二章 冒険者『Cランクブロンズ』編

冒険者になる


 そんな生活を続けて五年が経った。

 五年……そう、オリバーはついに冒険者登録が許される十五歳になったのだ。


「おにいさま! ほんとうに行ってしまうのよ?」

「うん。でも大丈夫だよ、フェルト。お兄ちゃんは強いからね」

「そうよ、フェルト。あなたのお兄さんはすぐに『クロッシュ地方』で一、二を争う冒険者になるわ」


 母が妹の肩を後ろから抱き締める。

 ……妹、フェルトは現在は五歳。

 オリバーが十歳の冬に生まれた。

 幼い妹も母に似て銀髪青眼。

 当然、誰がどう見ても美幼女である。


(いやだなぁ……俺の妹可愛すぎてラノベ主人公に見つかったらハーレムの一員にされそう。……ロリ枠的なので)


 オリバーの前世の記憶によれば、ハーレムの美少女たちの中に幼女はいなかった。

 確か、原作は最終八巻まで出ていて、一応出ていた分は全て読んだが作者が巨乳好きなためなのか幼女は出ていなかったはず。

 もっとどうでもいいがオリバーの会いに行く『彼女』──エルフィーは四巻のヒロインとして登場。

 …………貧乳であった。


(…………しょうもない事を思い出してしまった……)


 フッ、と微笑んでからカウンターで冒険者登録の手続きを済ませる。

『試験』はパスだ。

 父が「お前はCブロンズからだ」と言うので断ったほど。

 だが、オリバーの冒険者登録を見届けにきた町の冒険者たちが一様に「うんうん」と深く、しかも真顔で頷くため「えー」と唇を尖らせつつも受け入れるしかなかった。

 とはいえ、だ。


「やっぱり贔屓はよくないと思うんだけど、父さん」

「あのな、何回も言わせるな。お前の実力はBシルバー級だ」

「もー、そんなはずないって言ってるだろ⁉︎ 俺はBランクのモンスターと戦った事もないのに! なんで父さんにそんな事分かるんだよ」

「使える魔法、武器の数、それらの武器スキルの数! そしてお前が表示したステータス数値! 全部総合して判断した結果だ! 冒険経験に関しては未知数だから差し引いているがな! この数値で冒険、モンスター討伐経験、依頼達成率が加わったら一瞬でAブロンズ級に昇格する数値だぞ!」

「またそういう事を言う……。父さんは親バカがすぎる!」

「だから違ううってえええぇっ!」


 ガクン。

 父が頭を抱えて膝を折る。

 床に膝立ちになって「違う違う」と繰り返すが、オリバーは父の親バカぶりを見て育った。

 帰ってくると「うちの天才息子ぅ!」と頬擦りし、髭をジョリジョリ擦りつけてくる。

 魔法を覚えれば「うちの子マジ天才。ねえ、天才すぎじゃない? やばくない? 天才じゃない?」とご近所に触れ回る……恥ずかしいのでマジでやめて、とガチトーンと真顔で頼んだのは一度や二度ではない。

 十五になった今でも「お父さんとお風呂入ろう?」と聞いてくる。

 これは純粋に気持ち悪のでガチでやめて欲しい。

 そして極めつけは、十五になる息子に対して「いい子でちゅねー」と赤ちゃん言葉で話しかけてくる頻度が、増えた事。

 アウトすぎて。

 ……アウトすぎて……。

 もちろん妹が生まれて、しかもまだ幼いから、それを引きずってつい使ってしまうのだろう、と理解はしているのだが……申し訳ないが気持ち悪すぎてやっぱりアウトだ。

 そんなちょっとアウトレベルの親バカを前に、「違う」と否定されて信じるだろうか?

 答えは否。

 誰が信じるか。


「まあ、なんにしても新人登録希望者の『試験』をやってきたのはお前だからな、そんな奴に『試験』なんて必要ないだろう?」

「むう……まあ、それはそうですけど」


 肩を叩いてきたのはカルだ。

 そこに関しては真実なのでぐうの音も出ない。


「これはギルドマスターの決定だ! お前は『Cランクブロンズ』! 決定! ほら!」

「んもー……」


 受け取ったのはブロンズの細い腕輪。

 そこに『C級』と記載されている。

 他にも冒険者の情報が記入されているが、それらはギルドの情報を読み取る水晶に当てなければ分からない。

 冒険者の腕輪は通行証代わりになっている。

 目的地のマグゲル伯爵家がある『イラード地方』までは、ここから南東。

『ウローズ山脈』を超えなければならず、徒歩なら二〜三週間ほどかかるだろう。

 野宿の道具は鞄に入れた。

 それを持って、行商人の馬車へと乗り込む。


「気をつけるんだぞ!」

「そうよー、お嫁さんが見つかったら手紙を頂戴ね〜」

「おにいさま、いってらっしゃいー!」

「たまには帰ってこいよー!」

「はい! 行ってきます!」


 待っていてくれた行商人は「出発しても?」と聞いてくる。

 もちろん、と頷くと、ニコニコして御者台の方へと向かう。


(……というか、早く出発しないとまずいかも)


 神の御加護の力なのか──ああ、やはり、ドドドドド……とラックの群でも走っているような地鳴りが近づいて来る。

 ちなみにラックとは、食肉用に品種改良された牛のように大きくて、豚のように丸々として、鳥のように鳴き、猪のように強い生き物。

 そんな巨大生物が群れで走ると、おそらくこんな地鳴りになると思う。


「あ! まだいるわ!」

「待って! 待ってオリバー!」

「行かないでぇー!」

「ひっ! は、は、早く出してください!」

「は、はい!?」


 先ほどまでニコニコしていた行商人を振り返り、叫ぶ。

 行商人も地鳴りと悲鳴のような呼びかけに身の危険を察したらしく、手綱を鳴らす。

 近づいてくるのはこの町の年頃の娘たち。

 オリバーは歳の割に少し大人っぽい。

 そして、この地方を治める『四侯』の一角、クロッシュ侯爵家の跡取り候補の一人。

 つけ加えると、両親譲り、そして神かもしれない巨人のおっさんから与えられた美貌の持ち主。

 当然、なにかの冗談のようにモテる。

 オリバー自身、少々容姿に関しては舐めていた節があるくらいだった。

 ……年頃になり、町の娘たちの態度があからさまになっていくまでは。


「オリバー待ってぇ!」

「アタシも連れてって!」

「オリバー! 行かないでー!」

「結婚してぇー!」

「諦めないからぁぁ!」


 などなど、十代前半から二十代前半の女たち、四十人前後が追いかけてくる。

 怖い。

 めちゃくちゃ怖い。

 スピードの上がる馬車にスカートの彼女たちは次々脱落していくが、叫び声は届く。

 勘弁して欲しい。

 オリバーは小さい頃から「お嫁さんを迎えに行く」となかなかに痛い事を言い続けてきた。

 しかしこのモテようだ。


(うう、冗談じゃないよ、もう……)


 頭を抱える。

 自分には前世から心に決めた人がいるというのに。

 前世といえば、前世のオリバーはとても地味でメガネのオタクで、クラスの女子には気持ち悪がられていた。

 だというのにイケメンに生まれたら、この世界の女子たちは手のひらでも返したように積極的にアピールしてくる。


(女子怖い)


 ……おかげさまでだいぶ女性不信が進んだ。


(っていうか、こんな非現実的なモテ方、普通する? これじゃラノベのライバルキャラだよ。『ワイルド・ピンキー』は主人公がハーレムだったからそんなのいなかったけど……。やっぱりあの巨人のおじさんは神様だったのかな? 閻魔大王だと思ってたけど……。……? ……閻魔大王って神様? ああ、名前とか聞いておけば良かったかな。……とりあえず神様って事にしておくか……)


 最近あまり思い出していなかった、転生する前に会った巨大なおっさんを『神様』と呼ぶ事にしつつ、町から出たのを確認する。

 追いかけてくる女子はいない。

 まあ、さすがにここまで走って追いかけてくる猛者はいてたまるか、と思うところだが。

 馬車もゆっくりと速度を落とし始める。

 馬の体力や、ペースもあるから無理はさせられない。


「……それにしても、オリバー坊ちゃんが護衛についてくださるなんて光栄ですよ」

「え? あ、いえ……むしろ、新人の俺が一人だなんて不安じゃありませんか? すみません、無理を言って」

「とんでもない! ちょうど品入れの時期で懐に余裕もなかったから助かりました」


 行商人は町から村へ、村から大きな町へ、と渡り歩く商人の事だ。

 オリバーが乗っているこの馬車だが、大きさの割に荷物はとても少ない。

 理由は簡単、『トーズの町』でほとんど売り捌き、荷下ろししてしまったのだ。

 これから『ウローズ山脈』の麓にある町、『エンジーナの町』でまた仕入れをしなければならないそうなのだが、軍資金は大いに越した事はない。

 そのため、安く雇える護衛が欲しかったのだ、彼は。


「それに、途中の『ボグルー村』までは魔物も少ないですし……大丈夫ですよ。盗賊が出たところで、今は盗られる荷物もありませんしね」

「でも……」

「ははは! 出た時は頼みますよ、もちろん」

「……はい」


 盗られる荷物もない、とはよく言ったものだ。

 オリバーが座る座席の真前に、厳重に錠のかかった宝箱が置かれている。

 おそらく『軍資金』……高級絹の類が入っている事だろう。

 この世界はあまり硬貨のお金が流通していない。

『四公首都』まで行けばそうでもないだろうが、地方の『四侯』が治めるところは銅貨や銀貨さえあまり見かけないのだ。

 冒険者の報酬も、食べ物や酒、宿代の無料化、装備類の割引など、生活に関わるものが大多数。

 貴族相手でさえ、宝石や装飾品で物々交換される。

 つまり、盗賊が狙うとしたら硬貨のお金ではなく宝箱に入っているであろう高級絹の糸や布だ。

『クロッシュ地方』は綿の生産や、カッコイという非常に繊細な糸を吐く巨大な虫型魔物がいる。

 この地方にしか生息しないカッコイという巨大虫型魔物は、前世でいう蚕的生き物。

 ただ、大きさが規格外。

 そのくせ糸の細さは蚕のそれ。

 とても細く、柔らかく、繊細。

 それを機織り機で布にすると絹となる。

『クロッシュ地方』の特産物だ。

 ……ちなみに、糸はどんなに使ってもなかなかなくならず、繭の中のカッコイは五年かけて成虫になるため、意外と共存が上手くいっている。


「…………町の外はこうなってたのか」


 馬車の外を眺めながら呟く。

 オリバーが出かける時は必ず北方向にあるクロッシュ侯爵家本家のある『クロッシュの町』だ。

 南東方向に来るのは初めてだった。

 思っていたよりも緑は少なく、岩肌が多い。

 時折立っている木々も、痩せて枯れていることさえあった。

 あまり前のめりになって見ると、揺れで舌を噛みそうなので座ったまま出来るだけ動かずに努める。

 それに、一応今は護衛の仕事中。

 まして初仕事中だ。

『ボグルーの村』で追加の護衛が見つからなければ、『エンジーナの町』までオリバーが一人が護衛を続けなければならない。

 気を引き締めなければ。


(そうだ。仕事中! 前世と、今世合わせても、初めての仕事!)


 前世では十代半ばで死んでしまい、社会人経験もしていない。

 そろそろ前世に関しての記憶は薄れているが、前世がとても幼かったのは覚えている。

 とはいえ意識的には肉体年齢に引っ張られ、やはり自分が『その年代』という認識が強い。

 つまり、精神年齢は肉体年齢と同じくらいなのだ。

 だがら多分……薄れてはいるが、多分、自分はもうすぐ前世で生きていた年齢を超えだろう。

 そう思うと感慨深い。


(生きてる。そして、会いに行く。……エルフィー、俺の憧れの人)


 目を閉じるとやっぱり薄れた記憶に彼女はいる。

 彼女はとても地味な少女。

 四巻のヒロインとして登場した割に、きっと主人公に告白して振られる事が決まっていたのだろう。

 他のヒロインとは比べ物にならないほど地味で貧乳であった。

 彼女の登場以降、『ワイルド・ピンキー』に貧乳が出たら『負けヒロインか死亡フラグ持ちだと思え』という実に不吉なジンクスが生まれたほど。

 前世の記憶は、薄れつつある。

 しかし、彼女にまつわる事は不思議と思い出しやすい。

 これも「加護」の一部なのだろうか?

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