『ロガンの森』【前編】


 翌朝、父や数人の冒険者、そして昨日の冒険者志望たちとともに近くの森にやって来た。

 昨日の少年三人は、寝ぼけ眼。

 さぞ疲れ果て、ぐっすり寝たのだろう。


「あいつら昨日、試験のゴーレム倒せなかったのか?」

「うん」

「総合レベル20に設定してあったんだよな?」

「うん……装備も合わせて、総合レベル20で倒せないのはちょっとおかしいよね……」


 武器の攻撃力だけでも「攻撃力10」は確実にあるはずだ。

 素手のオリバーよりは強い、はず。

 実際オリバーが突き刺さった剣を借りて斬りつければ簡単に破壊出来た。


「そうか、純粋に戦闘に慣れていないんだろう。言っておくがお前、自分を基準にするんじゃあないぞ」

「はーい」


 一応貴族だ。

 祖父や父の雇ってくれた家庭教師以外にも、ギルドの冒険者たちにねだって時間が許す限り、戦闘訓練を受けている。

 そんな自分と彼らは『同じ』ではない。


(それに、この幸運値……俺が転生者だからだよな)


 それを含めて『同じ』ではないのだ。

 自覚はある。

 そして──。


「じゃあ伐採を始めてくれ。そこの冒険者志望どもは、各々魔物討伐班について行って、しごいてもらえ。行くぞ、オリバー」

「はい!」

「え! なんでそいつだけ!」


 振り返る。

 しかし、冒険者たちがシッシッ、と手を振るので無視して父のあとを追った。

 怒声のような大声で「ガキども! 試練用ゴーレムも倒せねぇくせにギルドマスターに指南を受けられるわけねぇだろ、なめてんのか!!」と聞こえる。

 まあ、その通りだ。


「武器は持って来たな?」

「うん、お祖父様がくれた剣!」

「……え? お父さんそれ初めて見るよ? いつもらったんだ?」

「父さんの持って帰った荷物に入ってたよ?」

「ええ……これ以上は要らないって言ったのに……」

「…………」


 毎年どころか毎月送られてくる、祖父からのプレゼント。

 祖父、フィトリング・クロッシュ侯爵はここ、『クロッシュ地方』の領主。

 孫など他にもいるというのに、昔からオリバーを溺愛していた。

 おそらく一番可愛がっていた三女の母によく似た、一番年下の孫だから可愛さがひとしおなのだろう、との話だ。

 しかし、そうなると従兄弟たちになんとなく申し訳ない。

 ……と、思っていたのだが、従兄弟たちもまたオリバーを猫可愛がりだ。

 特に武器屋の従兄弟の一人、ケビンは「新作の試し斬りして感想を聞かせてくれ」と言いつつ次々にオリバーの体躯に合わせたような武器をホイホイこさえてくる。

 なにより、その顔!

 デレデレしているのだ!

 ケビンの妻ホリーも事あるごとに「オリバー可愛い、可愛い……」と呟いてお菓子を手渡してくる。

 なんというか、一族総出で溺愛してるんじゃないか、ぐらい。


「でも、俺が持ってる中で一番装飾品がないから……」

「ああ、実用的だな、珍しく。しかし毎月毎月……。置き場に困るからやめてくれって頼んでるのに……。まったく、このままじゃお前が成人したら、クロッシュ家の家宝まで渡しちまうんじゃないのか?」

「……霊器ウェンディ・ランス?」

「ああ」

「でもあれ、聖霊が見えなきゃ使えないんでしょ?」

「そう言い伝えられてるな」


 クロッシュ侯爵邸に奉られているという『霊器ウェンディ・ランス』。

 世界に『魔法』を遺した聖霊が宿る器。

 ──聖霊……悪しきものを封じるため、ここと隣接する空間に消えたと言われる神々だ。

 魔物はその空間の狭間より湧き出て、いまだに人を脅かす。

 それらに対抗する力として、聖霊は人に魔法を遺した……というのが魔法の謂れである。

 一見するとただの槍らしいのだが、もし、その槍に宿る聖霊が見えたならば、原始の力……魔法よりも上の神秘の力『聖霊術』を使えるようになる、とかなんとか。

 それを使えればドラゴンさえも倒せる、英雄にもなれるだろう──とかなんとか……。


「ま、どこまで本当かは分からないが、『霊器ウェンディ・ランス』を受け継ぐという事はつまり……」

「ひぇ! こ、困ります! 俺、十五歳になったら冒険者になってお嫁さんを探しに行くんです!」

「ああ、夢で見て一目惚れしたっていう……な。でも、本当に行く気なのか? 夢で見た女の子なんだろう?」

「うん、でも……」


 彼女は、いる。

 前世の記憶を、夢なのではと疑う事も増えてきた。

 しかし……そんな時はステータスを開く。

『称号』にある【転生者】【世界一の美少年+++】【無敵の幸運】。

 ばっちり【転生者】と書いてある。

 そして、あの巨人のようなおっさん──多分神様──に与えられた加護。

 ステータスの総合幸運値が100なのは、【無敵の幸運】が影響しているに違いない。

 そんな自分のステータスが証明している。

 それは、確信だ。


「絶対出会える! ううん、必ず探し出す!」

「……そうか。まあ、お前がそこまで言うなら頑張って探して連れてこい。嫁を自分で連れてきたいっつーんなら、『ルークトーズ家』は安泰だ」

「えへへ!」


 そうだ。

 父の言う通り……自分は、憧れた二次元の彼女を──!


「! そ、そうだ、そのためにも、もっと強くなりたい! 武器への魔法付加!」

「よし! じゃあ訓練を始めるとしよう!」

「はい! よろしくお願いします!」



 この世界の魔法は、『聖霊石』と呼ばれる石から学ぶ。

『聖霊石』に触れるだけで魔法が頭の中に流れ込む……簡単に言えば人間という端末に魔法というデータがダウンロードされる……そんな感じだった。

 その『聖霊石』は大きいものから小さいものまで様々。

 それぞれ、自然界から発掘される。

 土から出てきた『聖霊石』には『土属性』の魔法。

 水底にあった『聖霊石』には『水属性』の魔法。

 火から生まれてきた『聖霊石』には『火属性』の魔法。

 風に運ばれてきた『聖霊石』には『風属性』の魔法。

 そのように、『聖霊石』は世界のあちこちから毎日のように見つかる。

 それらは聖霊の贈り物とされ、かつてこの『エドルズ公帝国』の前進の片割れとされた『カルディアナ王国』はその聖霊を神として奉り、崇めていたという。

 今も信仰の根強い地方……ここ、『クロッシュ地方』や南西の島『ヤオルンド地方』は聖霊信仰が盛んである。

 だが、『エドルズ公帝国』は発見された『聖霊石』はすべて国に献上せよ、としていた。

『聖霊石』を管理する事で魔法を管理し、人々の生活を管理するのだ。

 反発が大きいやり方だろう。

 しかし、大がかりな魔法など使わない一般人にとっては、公帝国が与える簡易な生活魔法さえ使えればなんの問題もない。

 本格的に魔法を学びたければ、国立の学校に通えばいいし、冒険者もまた、ランクによって無料で学ぶ事が出来る。


(俺が使えるのは、うちのギルドにある『聖霊石』……初級の魔法のみ……)


 初級は金を払えば市民も学べる生活魔法の範囲。

 オリバーはまだ冒険者ではないので、冒険者が覚えられる『戦闘用魔法』は初級でも覚える事は出来ない。

 ゴーレムは複数体を出せるようになったが、ゴーレムの強さは総合レベル20止まり。

 もっと強いゴーレムを作るには新しい魔法を覚える必要がある。

 いわゆる『強化系』魔法だ。


(武器に魔法を付加するって事は強化系だよね? 特別に冒険者用の『聖霊石』を触らせてくれる……!?)


 ワクワクと立ち止まった父を見上げる。

 ニヤ、と笑った父が取り出したのは手のひら。


「?」

「まだ冒険者用の魔法を教えるわけにはいかないが、代わりに『生活魔法』の少しずるい使い方を教えよう。土魔法でナイフや斧、包丁の切れ味を良くする魔法があるのは知っているか?」

「うん、使える……まさか、それを剣に転用するの? でも……」


 そのくらい、普通の冒険者も、普通の冒険者が買う武器屋も使っているはずだ。

 差し当たって、珍しくもなんともない。

 基礎中の基礎。

 刃物を扱うなら誰でも使える。


「いいや、それだけじゃない。そこに『属性』を付加するんだ。オリバーが得意なのは『土属性』と『風属性』だったか?」

「うん、どちらかというと『風属性』かな……ゴーレムは植物で作った方が上手くいくから……」


 土で作るゴーレムも苦手ではない。

 しかし風属性の魔法に部類される、植物の葉っぱなどで作れるリッドゴーレムの方が得意だったりする。


(まあ、今の俺が使える初級のリッドゴーレムなんてむちゃくちゃしょぼいんだけど……)


 自然に実用的なのは木の枝などで作るウッドゴーレムや、土で出来たマッドゴーレム、石で出来たストーンゴーレムなどなど。

 ゴーレムだけでかなりの種類が作れる。

 だが、どれも総合レベル20。

 実用的ではあるが実戦向きではない。

 一体父はどうするつもりなのか……。


「よし、では『鋭利化』の魔法と『風属性』の生活魔法『浮遊』で大型の魔物を倒してみよう」

「『浮遊』で?」


 生活魔法、『浮遊』。

 名の通り物を浮かす事が出来る。

 浮かすと言っても時間にして五秒、地面から十センチばかりが最大。

 これはどれほど高名な魔法使いが行っても、最大がその秒数と浮かせる高さ。

 それを用いての魔物の討伐?

 首を傾げる。

 しかし、父はニヤリと笑うのみ。


「ちょうど最近この森にはトロールが出ると報告があってな」

「トロール!?」


 トロール──Bランク、グリーン。

 魔物のランクとしては高い。

 中の上、といった強さだ。

 しかし性質的に穏やかで、好んで人を襲う事はない。

 最小でも三メートル以上ある巨大種で、それゆえに一度戦闘となれば当然強敵。

 なお、繁殖期や空腹時のトロールはBランクレッドとなる。


「トロールはデカイが食肉にはならん。皮も薄くて装備にも向かない。だが骨はあの体重を支える密度と強度で武具に重宝される。血や内臓は魔法薬の材料にもなるしな。というわけで繁殖期になる前に狩るぞ。これからこの森には木材をちょくちょく頂きにこなければならないからな」

「は、はいっ」


 オリバーにとっては実戦経験はとても貴重だ。

 この先増えてはいくだろうが、この歳でそんな大物と戦える機会はない。


(エルフィーに会いにいくにはBランクの魔物を倒せるようにならなきゃいけないもんな……!)


 それは、彼女を負けヒロインストーリーから救済する第一歩。

 記憶があり、なおかつオリバーが強い冒険者として『あの事件』が起きる前に彼女に会いに行く事が出来れば、きっとラノベ主人公に惚れる前に救う事が出来る!


「トロールは岩穴などを好んで巣にする。この辺りで程よい岩穴は……あれだ」

「おお……」


 父の言う通り、指差された方向には岩が積み重なって出来た穴がある。

 と言うよりも……。

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