宿屋の家庭事情
(まあ、膝の痛みは夜にくるから……ひどいのは熱が出た時だな……前世はこんな事なかったのに……)
というよりも、そろそろ前世の年齢を超える。
ふとそれに気がついた時、なんとなく切なくなった。
前世の世界で、妹や両親は元気にしているだろうか。
妹は立ち直り、幸せになってくれているだろうか、と。
「うーん、しかし成長痛だとしても節々が痛んだり熱が出たりは聞いた事がないな」
「え? そうなんですか?」
「それに成長痛は六歳から八歳くらいが多いと聞く。お前さんは第二成長期ってやつか? まあ、だとしてもそりゃあひどすぎるぞ。なにか他に原因があるんじゃないか? 一度医者に診てもらった方がいい」
「え、えぇ……」
なんだそれ、こわい。
率直に怖い事を言われた。
しかし、すぐにスゴウはオリバーの仮面を見て「ああ」と一人納得する。
「?」
「そういやぁ、初めて会った時にその仮面……厄呪魔具の登録に来ていたな?」
「はい。……え? まさか……」
「そのまさかだ。厄呪魔具は扱い慣れていないと使用者に災いをもたらす。坊主は顔が良すぎて
「は、はい……」
「ふむ……だが、少し外す時間を増やして様子を見た方がいい。今は厄呪魔具の力の方が強いのかもしれん。『厄石』の力ばっかりはドワーフの技術でもどうにも出来ないからな……」
「そう、なんですね……」
しかし、言われてみればその通りかもしれない。
着けている時間が長い日は翌日熱が出る。
仮面を外す夜には治るので、成長痛かと思ったが……。
「ちょっと外してみます」
「おう」
「あ、魔力耐性が低いのでしたら俺の顔を見ない方がいいと思います」
「そんなにか? 逆に気になるな」
「あー、スゴウのおっさんはやめといた方がいいねぇ。坊っちゃんの魅了はなかなか強力だから」
「……それでも『厄石』の力の方が強いのか?」
「やぁねぇ、スゴウさんったら。それを今から確認するんじゃあないのぉ〜、んもぉ」
「そうだったな」
心配なので背を向けて仮面を外す。
そして、テーブルの上に置いてみる。
体を伸ばしたり、肘を撫でてみたり……。
(少し、体が軽い気がする。……意識的なものかな?)
とはいえ、仮面をなしに生活するのは……今からだといささか不安が大きい。
自分の顔に魅了や誘惑の魔力があると知ってからは、本気でこの顔が悩ましいのだ。
思えば、故郷『トーズの町』を出る時のあの熱烈な見送り……あれは一般女性ばかりで、魔力耐性がそこそこ高い冒険者ギルドの人たちは平気そうだった。
つまりオリバーは無意識にこの顔で、町の少女たちを『魅了』してしまっていた、という事。
実に申し訳ない。
「どうだ?」
「少し体が軽い気がします。あ……」
振り返って、笑いかけてしまった。
硬直したスゴウと、同じく「あ」と声を漏らすタルスとメロット。
慌てて仮面を着けた。
「お、おお……これは確かにかなりやばい魔力だな……もう一種のスキルじゃねーか」
「嬉しくないです……」
「しかし、そうだな……厄呪魔具が原因の異常だとしたら、魔具を使わないのが一番手っ取り早いが……坊主はそれが出来る感じではない、な?」
「…………」
俯くしかない。
今はまだ成長途中。
成長すれば、魅了や誘惑の効果はより強くなるだろうとゴリッドには診断されている。
加護が強すぎるのも本当に困ったものだ。
「なにかいい考えがあるのかい? スゴウのおっさん」
「ステータス封じか、スキル封じはどうだ?」
「ステータス封じ?」
聞いた事のない単語にタルスたちが首を傾げる。
しかしオリバーは顔を上げた。
「そうか、その手がありましたね」
「へえ、知ってるのか。若いのに関心じゃねぇか」
「オリバーくん、そのステータス封じって? あんまりいい感じの意味には聞こえないけど……」
「あ、まあ、実際いい意味ではありませんよ。その名の通り、ステータスのどれかの項目を『0』にするんです」
「「ゼロ!?」」
「ただし、ゼロにした分の数値分、他の項目の数値に上乗せ出来る。たとえば物理防御力が10あって、その数値をゼロにする代わり物理攻撃力10に上乗せすれば20になる。こんな具合だな」
そう、かなり諸刃の刃である。
(でも、俺の場合【無敵の幸運】で総合運が100あるからな……それを他の項目に……魔法の項目にあてると161になる。でも総合運が0になるからクリティカル発生率は0……。それどころか、攻撃が当たらなくなるな)
むしろスゴウの言うように魔法防御力数値を魔法の数値に上乗せして、クリティカルを狙えばAランクの魔物でも倒せそうだ。
もっとも、オリバーの場合サポート系の魔法が得意なので攻撃力のある魔法はゴーレムぐらいしか使えないのだが。
「な、なんか呪いみたいたな」
「呪いだよ。生活に困るレベルのステータスやスキルをプラスに変えるためのものだけどな。つーか、そもそも厄呪魔具も呪いのアイテムだぜ? それの効果を他のところへやるってだけの話さ」
「ひえぇ」
「じゃあスキル封じもそんな感じなのかしら?」
「いえ、スキル封じは文字通りスキルを使えなくするものです。個人によってスキルがマイナス効果を発生させる場合があるので、それを封印する事で生活に支障を出さないようにするんですよ」
「坊主の場合はこっちかね?」
「うーん、でも俺の場合、所有スキルに魅了も誘惑も記載されていないんです」
「マジか。それじゃあなにか……称号の付随スキルって事か?」
「…………はい」
「なるほど、そりゃあ困ったな……」
称号は基本的にその個人のプラス要素に他ならない。
冒険者の中でも称号持ちはそれだけで優遇され、なんなら依頼指名の時に有利に働く。
称号とはその個人の努力や天賦の才の現れだからだ。
その称号に付随するスキルを『称号付随スキル』と呼ぶが、それが生活面においてマイナスになる事は相当に稀だろう。
「その歳で称号持ちって事は生まれつきの称号……聖霊の加護ってやつか?」
「……生まれつきの称号は『聖霊の加護』と呼ぶんですか?」
それは初めて聞く。
すると、『ヤオルンド地方』は生まれつきの称号持ちを『聖霊の加護持ち』と呼び、それはもう大切にするのだそうだ。
「知り合いが『ヤオルンド地方』出身でな、そう呼ぶんだそうだ。だが魅了や誘惑は確かに普通に生活していく上では厄介だな」
「はい、困っています……」
これを外して町中を歩けば、『トーズの町』を出る時のような惨状が繰り返されるのだと思うと……。
背筋がゾゾゾゾと震える。
「そのステータス封じやスキル封じも使えないって事かい?」
「ああ、まあ、ステータス封じはギルドで小さい厄呪魔具を買い取り出来るから、誰でも簡単に出来るんだが……」
「やる人は装備で補えばいいですからね。冒険者の中には、そうまでしてステータスを底上げする人もいるんですよ」
「へ、へぇ〜……おいらたちにゃあ分からないねぇ」
「人族は弱い。仕方ねぇのさ」
顔を見合わせるタルスとメロット。
獣人族には、人族の弱さは分からないのだろう。
彼らのような種族はステータスの数値がそもそも生まれつき高い。
上限もその分高く、人族はそれらを装備や努力で補う。
それでも獣人族が同じように武具を装備すればあっさりその数値を上回られる。
人族は脆く、弱い。
だが数はどの種族よりも多い。
数という力で大陸の覇権を握っている。
だが、彼らのような獣人族、ドワーフ族、エルフ族などが束になればどうだろう?
少なくともどの種族も他種族と協力するほど協調性が高くないのでその考えはあり得ないのだが、万が一そうなった場合人間など瞬く間に隷属されるだろう。
人族が他種族より勝るものなど数だけなのだから。
「…………という事は俺が強くなればいいのでは?」
「お? 突然どうした?」
「体の成長を待つのではなく、俺がもっとステータスの基礎総合数値を上げれば仮面の呪いに負けなくなるのでは!」
「まあ……それはあるだろうが……」
「スゴウさん、よい修行場所など知りませんか!? 一人で総合数値をあげられる場所……どこか!」
「……そうだな……『ファントム・ジャック』はどうだ? この町の西にある『スゲラスの森』にいるが、空飛ぶナイフのような魔物だ。Cランクレッド……油断すればこうなる」
とん、と右の顳顬から走る傷を指差す。
なるほど、それはファントム・ジャックにつけられた傷だったのか。
そのくっきりとした傷痕にゴクリと喉が鳴る。
「基本的に森は入り組んでいるし、木々が邪魔で剣を振るうのには向かねぇ。弓矢なんかが理想だが、ファントム・ジャックに一度接近されりゃあ弓矢なんかじゃどうにもならん」
「ふむふむ」
「一番いいのは小回りの利く短剣だな。ファントム・ジャックも短剣の形をした魔物だ。集団で襲ってくるとよほどの腕でなけりゃ捌ききれん」
「ふむふむ……」
かなり強敵そうだ。
ランクはCなので、一体程度の強さはさほどでもないのだろう。
しかしカラーはレッド。
大変に凶暴で攻撃的。
なおかつ、一度獲物と定めれば執拗に追ってくる危険度を表す色。
まして森の中は身動きが取りづらい。
「だが、ファントム・ジャックは倒すと鉄の塊になる」
「鉄……」
「俺が愛用している剣は、連中を溶かして作った。質がいいから素材としての価値が高いのさ。特に今の時期は『ミレオスの町』ででけぇ壁を作ってんだろう? いい値がつくぜぇ?」
「ふむ……」
武器か。
それはいいかもしれない。
(正直、お祖父様から頂いた武器が山のように収納空間にあるのだけれど……装飾品が多くて趣味じゃない。いや、数値がやばいのが多すぎて、今の俺では手に余るというか、武器に使われるというか……)
とにかくヤバいものが大量にある。
そう、手持ちの武具は事足りてはいるのだ。
しかし祖父の武器プレゼントは年々酷くなっているので、あまり持ち出したくはない。
主に、デザインと数値が……ド派手すぎて。
「行ってみます。ありがとうございます」
「ああ、でも無理するなよ」
「……そういえば、スゴウさんはこの町になんの用だったんですか? 里帰り、なら……別に宿屋に来なくても……」
「……ん、あ、ああ……」
途端に歯切れが悪くなる。
これまで会話した中でもっとも彼の感情が表に出た瞬間だ。
そこへぎし、と足音。
この場にいなかった、この宿の中にいた人物は一人だけ。
この宿の主人、ジョル氏だ。
「おはようございます、ジョルさん」
「おはようございます、坊っちゃま。朝食は終わりましたか?」
「はい、本日も美味しく頂きました。おかわりが欲しいくらいなのですが、今日これから『スゲラスの森』に行ってみようと思って……。よければお弁当を頼んでもいいでしょうか?」
「もちろんですとも。タルス」
「はい! 坊っちゃん! すぐお作りしますね!」
厨房に戻っていくタルス。
ジョル氏はよいせ、とカウンター横の椅子に座り本を取り出す。
彼は朝、ああして古い本を何度も読み返す。
印刷技術は聖霊魔具で整っているため、新聞などもあるのだが、この町には新聞が一ヶ月に一度しか売られに来ないのだ。
その上、最近は例のお隣さんとのいざこざもあり町には新聞を買う余裕もなかった。
ジョル氏は活字を好む人物らしく、新聞が手に入らない日々をこのように古い本で補っているらしい。
「それで? お前はなんで帰ってきたんじゃ?」
「?」
お前、と名指しされたのはこの場でジョル氏が名前を呼ばないただ一人。
居心地悪そうにする大柄な男は、俯いて目を背けていた。
「…………。もしかして、こちらがご実家……?」
「ま、まあな……」
「二十もすぎてから突然冒険者になると言い出して、出て行った割にあっさり帰ってきおったな」
「っ! この顔じゃあ接客なんざ出来ねえだろうが!」
残念ながらその発言へオリバーも即否定はしづらい。
しかし、ジョル氏は深々と溜息を吐いた。
それはもう、仕方なさそうに。
「大方、『ヤオルンド地方』から来たというあの娘に、上手い具合に護衛としてただ働きさせられたんじゃろう」
「ぐっ!」
「だから冒険者などやめておけと言ったんじゃ。お前には冒険者がどんなものなのか分かっとらん」
「な、なにを偉そうな! アンタには分かってるてのか!」
「少なくとも長い間ここに泊まる冒険者を見てきとる。オリバー坊っちゃまの方が、よほどしっかり冒険者をやっていく上での覚悟を持っておるわ」
「!」
そうか?
と、一瞬聞き返しそうになったが、一応幼い頃から冒険者を目指していた身である。
(母さんとも約束したし、な)
目を閉じれば昨日の事のように思い出せた。
母に「行きなさい」と言われた瞬間を。
夢を追うために、彼女に会うために、生きるために、戦うために、強くなるために、一人前になるために、一端の男になるために──……。
一言にどれほどの意味が込められていたか。
「…………っ」
立ち上がってまで否定した言葉があっさり突き返さらて、スゴウは口ごもる。
事情はよく分からないが、スゴウはジョル氏の息子さんなのだろう。
そして、この宿の跡取り。
突然冒険者になり、出て行ったがうだつが上がらなくて帰ってきた、というところだろうか?
(でもなんでだろうな? 彼、相当強いと思うんだけど)
それこそ歴戦の猛者の空気を纏っている。
それに、ファントム・ジャックの事をかなり詳しく知っていた。
間違いなく戦った事がある口ぶり。
その上、傷跡もある。
「お待たせしました! 行ってらっしゃいませ、坊っちゃん! 気をつけてくださいね。ファントム・ジャックは本当に危険な魔物ですから」
「はい、気をつけます」
「行ってらっしゃい! 夕飯はコッコのシチューにする予定だから、早く帰ってきてねぇ」
「わあ、楽しみにしています」
気にはなるが、家族の問題だ。
よく事情を知りもしないオリバーが口を挟むのは、筋違いだろう。
(とりあえず俺は自分の事を最優先にしないと。いたたた……)
町から出てすぐに仮面を外す。
さあ、狩りだ。
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