとも考えられる。


「えっと、タルスさん……こちらの方は?」


 分からなければ聞けばいい。

 愛想笑いを浮かべて問いかければ「待ってました!」とばかりの笑顔。


(後者かな)


 タルスの反応は『喜び』だ。

 という事は話の腰をバキボキに折ってくれという事だと思っていいのだろう。

 この町の状況を探りに来たスパイ、ならば容赦してやる義理はない。

 もちろん、穏便に済ませられればそれがいいのだが。


「ああ、この人は……」

「そういやぁ、こっちの坊主は最近まで『ミレオスの町』でカラー上げしてた奴だな。悪ぃ悪ぃ、無視してたわけじゃねぇんだ。俺ァ、スゴウ。この町出身の冒険者だ」

「!」


 この町出身者。

 そう聞いて「なるほど」と合点がいった。

 彼らと知り合いなのも、彼らの態度が複雑そうなのも……。


「確か、オリバーとか呼ばれてたな。一緒にいたニイちゃんたちはどうしたんだ?」

「あー……彼らとは目的が違うので……」

「ふーん?」


 さて、どうしたものだろう?

 とりあえず話をする時は向き合うべきだな、と体の向きを変えようとした時。


「んぐぅっ!」

「は? ど、どうした、大丈夫か?」

「あ、ああ、無理しなさんな坊っちゃん」

「どこか悪いのか? まさか、だから置き去りにされたとか? ひでぇ事しやがるな?」

「あ、いや、違います。えーとそのー、病気とかではなくて……えっと…………成長痛というやつなんです」

「……は?」


 目を逸らした。

 そしてロイドたちへの誤解も解いておかねば、と「そしてロイドさんたちは、山の向こうの『エンジーナの町』の冒険者さんなので……その、成長痛につき合わせるわけには……」と変なごまかし方をした。

 なんだ、成長痛につき合わせるって。

 言ったあと軽く後悔した。


「成長痛? 成長痛? ……え? 成長痛? 成長痛ってあれか? あのー……背が伸び始める頃になるやつ」

「……そ、そうです。ミシミシいうやつです。そして膝や節々が痛くて、たまに熱が出ます」

「うわあ……。え、家に帰った方がいいんじゃねぇか? 坊主……」

「そ、そうしたいのは山々なんですが……『マグゲルの町』に行きたくて……」


 出来れば半年以内に!

 と、心の中でつけ加える。

 正直彼の提案は至極もっともだろう。

 冒険者として今の状況は非常に危険だ。


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