ギルドの少年【後編】


「うわああぁ!」

「!」


 目を開けると、少年たちがゴーレム三体に放り投げられていた。

 首を傾げる。

 たかだか総合レベル20のゴーレムに、なぜ彼らは放り投げられているのだろう?


「え? お兄ちゃんたちー、どうしたのー? このゴーレムは最低ランクのDブロンズ級だよー? Cランクの魔物を倒した事があるなら、このくらい余裕のはずだけどー?」


 たとえば、彼らが倒したというCランクの魔物、ラット。

 巨大ネズミの別名でもお馴染みの、ネズミの魔物。

 なお、魔物の種類によってはきちんと処理すれば食べる事も可能。……きちんと処理すれば、だ。

 そして魔物にも振り分けられる、この『ランク』。

 冒険者ランクと基準が異なるが、ほぼ同じくらいの強さを示すと言われている。


(ただし、魔物のランクつけられるのは上からレッド、オレンジ、イエロー、グリーンの四色。当たり前だが危険度を表す。……ラッドはCランク、イエロー)


 そこそこ危険だ。

 ちなみに、先程カンズたちが受けた依頼のラビットは『Cランクオレンジ』。

 集団化したラビットは『Cランクレッド』と位置付けられる。

 強さのランクは同じだが危険度がレッドになると、当然冒険者たちも警戒しなければならない。

 その辺りを分かっていなければ、冒険者は務まらないと言ってもいい。

 Cランクイエローのラットを倒した。

 そう言う割には、個人の能力が少々低すぎるような?


(……ゴーレムの生成は……うん、ステータスは物理攻防を5ずつに配分してある。つまりあのお兄ちゃんたちは……武器に振り回されている!)


 そしてラットの件は、一匹のラットに対し、三人で袋叩きにしただけと見た。

 一番格好悪いやつである。


「はーあ、がっかり。大口叩いてる割にこの程度も倒せないなんて。普通の冒険者は一撃で倒せるよ」

「な、なんだとぉ⁉︎」


 それは事実だ。

 Dブロンズ級の冒険者たちは、最低でもステータスの総合レベルが20ある事が条件。

 というか、彼らの装備なら出来ないはずがない。


(銅の剣、銅の鎧、革のズボン、革のブーツ……どれも駆け出し冒険者にしてはそこそこいい装備の部類だ)


 一応、従兄弟が隣りの隣で武具屋を営んでいるので、その辺りも分かるのだ。

 平均銅貨二枚。

 銅貨一枚は前世の世界で大体百円程度の価値だと思えば、二枚で二百円程度となるが、この世界の物価だとそこそこのものとなる。

 そもそも、町は硬貨などはあまり使わず物々交換が主流。

『クロッシュ地方』最大都市のこの町でさえそんなものなので、おそらくどこの地方もそうなのだろう。

 そして、そんな経済の中であの装備、という事は……おそらく彼らは田舎村の中でもいいところのお坊ちゃんたち……。


「はぁ……」


 溜息が出た。

 それはつまり、彼らに従う者の影。

 彼らは自分たちの力では、ほとんどなにもしていない可能性がある。

 それなのにCランクのラットを倒したと豪語して、試験も嫌そうにしていたのだ。


「…………。じゃあ俺、他にも仕事があるから倒したらカウンターまで来てね」

「「「は⁉︎」」」


 やめた。

 付き合ってられない。

 にこやかに笑顔を振りまいて、中庭の運動場からギルドの中へ戻ろうとした。


「ふざけんなぁ!」

「あ!」

「「え?」」

「?」


 なんか一人変な声を出したな、と振り返ると、リーダー風の少年が投げた剣がゴーレムの頭に突き刺さったところだ。

 オリバーが作ったのはロックゴーレム。

 土で出来ている。

 当然、それはある程度硬い。

 しかし見た目に反してそれほど強くはないのだ。

 とはいえ、大きめに作ってあるので倒れ込んでくれば──オリバーのいる位置も巨体の範囲内。


「…………」


 青ざめる冒険者志望の少年たち。

 膝に力を込め、体に魔力を通わす。


(身体強化)


 オリバーの使える魔法は初級のものだけだ。

 それ以上はまだ危険だからと、みんな教えてくれない。

 一番簡易な身体強化魔法。

 これは誰でも使える。

 Dブロンズ級の冒険者でも使えるだろう。

 その程度の強化だが、飛び上がってゴーレムの頭に刺さった剣を引き抜き、ゴーレムを真っ二つにする事くらいは出来る。


「っ……⁉︎」

「今のだめ。やり直し。これじゃ倒したとはいえない」

「は、はあ⁉︎」


 破壊したゴーレムを基に、新しいゴーレムを作り出す。

 偶然頭に剣が刺さったのでは、倒したとはいえないだろう。

 運も実力のうちだと宣うリーダー風の少年を無視して、ギルドの中へと戻る。

 カウンターホールまで行くと、にやにやした冒険者たちとにこにこした母が待っていた。


「どうだったオリ坊。見所ありそうか?」

「ないねー。普通以下!」

「ぎゃはははははは! そいつぁいい! 薬草集めから叩き込んでやれよ!」

「はーあ……その前に試験に合格するのに一週間くらいかかるんじゃないかな」

「マジかよ、小物もいいところだな」


 口々に新人を詰る冒険者たち。

 テーブルの一つで、冒険者が手を挙げる。


「おーい、オリ坊~、この依頼頼むー」

「はーい」


 オリバーの仕事……通常業務は、このように常連冒険者がほどよく寛ぎながら依頼書を確認出来るように、テーブルにその冒険者のランクに合った依頼書の束を持っていく事。

 依頼書の束はカウンターで母が素早く作る。

 テーブルに寄りかかりながら依頼書を確認した冒険者は、こうして受ける依頼書をオリバーに伝える。

 オリバーはその依頼を確認して、注意事項などを伝えたのちに残りの束とともに母のところへ持っていき『受諾』をするのだ。

 それを確認した冒険者は、そのまま依頼に出かける事が出来る。


(つまり走り回るのは俺だけという! いいけどな、別に。足の悪い母さんを何度も立ち上がらせるの大変だし)


 オリバーの母は、生まれつき左足が悪い。

 父はそんな母を守るため……そして足を治すための薬を何年も探し回り、冒険者ランクAブロンズにまで登り詰めた。

 これは非常に凄い事だ。

 結局、未だに母の足を治す術は見つからない。


「はい」

「ありがとう。……はい、受諾っと」

「受諾完了だよー!」

「おー! サンキューな! 行ってくるわー」

「気をつけてねー!」


 手を振って冒険者を見送る。

 その時、入れ違いに父が帰ってきた。

 くすんだ茶色い髪と瞳、端正な顔立ちに髭。


(うーん、何度見てもダンディ~)


 そして、母は銀髪青眼。

 いつも朗らかな笑みを浮かべ、町一番の美人と評判だ。


(…………まぁ、うん……)


 そんな端正な顔の父と、町一番の美女との間に生まれたオリバーは、他の町でも評判になっている『美少年』。

 母譲りの銀の髪と青い瞳と目鼻立ち。

 父譲りの剣武の才。

 そして、父は長身の影響か、同い年の子どもに比べてオリバーは体格も恵まれている。

 町の女の子たちはほとんどがオリバーに憧れており、男子たちからは目の敵にされていた。

 それを回避するためにもギルドの仕事を日々手伝って、なおかつここに通う冒険者たちに武器の扱いや魔法や薬草、魔物に関する知識を学び身につけていると『働き者』『神童』『将来有望』などなど、評価は勝手にうなぎ上り。

 ……先程カルたちに『公女の婿候補になればいい』と言われていたが、近隣の貴族たちから養子縁組の話はひっきりなしに舞い込んでいるらしい。

 父がそれを断り続けている。

 一応父も名誉貴族。

 準男爵の位を持っているため、ある程度は融通が効く。

 なにより、『クロッシュ地方』を治めるこの国の四代侯爵家──『四侯』の一角……侯爵は……母方の『本家』である。


(ふう……本当、とんでもない家に生まれたなぁ)


 大貴族の分家の血筋。

 つまり、地位、家柄、血筋、容姿、才能、財力。

 人が羨むものを、生まれながらにほとんど持っていた。

 巨大なおっさんは『世界一の容姿』とも言っていたので、成長したオリバーはよほど美形になるのだろう。

 家柄がほどよい上位貴族。

 その上ギルドマスターの息子。

 いずれこの地方の冒険者たちをまとめ上げる者なのだ。

 その分の責任もあるが、今からこうして冒険者たちと仲良くなり、自分自身も冒険者になりその苦労を味わえば認めぬ者はいなくなるだろう。

 冒険者は『ランク』がすべてだ。

 父と同じ『Aランク』になればこの町に限らず、ほとんどの冒険者は文句も言わない。

 そして、いつか『彼女』を救い出し……妻にする。

 この町の、このギルドの新しい受付嬢という顔になってもらい……。


(俺が幸せにするんだ)


 あの大きなおっさんの言うように。

 女一人幸せに出来ない、チーレムラノベ主人公に奪われる前に!


(俺が、娶る! リアル俺の嫁!)


 うん、と頷いて顔を上げた。


「おかえり! 父さん!」

「ああ、今帰った。何事もなかったか?」

「うん! なんにもないよ! それより新しい魔法を教えてよ! 前のやつはもう全部覚えたから!」

「え? も、もう⁉︎ ほ、本当にオーリは優秀だなぁ⁉︎」

「そりゃそうさ。マスターがいない間、ぜーんぶ魔法を習得しちまって暇んなったからって槍使いのゴーズに槍の使い方まで教わってたんだぜー?」

「うえ⁉︎」

「いやはや、オリ坊には敵わん……。こりゃあっという間に『Aランク』になるだろうなぁ」


 ははは、と笑うホールの冒険者たち。

 しかしオリバーは唇を尖らせる。

 またそんな、無責任な事を言って、と。

 …………彼らが八割本気で言っているのにも気づかずに。


「ははは、分かった分かった。新しい魔法を教えてやるよ。ただし、武具付加系のな」

「やった!」


 頭をポンポンと撫でられて、それは純粋に喜ぶ。

 前世の父は仕事人間で、いつか過労死するのではと思うほど。

 今世の父はこうして構ってくれるので、前世甘えられなかった分つい甘えてしまう。


「お帰りなさい。お父様はなんと?」

「ああ、かなり渋い顔をしておられたよ。ようやく瓦礫の撤去が終わったから、追加でレンガや木材を大量に寄越せと言われたらしい」

「まあ……。うちは『ウローズ山脈』があるから重いものの運搬が大変なのに……」

「ああ、公帝陛下も無茶を言うよ……」


 カウンターの内側に入ってくると、父ディッシュが上着を自分の事務椅子にかける。

 母が体を捻って笑顔で迎えるが、話題は五年前、突如現れたドラゴンにより破壊の限りを尽くされた帝都の話。

 当時五歳であったオリバーは、父が知らせを受けて慌てて出て行ってから一ヶ月間、戻って来なかった……というくらいなものだが……帝都では約三割の住民が亡くなり、町は壊滅。

 幸い公帝陛下、他市政に関わっていた貴族や官僚たちは他の貴族の舞踏会に招かれていたため、無事だったらしい。

 絶賛復興中なのだがおかげで税金は上がり、帝都をより美しく整備し、絢爛豪華にするとかで資材を安く買い叩かれる。

 更に地方から建設の材料をかき集めているようで、その運搬負担も馬鹿にならない。

 冒険者に依頼すれば冒険者たちへの依頼料が増し、それは領地が負担する。

 普通そこは公帝家、もしくは国が負担するべきだ。

 しかし、『謀反の恐れ』を潰す事を名目に地方負担にされたらしい。

 もちろん建前は『地方経済の活性化が目的』だったそうだが。

 だが冒険者が運搬などで駆り出されれば、地方の定期的な魔物討伐周期に遅れが出る。

 残された冒険者の負担が増えるのだ。

 父はその辺りを『クロッシュ地方』の領主である祖父と定期的に話し合う。

 今回もその話し合いと、帝都復興の進捗確認をしてきたのだ。

 やはり芳しくはなさそうである。


「『クロッシュ家』は王家寄りだったからな……特に扱いが雑というか……。まあ、『ヤオルンド家』は海があるのに同じ量を要求されているそうだから、そちらよりはマシかもしれない」

「『ヤオルンド家』は帝国派でしたからねぇ。……でも、『カルディアス王家』の血が絶えた今、王家派も終わりです。『ペンドラゴ皇帝家』の皇族も一般市民階級に落とされたと聞きます。それなのにこんなに負担ばかり強いられては……ふぅ」

「本当だよ。とはいえ、目の前の生活が大事だ。とにかく木材の確保だな。明日魔物の討伐ついでに伐採してきてもらおう」

「俺も一緒に行っていい?」


 森の魔物討伐!

 ひょこ、っとカウンターから顔を出す。

 父は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑みを浮かべる。


「ああ、構わないぞ。武器への魔法付加を教えてやろうと思っていたしな!」

「やったあ! あ、俺ゴーレム十体同時に作れるようになったから運搬は任せて!」

「え?」


 ちなみに、その日冒険者になろうとしていた三人組は時間切れでやり直しとなった。

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