『エンジーナの町』【前編】


「!」


 馬車が止まる。

 着いたのかな、と御者台の方を見ると、奇妙な事に先程まで商人の背中が見えていた御者台は布に覆われて見えなくなっていた。

 それどころか、不穏な気配。


(なんだろう? 人の気配はするのに……すごく静かだな?)


 立ち上がる。

 布をめくろうとしたが、外から笑い声が漏れたのに手を止めた。


「どうもどうも、ゴーンズ様」

「ルツじゃねぇか。どうした? 今日は。真っ先にウチに入ってくるとぁ」


 商人の声と、別な男の声。

 しゃがんで聞き耳を立てる。

 取引場所に先に来たのだろうか?

 だとしたら、一言言ってくれればいいのにと思う。


「とんでもねぇ上玉が手に入りました。まだ十五のガキです」


 え、と目を見開く。

 さらに続けて商人、ルツは低く話す。


「そろそろ眠り薬が効いてくる頃でしょう。腕は立ちますが、眠ってりゃ関係ねぇ。その間にふん縛って檻に閉じ込めれば……」

「ガキって……女か?」

「いえ、男です。けどこりゃ、見てもらえば分かります! とんでもねぇ美少年です! 奥様方のペットにぴったりですぜ!」

「男か……お貴族の奥様方は大して金を出さねェんだよなぁ」

「いえ! 本当に見てもらえれば分かりますよ! この別嬪っぷり……男のお貴族様にもお気に召して頂けると思います! 次のオークションで目玉になりますよ!」


 ……すでに商人の声量は抑えられておらず、むしろ大声の部類。

 興奮気味に話す声色は嬉々としていてゾッとした。


(……あ……さっきの『キュア』の感覚……)


 珍しい反応だ、と思った。

 眠り薬……商人の言葉を思い出す。

 指先が恐ろしいほど冷える。


(……そんな……気をつけないとって……言ってくれたのに……)


 そんな忠告をしてくれた商人の方のこそが、オリバーを売り払おうと水に眠り薬を仕込んでいた。

 怖い。

 初めて大人が恐ろしいと思った。


(……でも……これが、常に危険と隣り合わせの冒険者……って事なのか……)


 町の冒険者たちに毎日会っていたのだ、オリバーはそれはもう、様々な話を聞いて育ってきた。

 凶悪な魔物との戦い、危険な場所を旅して素材を集め、仲間と共に祝杯をあげる。

 しかし、皆一貫して一つの事をオリバーに告げた。


『一番ヤバいのは人間だ。知恵が回るし、裏切るからな』

『仲間だと思ってた奴に裏切られて窮地に立たされたって冒険者はあとをたたねぇ。いいか、冒険に出たら人間は全員敵だと思え』

『冒険者を裏切らねぇのはギルドだけだ。オリ坊、冒険者なかまだって簡単に裏切る。忘れるなよ』


 剣の柄に手をかける。

 まさかこんなに早く実体験する事になるとは思わなかった。


(町の外って本当に危険がいっぱいなんだな)


 そう思いながら『索敵』を使う。

 馬車の横に商人。

 商人と話をする男。

 男のつき人が三人。

 その後ろに、五人ほど人の影。

 全員が『害意』を持っている……つまり敵だ。


「…………大地に根を下ろすもの、その真の力を我に貸し与えたまえ……」


 詠唱を終わらせて、剣を引き抜く。

 商人の熱意に負けた取引相手が、眠っているであろう『商品』を品定めすべく荷台に回り込み、布を開ける。

 その瞬間──!


「ウッド・ゴーレム!」

「!?」

「なんだぁ!?」

「ぎゃああぁっ!」


 特定の人間がいる位置に、ウッドゴーレムを配置して拘束した。

 商人も、取引相手も、その仲間たちも。

 五体のウッドゴーレムが、二本の腕で男十人を呑み込む。


「ぐっええ」


 頭だけが出ている状況に、商人と男たちは目を白黒させていた。

 なにが起きたのか、まったく理解出来ていない。

 それはそうだろう。

 初めて冒険に出た、十五歳のビギナー冒険者は舐めきってかかってもたやすい相手。

 そんなビギナー冒険者に、返り討ちに遭ったのだ。


「ばかなぁ! ウッドゴーレム、だとぉ!? Cランクシルバー以上の、魔法特化の冒険者がやっと使えるようになる魔法だぞ!?」

「説明ご苦労様です。よくご存じですね。仕事で便利なので覚えておいて損はありませんよ」

「し、仕事!? ぼ、坊ちゃんは今回が初めての『仕事』なのでは──」

「ああ、すみません。冒険者としての仕事は確かに今回が初めてなんですが、俺は元々冒険者ギルドで働いていたんです。あの町のギルドマスターは僕の父でして……」

「!?」


 どうやら知らなかったらしい。

 過保護な父の紹介ではなく、自分でこの商人の依頼に決めたのだ。

 文句は言えない。


「まさか奴隷商人だったとは……」

「ぐっ、くっ……!」


 奴隷商人は王家に認められたグレゴール男爵以外、認められていなかった。

 それ以外の奴隷商人はすべてが『違法』となる。

 あとを絶たない人身売買に対する苦肉の策。

 しかし、おかげで実に『違法』な方が分かりやすくなったのも事実。


「ち、違う! わしは普通の商人です! た、たまたま……たまたま坊ちゃんが……ええ、それはもうお美しいので魔がさしたと言いますか!」

「その言い訳が通用するなんて……思っていませんよね? おじさん」

「………………」


 商人と男たちの口許がヒクヒクと引きつる。

 オリバーは知らない。

 その美しすぎる容姿故に、その存在感、威圧感は今や『スキル』の一つと言っても過言ではないほどのものになっている事を──。

 いずれ、あと一年か二年もすれば確実に『スキル』として昇華され、ステータスに表示されるようになる事だろう。


「さて、奴隷商人は捕まえたら……どうするんだったかな……?」


 奴隷は違法だ。

 そして人間の罪は公帝国騎士団が管轄。

 この町にも、騎士団の駐屯地はあるはずだ。

 ウッドゴーレムを地面から切り離し、歩けるように調整する。

 戦々恐々とした犯罪者たちの顔を、じとりと睨む。

 同情する気は起きない。

 奴隷など、忌むべき文化だ。

 父も祖父もそういう考えだったが、オリバーは前世が日本人。

 馴染みがない以前に、それがどんなに酷い事なのかは『ワイルド・ピンキー』で読んで知っている。

 ハーレムの一人に元奴隷の少女がいたからだ。

 彼女がどれほど酷い扱いを受けていたのか……その描写で心がとても痛くなった。

 あんなのは許してはいけない。


「ぼ、坊ちゃん! ととと、取引しましょう!」

「その口を閉じてください。余計な小細工をしようというなら、口に根を生やしますよ」

「ヒッ!」


 もちろんそんな事はしない。

 彼らをウッドゴーレムに植え込んだ状態のまま、町の中を歩き出す。

 驚いた町人は多かったが、騎士団の駐屯地を聞けばすぐに察して親切に教えてくれる。

 町の南、塔のような場所に……公帝国騎士団の駐屯地はあった。

 門番も目を剥いて驚いたが、事情を話せばすぐ中へと通してくれる。


(ルークトーズの名前は言わなくて大丈夫かな)


 貴族以外は名字など持たない世界だ。

 冒険者の中にはAランクに達して『男爵』の爵位と名字を与えられる者もいるけれど……。

 男たちは集められた騎士にその場で引き渡され、連れて行かれる。

 呆気なく終わったが、不安は拭えない。


「こいつらがその盗賊と奴隷商人か?」

「はい。……えっと、貴方は……」


 縄で男たちが縛られるのを眺めていると、五人の騎士を引き連れた少年が現れる。

 オリバーよりは二、三歳上だろうか?

 他の騎士よりも年下なのに、その鎧はきらびやかでいかにも……という風態だ。


「俺はタック。この町の騎士団責任者の息子だ」

「初めまして、俺はオリバー」


 握手を求めると、タックと名乗った少年はニタリと笑いながら応じる。

 短い茶髪に、紫の瞳。


(……息子、か。ギルドマスターの息子の、俺みたいな感じなのかな。でも騎士団は冒険者ギルドよりも、規律に厳しいはずなんだけど……)


 笑顔の裏で考える。

 このタックという少年が、楽しげな意味。


(……ああ、なるほど……彼は『公帝派』かな)


 祖父の治めるこの地方に、『公帝派』がいるのは珍しくもある。

 だが、つまりそれは……。


(騎士団と奴隷商人が繋がってる……?)


 あまり考えたくはない結論だ。

 だが、『王国派』、もしくは『帝国派』ならば奴隷商人との繋がりは薄いはず。

 理由は現政権……『公帝』が上位貴族上がりだからだ。

『王国』と『帝国』の末期、腐敗しきった上位貴族が『王国』と『帝国』を衰退させ、吸収して出来上がったのがこの国……『エドルズ公帝国』。

 だが、『王国』貴族と『帝国』貴族の一部は取り込まれてなお、二つの亡国に高い忠誠心を持ち続けている。

 それ故に『エドルズ公帝国』は奴隷制度を大っぴらに承認出来ず、国公認の奴隷商人にのみ、その商売を許す形で落ち着いた。


(……話に聞いていただけで、実感がなかったけれど……まさか本当に騎士団まで……)


 地方は『王国派』もしくは『帝国派』への忠誠心が強い貴族が『領主』という形で追いやられている。

 オリバーの祖父などが良い例だろう。

 しかしこのように奴隷制度容認派の『公帝派』は地方の方が、違法奴隷商人との繋がりが深い。

 地方から人を狩り、見目が良かったり、珍しい異種の奴隷をこっそりとグレゴール男爵に売りつける。

 騎士団はそれを黙認している事が多いと聞く。

 この目で見るまで疑わしかったが、奴隷商人は冒険者ギルドではなく騎士団へ、という法は……やはり間違っているのだろう。

 人間の犯罪は騎士団が。

 魔物関係は冒険者ギルドが。

 そのようにしっかり管轄を分ける事で、多種多様なトラブルを速やかに解決する。

 その制度自体が悪いとは言わない。

 ある程度の棲み分けは必要だと、ギルドで働いていた経験から重要性は理解出来る。

 だが、これは違うだろう。


(まあ、まだ確定ではない……け、ど……)


 ちらりと盗賊たちを見る。

 お縄になっているというのに、薄ら笑いを浮かべて牢へと連れて行かれた。


「………………」


 分かりやすすぎる。

 アウトだ。


「一応、事情を聞かせてもらえるかな? 調書を取るだけだ、時間はかからないよ」

「はあ、では……」


 案内された部屋はとても狭い。

 テーブルと椅子が対面するように二つ。

 その片方に座らせられて、もう一つの椅子にタックが座る。

 石板とチョークを取り出した騎士以外、部屋には入ってこない。


「では簡単な調書を取るね。まずどうしてこんな事になったのかを説明してくれる?」

「はい」


 警戒はしておくべきだ。

 しかし、仮にもこの国の騎士団。

 貴族である事は伏せつつ、あの商人の護衛として雇われ、ここまで来た事。

 町に入るなりあの盗賊たちと合流したので、まとめて捕まえた事を説明した。

 タックは始終にやにやと聞いており、石板とチョークを持つ騎士の手は一度とて動きもしない。


(うーん……これは、ダメだな……話にならない)


 この町の騎士団は奴隷制度容認派と見て間違いないだろう。

 町に駐在する騎士団の全てがそうだとは思っていない。

 ここ『クロッシュ地方』は『王国派』の祖父が治めているのだ。

 しかしそれでも目が行き届くわけではないし、確執があるからこそクロッシュ侯爵一族は帝都から離れた地方へと飛ばされたのだ。

 貴族の確執で割りを食うのが平民たち。

 それを極力減らそうと、祖父や父は日々努力しているのを……知っている。

 だというのに、『人』を守る騎士団がこれでは頭も痛くなるというもの。


(でも、俺にはなにも出来ない……)


 オリバーの目標は『彼女』を悲しみの未来から救い出し、妻としてルークトーズ家に迎える事。

 祖父や父の跡を継ぐにしても、まずは彼女だ。

 強くなりたいのは、『強さ』が自分の身を守ったり、彼女を救う手段だから。

 それに、この手の困った事情はハーレムラノベの主人公がなんとかするはずだ。

 主人公シュウヤは公女エリザベスに出会い、彼女に気に入られて色々国の問題や腐敗を解決していくストーリーがある。


(エルフィーの事以外は、彼に任せていいよね……)


 彼女を救えれば、それ以外シュウヤと関わるつもりはない。

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