伯母



『アルゲの町』から『ミレオスの町』までは徒歩で二時間ほど。

 普通の町から町への距離としてはかなり短め。

 しかし、『飛行』の魔法を使えばもっと速く着く。


「いいなぁ、この魔法。『浮遊』の進化系なんだっけ?」

「はい。『浮遊』は生活魔法なので使いまくればすぐ覚えられると思います」

「簡単に言うけどなぁ、魔力値が低いから覚えるのに時間がかかるんだよ、俺みてぇなのは」

「…………。頑張ってください」

「うう」


 約二十分。

『ミレオスの町』に到着したオリバーたち。

 ロイドは『飛行』が使えないので、サリーザが自分の杖にサラマンダー戦で見せたように乗せて飛んだ。

 町へ着くと、初めてきた時のように賑わっている。

『ウローズ山脈』を越えて最初に立ち寄るのがこの町だ。

 商人や冒険者が行き交い、工事関係者らしき集団もちらほら見えて『エンジーナの町』よりも活気がある。


「なるほどな、言われてみれば確かに工事してらぁ」

「前に来た時は夜だったし、すぐに発ったから気づかなかったわね」

「そうですね」


 町の南側に数十メートルになるだろう、巨大な壁が建設されていた。

 あの膨大な量の石材は、一体どこから持ち出してきたのか。


「ああいう高い壁って魔法とかで作れないのか?」

「生活魔法では無理ですね。攻撃魔法は基本的に建設には向きませんし……防衛系魔法……いや、防衛系の土はだいたい盛り上がったら時間で元に戻ります」

「んん、やっぱりそんな感じだよなぁ」

「土属性の魔法で高い壁を建設するなら──……」


 聖魔法との複合ならば、と口から出そうになる。


(いけない、なんか道中も『探索』と『鑑定』を試したりして、魔法のかけ合わせにハマりつつある。聖属性魔法は今の政権は否定的だし、あまりおいそれと口にしない方がいいよね……特に『イラード地方』は『公帝派』寄りだし)


 ロイドが言いかけた言葉を気にして、「なんだ」と言わんばかりに見下ろしてくるが「いや、やっぱり難しいと思います」とごまかす。


「それより、ギルドはどこにあるんでしょうか?」

「町の中心部だな。大通りから少し西に行ったところだ」

「ギルドに行ったら宿の手配もしておいた方がいいわね。この様子じゃ埋まってそうだけど……」

「んん、そうだなぁ」


 二十分ばかりで『アルゲの町』へ帰れるとはいえ、試験を受けられる事になれば集合も早いだろう。

 泊まるのが一番確実だが、混み合っているのなら、試験は次の町のギルドでも構わない。

 町の大通りを進むと一層賑わった市場が現れる。

 西側に行けば、こちらも冒険者でごった返したようなギルドがあった。


「ぐっ、めちゃくちゃ混んでる……!」

「なにかあったのかしら?」

「うわあ……受付が見えませんね?」

「なあ、今日なんかあったのか?」

「あん? ああ、なんでも『イラードの町』の側にある『サンザの湿地帯』にAランクの魔物の目撃情報が複数寄せられたらしくてな。これから調査に行くんだとさ」

「! Aランクの魔物……」


 Aランクの魔物は、災害だ。

 カラー関係なく、そのほとんどが瘴気を放つ。

 例外は本来ならば知性がない魔物に知性がある場合……オリバーの中ではマスタートロールだ。

 あとはAランクでもグリーンカラーは瘴気を放つものが少ない。

 もちろん、少ないだけでグリーンカラーでも瘴気を放つものもいる。

 要は強さだ。

 決して、Aランクの冒険者であっても単身で戦える魔物ではない。


「アンタたち、Bランク冒険者か? 手が空いてるなら手伝ってくれよ」

「あー、悪い。俺たち今からカラーアップ試験受けるつもりだったんだよ」

「お、マジか。頑張れよ」

「おう、ありがとよ」


 入り口にいた熟練冒険者風のおっさんは、左手をあげて去っていく。

 始終他人事のようだったが彼の腕輪を見て納得した。

 Cブロンズ……オリバーと同じランクカラーだ。

 Aランクの魔物が出たのであれば、偵察であってもBランクの実力が求められる。


「…………」

「気づいたか?」

「は、はい。ロイドさんも、ですか?」

「まあ、これでもギルドマスターの息子として冒険者は山ほど見てきたからな……」

「ですよね」


 つい『探索鑑定』をやっていたオリバーが見た彼のステータスは、Cランクでは収まるものではなかった。

 とはいえ、それを追及する機会も意味もないだろう。


(というか、『探索鑑定』……これはまずい、面白いけど情報量が多い。前世のツブヤキッターみたいだ。やめよう! ハマる!)


 そもそも魔力の無駄使いすぎる。


「それよりどうする? これ」

「うーん……待合所になってるだけで、受付は空いているかもしれねぇし、とりあえず受付まで行ってみようぜ。あー、サリーザ……はぐれねぇように、そのー、手、繋ぐか?」

「え? …………、……あ、ま、まあ、そ、そ、そう、ね?」

「…………」


 おっと、これはオリバーがエア化か?

 いや、別段お好きにやって頂いてまったく構わないのだが。


(いいなぁ、こんなやりとり……俺もいつかエルフィーと……)


 むしろ参考にさせて頂こう。

 と、二人のたどたどしいやりとりをジッと……いやガン見する。

 さりげなく伸ばされる手に、サリーザがおずおずと手を重ねた。

 途端に二人の肩がビクッと跳ねるが指を優しく折り曲げていく。

 その場に流れるなんとも言えない甘い空気。

 ロイドは前を向いて鼻をカリカリ掻きまくっており、サリーザは頰に手を当てて真っ赤になっている。

 二人は幼馴染。

 最近ようやく恋人になったと聞いた。……ロイドから。

 そんな大切な時期だ、自分のような余計なものがついていては……と思ったが、どうやら長い事両片思いで拗らせ始めていたのでなんかこう、クッションがないと間がもたないんだそうだ。

 色々難しいのだろう、幼馴染も。

 そんなつき合いたてのカップルに、周囲の混雑は気を利かせているのかいないのか。

 ドン、と誰かがサリーザを突き飛ばす。


「あぶねぇ!」

「あっ」


 ほわぁん……。

 正面からその胸にサリーザを抱き留めたロイド。

 見つめ合う二人の、お花の舞う空気感。

 ここが男臭いギルドだと忘れそうな……あ、いや、もっと別な場所なら、もっといい雰囲気になれただろうに、と悔やまれる。


「あら、お二人さん熱いわね〜。でも、そういうのは人の少ないところでやった方がいいのではなくて?」

「「す、すみません!」」

「!」


 オリバーとしてはもう少しじっくり観察して勉強したいところだったが、女性の声が二人を引き離す。

 というよりも、その声……聞き覚えがある。

 振り返るとやはり、長い銀髪を三つ編みにした青い騎士服の美女がカッ、とブーツのヒールを鳴らす。

 片手に鞭。薄い化粧だが、口紅だけは赤く鮮やか。

 微笑を浮かべた美女の出現に、あの混雑した場が一瞬で華やぐ。


「マルティーナ伯母上!」

「え? ……。あら? もしかして、オリバー? ヤダ、どうしたのその仮面」

「えーと、諸事情で……。それよりどうして伯母上がここに? いえ、連絡しようと思っていたので、お会い出来た事は僥倖なのですが……」

「ふふふ、遠乗りしてたら辿り着いたのよ!」

「…………。なにに乗ってきたんですか?」

「やだ! 会った事あるじゃない? うちで躾けたワイバーン、ダイアナよ!」


 ギルド内があからさまに騒つく。

 冒険者とは違うその騎士の服。それもマント、従者つき。

 彼女の言うワイバーンは、彼女が学生時代に半殺しにしてペットにした乗り物だ。

 現在は愛馬ならぬ愛ワイバーンとなっているらしいが、そんなものに乗るのは大陸広しといえど彼女ぐらいだろう。

 そもそも、ワイバーンとはBランクオレンジの危険性物。

 そんなものをペット、乗り物として愛玩しているのだからもうこの時点でお察しである。


「あ、お久しぶりです、ジェナイ様。伯母がいつもお世話になっております」

「お久しぶりでございます、オリバー様。いえ、とんでもございません」


 ひとまず、無視。

 伯母の後ろに控えていた黒髪の騎士へと胸に手を当てて頭を下げる。

 彼はジェナイ・クロッシュ。

 マルティーナ・クロッシュの夫だ。なお、婿入り。

 第四騎士団の副団長も務めており、公私ともに伯母を支えるパートナーだ。

 二人の完璧な挨拶に、その場が明らかに空間が出来始める。

 空間が出来たので、そこだけ貴族の社交場のようになった。


「それよりも、オリバー、あなた本当に冒険者になったのね。夢で見た初恋の人、本気で探す気?」

「はい、もちろんです。この世界のどこかに必ずいると信じていますとも」

「ふーん、相変わらずロマンチストね。でも、それならその仮面はいただけないんじゃない?」

「あ、いや、その……どうやら俺の顔には魅了チャーム誘惑テンプテーションの効果が出てきてしまって……。そうです、だからこの仮面……厄呪魔具の申請に来たんです!」

「ああ、それで仮面……っていうか顔に魅了や誘惑って……。……まあ、けど、あなた昔から綺麗な顔だったものね。なんか納得だわ」

「…………」


 複雑である。


「それで? 私に用があったの? 連絡しようとしてたって言ってたけれど」

「はい。……お耳をお借りしても?」

「いいわよ」


 しゃがんだマルティーナへ、オリバーが耳打ちした内容は実にシンプル。

「近くにある『アルゲの町』に寄ってみてください。とても面白いものが見られますよ」だ。

 だが好奇心旺盛で行動力の塊のような伯母には、これだけで十分。

 案の定にんまりと笑みを浮かべる。


「へえ、面白そうね。いいわよ、行ってみるわ」

「はい。俺もここでの用事が終わったら行くつもりなので、そちらでまたお会い出来ればいいんですが……」


 難しいだろうか。

 いや、普通に考えて騎士団長の身分は多忙だろう。

 ちらりとジェナイを見ると、無表情。

「特に問題ない」という意味なのか「また始まった。言っても無駄だな」という意味なのか……判断が難しいところだ。


「行きましょう、ジェナイ。この辺りはもう大丈夫そうだしね」

「はい」

「……!」

「それじゃあ、オリバー。また今度」

「あ、は、はい」


 手を振って優雅にギルドから去っていくマルティーナ。

 その姿に「ああ、そういう事か」と納得する。

 彼女はここ、『イラード地方』の騎士隊を統括する騎士団長だ。

 この付近にAランクの魔物が出たという話を聞きつけて『遠乗り』と言いつつ様子を見にきたのだろう。

 真面目だな、と感心する。


(冒険者の人たちはあんまりそのあたり分かってなさそうだけど)


 伯母が美しいので見惚れる者や、騎士を目の敵にして「遊んでんじゃねぇよ、人の税金で飯食ってるくせに」と顔を歪めて文句を言う者、無言で睨みつける者と、まあ反応は様々だ。

 しかしロイドのような立場の者は『遠乗り』の意味を正しく理解しているのだろう、なんとも言えない表情をしている。

 冒険者と騎士は役割が違う。

 冒険者の方が、比較的危険な仕事をしているといえるだろう。

 しかし騎士は貴族が主体となり、国を守るために人を取り締まって税金で働いている。

 命がけの仕事なのは同じだが、その危険度は冒険者の方が高く、お金などは基本的に入らない。

 その日の飲み食いや、数日寝泊まり出来る場所を得られるだけだ。

 安息の時間は少なく、友人知人が怪我をした、死んだ、などという話も日常茶飯事。

 その上、騎士団の一部にはタックのような奴もいる。

 敵視するのは無理もない。


「なかなか有能そうだな、こっちの騎士団長殿も」

「ロイドさん……」

「いや、別にお前の親戚だからそう思ったとかじゃねーよ?」

「……はい、分かってます」

「Aランクの魔物の噂を聞きつけて見に来たのね。冒険者で対応出来ない時の事を想定して……。ふーん、顔だけじゃなさそうね」

「! サリーザさん」


 サリーザがそう言うと、マルティーナを睨みつけていた一部の冒険者たちは「えっ」と驚いた顔をした。

 見上げればにっこり微笑まれる。

 確かに黙っている必要もない事ではあるが……。


「さ、それより厄呪魔具の登録をしてしまいましょう」

「は、はい」

「そうだな。ついでに試験も受けられるか聞いてみよう」

「失礼、この子、事情があって厄呪魔具を装備していたいんだけど……」

「は、はい」


 ロイドとサリーザがかけ合って、あっという間にオリバーの厄呪魔具装備許可は下りた。

 そして次に試験について。

 ロイドとサリーザは現在Bランクシルバー。

 まずはCランクプラチナまでカラーランク上げを目指す。

 オリバーはCランクブロンズ。

 オリバーもまた、ブロンズからシルバーへのカラーランク上げ試験。

 Cランクのカラーランク上げ試験は、指定の魔物の討伐。

 期限は一週間という事なので、申請だけして今日はこのまま『アルゲの町』へ帰る事にした。


「それにしてもオリバーの伯母様に偶然会えて良かったわね」

「はい。……」

「浮かない顔だな?」

「Aランクの魔物の事が少し気がかりで……。俺もAランクの魔物は見た事があります。マスタートロールで、あまり好戦的な種ではありませんでしたが……あれと対峙した時の感覚は今でも忘れられません」

「マスタートロール……マジか」


 あれは、死そのものを感じた。

 敗北する死ではない。

 そんな次元を超えている……『死』だった。

 今のオリバーはそこまでではないかもしれないが、出来ればもう関わりたくはないと思う。

 とはいえ冒険者としてランクが上がれば、いずれお目にかかる事もあるだろう。

 その時、『戦える』と思うのか、はたまた『負けて死ぬ』と思うのか……。


(もっと強くなろう……)


 そう、強くなるしかない。

 それしか生き延びる術はないのだ。

 だが、それでも……だ。

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