優しい家族

 


「まあ、でも……ふんわりとした情報よね」

「ん? Aランクの魔物が出たって話か?」

「ええ。目撃情報の割に『なんの魔物』とか『どんな魔物だった』とかもう少し具体的な情報があってもよくない?」

「言われてみればそうだな……」

「まあ、私たちみたいな余所者に教える義理がないって、隠されたのかもしれないけど」

「そうですね……」


 ましてオリバーたちは出身地域が違う冒険者。

 冒険者はその日の寝床を確保するために冒険者として戦いの日々を送る者が多いため、あまり外の地域に出張ったりはしない。

 地域に根づき、その町を縄張りとして他の地域から来る流れ者の冒険者を敵視する事がほとんどだ。

 オリバーのように旅をする冒険者も少ないわけではない。

 しかし、そういう者は大体『Bランクシルバー』以上で『通り名』がある者か、移動する冒険者だけで構成された『○○の傭兵団』のような名称を持つ集団だけだ。


「Aランクの魔物の情報がないのは確かに少し心許ないが……ま、あんまり出しゃばるのもマナー違反だからな」

「それもそうね」

「はい……そうですね……」


 目撃情報があったのは湿地帯の方だという。

 オリバーたちが戻る『アルゲの町』とは逆方向。


(……湿地帯を好む、Aランクの魔物……と、なると限られる。水場を好むのはポイズンルオー・ゲロック……カエルの魔物だ。なんでも呑み込み、数秒で溶かすため長いベロに捕まればほぼ助からない。ジャンプ力があり、水に潜られればて出しも出来なくなる。その上瘴気と毒の霧も撒き散らす、かなり凶悪な奴だ。……でも、確かにそれらしい事も言ってなかったし……)


 謎だ。

 しかし、この話はもう終わっている。

 深く考えるのはこのくらいでやめておくべきだろう。

 実際手出しはおろか口出しさえ嫌がられるはずだ。


「オリバー」


 ハッと顔を上げる。

 気づけば『アルゲの町』にすでに到着していた。

 空は闇色に染まりつつあり、今日も宿で一泊させてもらえないかを頼みにいかなければ野宿だ。

 いや、ゴリッドや村長に甘えれば、一晩くらいは泊めてくれるだろうが……。


「ん?」


 しかし村長の家の側にはワイバーンがのほほんと目を閉じて寝ていた。

 ワイバーンが。

 硬直するロイドとサリーザ。

 まあ、話に聞いたのと実際目にするのでは色々違うだろう。


「まさか」

「本当に?」

「冗談だと思ってたんですか?」


 という事はマルティーナとジェイルは『アルゲの町』に来ている。

 大人二人を余裕で乗せられるワイバーンがロープもなしに寝ているのだから、普通に警戒するだろう。

 だが、オリバーはこのワイバーンに会った事がある。


「ダイアナ」


 なので優しく声をかけた。

 すると目を開けて、首を傾げる。

 パチパチと瞬きをしてから、くぁ、と小さく鳴く。


「オリバーだよ。覚えてる?」

「くぁ」

「本当? 良かった。伯母上たちは?」

「くぁぁ」

「分かった。ありがとう」

「くぁららら」


 その頰を撫でると嬉しそうに目を細める。

 ロイドたちは固まったまま。

 ワイバーン……ダイアナは、撫でられたあとロイドたちの方を見る。


「男の人はロイドさん。女の人はサリーザさんだよ」

「くぁ」

「ダイアナです、だそうです」

「え、あっ、そっ……ひ、人の言葉が分かるのか?」

「くぁ!」

「マジか……」

「ワイバーンは賢いですよ?」


 ワイバーンはBランクの魔物。

 しかし、ダイアナはマルティーナに負けてペットにされて以降とても穏やかで優しい性格になっている。

 躾が行き届いているのだ。

 なによりマルティーナにとても懐いており、彼女をまるで母親のように慕っている節すらある。


「しかし、魔物を飼うとかお前の伯母さん……その、変わってるな、かなり」

「そうですね。けれど、ダイアナを紹介された時、俺は伯母上は偉大だな、と思いました。魔物の中には我々と共生していける個体もいるのだと証明したんです。今もこうして、証明し続けている」

「くぁぁ!」


 そうだよ、と言わんばかりに鳴くダイアナ。

 頰をすり寄せて、甘えてくる。

 伯母もダイアナも偏見や差別で相当色々言われてきたはずなのに……。


「うん、俺は伯母上もダイアナもすごいと思う。尊敬しているよ」

「くぁ!」

「…………」


 ロイドが一歩、近づいてくる。

 まだ恐る恐るという様子だが「触れてもいいか?」とダイアナに確認してゆっくり鼻の頭を撫でた。

 ダイアナは鼻を突き出して「もっと撫でろ」と催促する。

 その様子に、ようやくロイドの表情から緊張が消えた。


「わ、私も撫でていいかしら?」

「かぁぁ!」


 どうぞ!

 とばかりに頭を突き出す。

 あまりの人懐こさに、三人でしばらく撫で回してしまった。

 まったくなんという時間泥棒だろうか。


「じゃあな、ダイアナ」

「また明日ね、ダイアナ」

「おやすみなさい、ダイアナ」

「くぁぁ」


 すっかり夜である。

 村長の家の扉をようやくノックすると、すぐに扉が開く。

 開けたのはジェイルだった。


「…………」


 そして室内は凄惨な現場となっている。

 ゴリッドたち、数名のドワーフとマルティーナによる酒盛り。

 町長はすでに潰されて、ゲタゲタと下品な笑い声が響く。

 ジェイルがそっと外へ出てきて、扉を閉めた。


「お逃げください」


 第一声がそれって。

 と、心の声が一致する三人。


「えっと、町長から話は……」

「はい、おおよその事情は聞きました。温泉なるものもこの目で確認させて頂きましたし、その有用性も概ね同意見です」

「では、どうでしょう? 俺としては公帝家の方を味方につけて守るべきだと思うのですが」

「……そうですね、それが一番いいと思います。自分の事しか考えない貴族ならば、高い金を徴収して独占。公帝家に報告すらしないでしょう。この町は貴族の娯楽施設と化し、よい金蔓として搾取され続ける」

「…………」


 やはりジェイルも同じ意見のようだ。

 そして、ジェイルがその意見という事はマルティーナもまた同じ意見と思っていいのだろう。

 どちらにしても警戒心の強いドワーフたちと酒盛りしている時点で、問題はなさそうである。


「では……」

「ええ、ある程度はこちらで処理します。その他の件もゴリッドさんたちからお聞きしました」

「!」

「『ミレオスの町』の事はどうにかなりそうなのか?」

「町長の考え方はオリバー様がだいぶ変えてくださっているようなので、マルティーナ様の方から治政に関する知恵のようなものを今少し授けて帰還予定です。その後、イラード侯爵に進言して信用に足る人物をしばらくこの町の補佐としてつけましょう。この町の町長は貴族ではありませんが、公帝陛下が温泉に興味を示されれば足をお運びになられる事もあるかもしれません。そう考えれば、イラード侯爵も放置はなさいますまい」

「そうか……」


 安堵の息を吐く。

 それならばこの町は、もう大丈夫。


「ええ、あとの事はこちらにお任せ頂いて構いません。団長もオリバー様には『安心して旅を続けて、素敵なお嫁さんを連れておいで』との事です」

「伯母上……」


 ありがたい限りだ。


 ──『夢の中で出会った少女に一目惚れした。彼女を探しに行くために冒険者になる』


 そんな、普通なら頭を心配されそうな事情を微笑ましく応援してくれる家族。


(俺は恵まれている……本当に)


 これも【無敵の幸運】のおかげなのか。

 いや、前世から家族には恵まれていた。

 自分も家族になにかあれば、全力で力になりたい。


「それに、私も」

「ジェイルさん……?」

「一目惚れの抗い難さは理解しております」


 初めて笑顔を浮かべたジェイルの『一目惚れ』相手。

 それは言わずもがなだ。

 五回も決闘を挑んだ相手。

 ああ、まったく──。


「なるほどな。うんうん、惚れた方が負けだもんなぁ」

「そうですねー」

「はい」

「…………」


 サリーザだけが「馬鹿な男ども」を仕方なさそうに眺めていた。



 ***



 翌朝。

 早めに目が覚めたオリバーはダイアナが食事しているところに遭遇した。

 ダイアナの隣には伯母、マルティーナ。

 あれだけ酒瓶を転がしておいて、この時間に起きるあたりさすがである。


「おはようございます、伯母上」

「あら、オリバー。おはよう、早いわね」

「目が覚めてしまって。おはようダイアナ」

「くぁぁ」


 ダイアナは肉食だ。

 絶対に朝狩ってきたであろうボアが、ほぼ骨だけになっている。


「そうだ、伯母上……この町の事……」

「ジェイルに聞いてる? 任せてくれていいわよ」

「ありがとうございます……」


 頭を下げた。

 だが、心から安堵はしていない。

 温泉の有用性が証明されれば、公帝の別荘地かなにかにされるだろう。

 そしてそこの管理にイラード侯爵家が乗り出す。

 つまり、結局のところ貴族の干渉がなされて、この町の穏やかな空気は保てなくなるだろう。

 それはとても、残念に思うのだ。


「本当に大丈夫よ。イラード侯爵は良くも悪くも損得でしか動かない、いかにもな『貴族』。公帝がこの町を気に入れば、無碍に扱ったりはしないわ。それに、一つ提案もしようと思っているしね」

「提案?」

「ええ、この町を守りたいって男の子がいたでしょう? タックっていう。あの子がね、貴族に対抗するにはどうしたらいいって聞いてきたの。町を守りたいから、なんでもするって。それじゃあ『養子に来る?』って聞いたら頷くの。あの子は賢いわね」

「!」

「だから大丈夫よ。五年も経てば元に戻るわ。うちにはもう跡取りがいるから、タック坊やにはこの町を丸投げしてしっかりの利益になってもらわないと」

「…………」


 なぜだか、泣きそうな気持ちになる。

 ああ、本当に……色々と無駄にならずになりそうだ。

 伯母はそこまで、オリバーの想いを汲み取っていたらしい。

 本当に、心の底からすごい人だと思う。


「ありがとうございます……」

「いいっていいって。本当に温泉? ええ、地熱温泉はいいものだったし!」

「あ、もう試したんですね?」

「気持ち良かったわ〜!」


 さすが行動力の塊。


「……まあ、そういうわけだからこの町の事は心配しないで。それより、私もオリバーに一つ話しておきたい事があったからちょうど良かったわ」

「?」

「『ミレオスの町』でAランクの魔物の話は聞いている?」

「え、あ、はい。なんとなく情報がぼんやりしていましたが……」

「ええ……私の方にもかなり微妙な情報しか上がっていないの」

「…………と、いうと?」


 伯母の顔つきが『騎士団長』のそれに変わる。

 空気も一瞬で変わり、ぴん、と張り詰めた感覚。

 腰に手を当て、鋭い目つきでオリバーを見据えた。


「物理攻撃も、魔法も効かない魔物が出た。……らしいわ」

「…………っ」

「でもドラゴンではないのよ。人の形をした影のような魔物。……多分、魔物。でも、襲ってくるわけではなく、ふらふら歩き回っているようなの。まるで迷子みたいに」

「……不気味、ですね」

「そう。でもあまり近づきすぎると襲ってくるらしいわ。見つけても手を出さなければ襲ってこないから、一応暫定的に『Aランクイエロー』にカテゴライズしている。見つけても手を出しちゃダメよ」

「わ、分かりました」


 確かに物理攻撃も魔法も効かないのであれば、暫定的に『Aランク』になるのは仕方ない。

 それにしても不気味な話である。

 物理も、魔法も効かない……それは、まるで──……。


「で、オリバーはこの町を出たあとどうするの?」

「一応カラー上げとランク上げをしようと思っています。受諾出来る依頼の幅も広がりますし」

「そう。その方がいいでしょうね。でもあまり無理はしないようにね?」

「はい。心得ています」


 頭を撫でられる。

 久しぶりの家族からの愛情。


「はやく会えるといいわね、夢の中の初恋の人に」

「はい!」


 この優しい家族に……はやく彼女を会わせたい。


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