初仕事
「! 止まってください!」
「え!?」
馬の嘶き。
カーブして停止する荷馬車の御者台から飛び下りる。
剣を引き抜き、前方を見据えた。
常用可能魔法『索敵』――周辺の『敵意』や『殺気』を持つモノを感知する魔法である。
それで感知した、三メートルの闘牛……もといモーブという名の魔物。
そう、魔物だ。
魔物といっても、この世界は別に魔王が侵略に来ている、というわけではない。
しょせんはハーレムラノベの世界なので、『俺TUEE』な主人公の適当な『適役』として世界に存在する。
災厄の
眼前のモーブも野生の牛。
肉も皮も角も、資源として売買が出来る。
だが、当然人間が丸腰で太刀打ち出来る生き物ではない。
(魔法や武器スキルがある世界でなければ、俺みたいな子どもじゃあ戦えないだろうな。さあ、実戦だ。やるぞ)
ズザァ……、と現れたモーブ。
前足で砂を掻き、鼻息荒くこちらを睨みつける。
全面に巻いた大きな角を持つところを見るに、雄だ。
雌ならばCランクグリーン。
だがCランクオレンジ。
ランクは同じだが、危険度は桁違い。
剣先に魔力を集め、胸元に垂直に構える。
モーブの攻撃は『突進』と、雄ならば『角突き』と『角突き上げ』がある。
どれも食らえばよくて即死。
楽に死ぬ事が出来ねば、後遺症で一生他人の世話になる人生が待っている。
そんな事になれば、厄介者のただ飯ぐらいとして生涯白い目で見られながら、ただ生きるだけの……死んだ方がましと思える人生が待っている。
もちろん、冒険者として数多の魔物と戦っていくのであれば、その危険はつきまとい続ける。
その覚悟があるか。
(俺はエルフィーに会いに行く)
オリバーが剣を抜いたのは、彼女に会うため。
ここで死ぬつもりはない。
魔物とはいえ命を奪う事になっても──。
「ぶもおおおおぉ!!」
剣先に溜めていた魔力に属性を付与する。
ブーモの『突進』は、まともに食らうと数メートルは飛ばされてしまう。
真正面から攻撃されたら避けるのが定石。
だが、軌道上には護衛すべき馬車が馬を落ち着かせようとあたふたしている。
無理に急かすのは危険だ。
荷馬車の馬は馬力はあるが、あまり勇敢さのある醜類ではない。
(出来るかな? ステータス上は問題なさそうだけど……。いや、神様から与えられた加護を信じよう)
オリバーが神に与えられた加護は【世界一の美少年+++】と【無敵の幸運】。
どちらもステータスに【称号】として載っていた。
……若干、【世界一の美少年+++】の『+++』の部分が気にはなっているのだが、まあそれも神様の与えてくれた加護の通りだろう。
もう一つ、死なないため、そして彼女を守るために与えられた加護【無敵の幸運】。
その加護がある限り――。
「ぶもおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
「あ! 危ない!」
商人が叫ぶ。
だが、オリバーは動かない。
モーブが一メートル、と迫った時、なかなかに衝撃的な事が起こる。
――べちゃ。
「ぶうもおおおぉ!?」
……ちょっと可哀想だな。
と、同情してしまうような出来事。
突進中のモーブの両目を覆うように、サバンナホークのフンが落ちてきた。
突如視界を奪われたモーブは混乱して前足を持ちあげて叫ぶ。
「三斬華!!」
そのむき出しになった腹に、オリバーはすかさず剣の技スキルを叩き込んだ。
斬撃の剣の技スキル『三斬華』。
三本の斬撃を一瞬で叩き込む中難易度の技である。
三メートルの巨体は腹を裂かれて断末魔をあげながら倒れ込む。
命を奪った。
だが、罪悪感のようなものは──あまり感じなかった。
やらなければこちらが殺されていたのだ。
剣を鞘に収め、代わりにナイフを取り出す。
「スキル『解体』」
ザク、と刃を差し込む。
あとは習得したスキルが体を操るようにすいすいとモーブの体を解体していく。
残念ながら桶のようなものを持っていないので血は捨てていくしかない。
モーブの血も錬金術で薬の材料になるのだが……。
(今度、空の瓶も買っておこう)
馬車に戻り、商人にひと言戦闘終了を告げてカバンを取ってくる。
時間魔法の一種、『収納魔法』を使う。
本来ならカバンに入れるフリをして使わなくともよい魔法だが、カバンなどの入れ物があった方が『収納魔法を使える』という事を無闇にバラさなくて済む。
魔法の適性がない者には羨ましがられ、荷物持ちとして余計な時間を食う事にならないためにそうしている。
『アイテムボックス』という収納魔法のかけられたカバンが一般的ではあるので、オリバーの『収納魔法』はややレア、といったところだろう。
(まあ、『ワイルド・ピンキー』の主人公はそんな事気にせず入れ放題だったけど……)
いわゆる『俺TUEEE』+『ハーレム』だった、『ワイルド・ピンキー』というラノベ。
主人公には様々なチート能力が備わっていた。
思い返すと羨ましいものばかり。
あれをなんの苦労もなく、勇者として集団で召喚されるはずだったけど、一人だけ違う世界に転生したから使える、という設定にモヤァ……と、したものを感じる。
しかも主人公は「魔王がいない世界なら、このチート能力で好きに生きる」と決めて、可愛い女の子だけを助けて侍らせていく。
前世の地味で、ごく普通の男子中学生だった頃は可愛い女の子に囲まれ、ちやほやされる主人公、シュウヤに憧れと羨望を抱いたものだが今は「クズだな」という感想しか浮かんでこない。
なぜならシュウヤは可愛い女の子しか助けない。
ご都合主義のラノベの世界に文句を言うべきではないのだが、ご都合主義のラノベの世界ならば、どうしてエルフィーのように悲しみに暮れて終わったり、死んでしまうヒロインが登場したのだ?
どうして、みんな幸せにしてくれなかった?
(とはいえ、俺も神様の加護をもらっている。今の戦い方も【無敵の幸運】に頼りきったものだった。こんな戦いに慣れてしまったらいざという時に戦えなくなる。……俺はちゃんと強くなりたい。父さんみたいに、自分の力で生き抜けるように……)
ステータスを開く。
称号の一覧。
【転生者】
【世界一の美少年+++】
【無敵の幸運】
【ギルドマスターの器】
【努力家】
【家事好き】
【料理上手】
「……………」
転生後に手に入れたのは、【ギルドマスターの器】、【努力家】、【家事好き】。
様々な職種を経験し、冒険者たちに指南を乞い、十五年生きて手に入れたのはこれだけだ。
ひと言にまとめると──微妙。
(いや、【ギルドマスターの器】は父さんの息子っぽくて嬉しいし、【努力家】や【料理上手】って言われるのだって嬉しいけど……【家事好き】……? ん、んん……もっと、頑張らなきゃダメだな……)
初戦闘でモーブを倒し、その遺体を解体途中、収納魔法で収納する。
実際にそれが出来る初任務の冒険者が果たして何人いるか──。
その辺りの事は頭からすっぽり抜け落ちているのがオリバーだった。
「いや、すごいですな……とても初実戦とは思えませんよ」
「父や先輩の冒険者たちの指南のおかげです。行きましょう」
「は、はい」
そんなにかしこまらなくてもいいのにな。
と、口にしそうになったが、商人のおっさんの頬が乙女のように赤くなっていたのを見て目を背けた。
再び襲い来る嫌な予感。
その日は『ボグルー村』で一泊し、翌朝『エンジーナの町』へと出発する。
ここまでは順調。
途中小さな魔物に襲われ、撃退しつつ素材を回収。
そして、三時間ほど走ったあたりでついに声をかけられた。
「あれが『ウローズ山脈』ですよ」
「へえ……」
「あ、そうだ。昨日泊まった『ボグルー村』は小さな村でしたけど……『エンジーナの町』は比較的大きな町です。坊ちゃんは顔をお隠しになられた方がいい」
「? なぜですか?」
「なぜって……故郷の町であんなに女性に追い回されていたではありませんか。坊ちゃんは綺麗な顔をなさってるんですから、気をつけないと……」
「……は?」
商人の言葉に首を傾げる。
するとやや頭を痛そうにされた。
美しい顔、と言われるのは【世界一の美少年+++】のせいだろう。
だがこの顔もまた、エルフィーに会うために神が与えてくれた恩恵だ。
「は、はあ……じゃあ、とりあえずフードだけでも……」
「そうなさった方がよいですよ。あ、水は町で新しく汲みますので、よければ坊ちゃん、今のうちに飲んで水筒を空にしておいてくれませんかね?」
「あ、ああ、そうですね。俺も自分の分を飲み終えておきます」
あまり時間の置いた水は雑菌が増殖してしまう。
この世界にその知識が広まっているわけではないが、少なくともオリバーは飲み水に『キュア』をかけて飲む。
(? ……あれ?)
商人に勧められた水筒の水にも、当然『キュア』をかけた。
その時、普段とは違う反応があり首を傾げる。
気のせいだろうか?
「坊ちゃん、報酬は町についたら……宿屋の部屋とお引換でよいですかな?」
「あ、はい。こちらのギルドに顔を出して、『ウローズ山脈』を越えるパーティーを探したいので……」
「では、とりあえず五日分でいかがでしょう」
「助かります」
それだけの日数があれば、『ウローズ山脈』を越える冒険者パーティーや商人に出会えるだろう。
それなりに交易が盛んな町だと聞いている。
頷いて、椅子に座り直す。
ガタ、ガタと揺れていた馬車の車輪がカタカタカタ……と穏やかになる。
道の舗装された町に入ったのだろう。
人のザワザワとした気配、声、音、匂い。
『トーズの町』は『クロッシュ地方』の四侯のお膝元。
当然大きな町である。
『エンジーナの町』も交易拠点の一つとして有名だ。
さぞ大きな町なのだろう。
(宿にチェックインしたら少し探索してみようかな。ギルドも探して登録しておかないと)
その町のギルドに登録すれば、その町のギルドの依頼を受ける事が出来る。
その町を拠点にする冒険者は、よその冒険者を嫌うが旅の冒険者ならばそこまで睨まれる事はない。
要するに大きく町ごとに派閥になっているのだ。
『トーズの町』の冒険者は近隣の町の冒険者を敵視する。
仕事を奪い合うライバルなので仕方ない。
この町にもそういう意識が根強いと、少々面倒だな、と思う。
もっとも、山越えを共に出来るパーティーか商人が見つかれば長居するつもりはない。
事情を話せば、一緒に行ってくれる冒険者もいるかもしれない。
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