一章 『少年期』編

ギルドの少年【前編】


 タッタッタッ、と小さな足音ががやがやと騒がしい受付ホールに響く。

 ここは『クロッシュ地方』、『トーズの町』の冒険者ギルド。

 この冒険者ギルドのマスターはディッシュ・ルークトーズ。

 ディッシュの妻、アルフィーは受付嬢として現役。

 そんな冒険者を支援する事に特化したルークトーズ家の長男として生まれたのが、オリバーである。


「はい! カルさん! Cランクへオススメの依頼書だよ」

「おお、ありがとよ」

「カルさんは弓矢得意なんでしょ? 今度教え

 てよ!」

「オリ坊はホント貪欲だなぁ! もう剣の腕は親父さんに認めてもらえたんだろう? 弓矢のスキルも十分なほど覚えたって聞いてるぞ」

「ううん、俺なんてまだまだ!」


 首を振る少年。

 今年十歳になったオリバー・ルークトーズだ。

 そして彼には誰にも言えない秘密がある。


「もっと強くならないと、将来お嫁さんを助けられないから!」

「ははは! 例の夢で見たっていう『お嫁さん』か?」

「そう!」


 横から顔を出したのは剣士のガレイオ。

 カルとはパーティーを組んでいる。

 どちらもCランクの冒険者だ。

 そして、オリバーの言う『夢』とは前世の事。

 もちろん夢などではないとオリバー自身理解していた。

 しかし、そんな事を言って誰が信じるだろう?


(ここがハーレムラノベの世界だなんて……誰も信じない)


 みんな生きている。

 笑って、怒って、仲間の怪我を悲しみ、案じる。

 話をして、頼めば剣や魔法も教えてくれた。

 ここは紛れもない現実。

 死のある世界。

 そして、ラノベの世界あるある……魔物もいれば冒険者もいるし、当然冒険者ギルドもある。

 まあ、ここの事だが……。

 剣や魔法の世界であり、国は問題を抱え、多種族が入り乱れて思い思いに生きていく。

 ここ『クロッシュ地方』は東にあり、『トーズの町』は大陸最大の湖『トーズ湖』の一箇所に隣接する形で作られ、繁栄してきた町。

 この付近の領主は『ルークトーズ子爵』……オリバー父方の祖父の事である。


「そうかそうか~、確か十五になったら冒険者になって探しにいくんだったよな?」

「うん!」


 カルが酒を飲みながら依頼書をめくる。

 その合間にオリバーの『夢の話』を続けた。

 こんな子ども相手にきちんと対応してくれる、このコンビは優しい。

 このコンビのように冒険者になるには、十五歳という年齢が必要。

 オリバーは十歳になったばかりなのであと五年だ。

 それまでに『彼女』を救い出せるぐらい強くならねばならない。


(彼女が住んでるのは隣の地方だから、行くのは難しくない。ラノベの世界では公帝暦33年、主人公が自分が転生者だと思い出す。主人公と彼女が出会うのは彼女が十七歳の時だから、俺が冒険者として彼女の過去イベを妨害すればそもそも彼女は主人公に惚れない)


 そして、『彼女』を救うためには力がいる。

 力、というか『戦う技術』だ。

 もちろん、『彼女』の住む地域へ行くためにも戦闘能力は必要不可欠。

 なにしろ普通に魔物が出る世界。

 戦えなければ金を積んで旅をするしかない。

 しかし、仮にも元Aランク冒険者の父を持っておいてそれは許されるはずもないだろう。

「いつか夢で見たお嫁さんを探しに行くから剣を教えて」と父に頼み、五歳の頃から剣を学んではいるものの……このままで本当に『彼女』を救えるのか自信がない。

 それに、強ければ強いほど儲かるのが冒険者。

 いつか『彼女』を救い出し、このギルドを継ぐために戻ってくる時はせめて父と同じAランク冒険者にはなっていたい。

 つまり、本当にまだまだなのだ。


「けどなぁ、オリ坊は大公姫の婿選びに挑めそうな面してるんだ。デカくなったら絶対いい男になるぞ、お前」

「そうだなぁ、今のうちから貴族たちのパーティーに出て、大公姫の婿選びに賭けた方がいいんじゃないか? えーと、五年後だっけ?」

「イ・ヤ・でーす!」


 大公の娘──大公姫。この国のいわゆるお姫様──は、ラノベ主人公のハーレム要員の一人だ。

 確かに美しいお姫様だったが、主人公に惚れて旅について行き、きゃんきゃんきゃんきゃんと甲高い声で不満を漏らす面倒臭いツンデレキャラ……お断りである。

 金髪碧眼の美少女で、ツンデレながらも献身的な面が大いに人気ではあったが……。

 まあ、それは今はどうでもいい事だ。


「ねえ、そんな事より受ける依頼は決まった?」

「そーだなぁ。まあ、これにしておくか」


 二人がいつもの『ラビット狩り』を選択する。

 ラビット……簡単に言えばウサギ狩りだ。

 しかし、この世界のウサギ……ラビットは魔物。

 数が増えると集団で人を襲う危険生物である。

 なので定期的に狩らなければ危険なのだ。


「いつもありがとう!」

「いやいや、こっちとしてもこういう依頼があると食いっぱぐれねーから……」


 な、とカルがオリバーの頭に手を置いた瞬間だ。

 パターン、と扉が乱暴に開く。

 見れば柄の悪そうな少年が三人、入ってきたところだ。


(おお、見るからに冒険者登録に来た田舎者!)


 この冒険者ギルドではよく見る光景。

 受付にいる母は、ニコニコと自信満々な表情のひよっこたちを眺めている。

 その姿に溜息が出そうになり、またカルたちがにやにやしているのを見て眉尻が下がった。


「……こんにちはー!」


 仕方がない、とカルたちに軽く挨拶してからオリバーはズカズカ入ってきた三人に声をかける。

 これも仕事のうちだ。

 声をかけたオリバーを、リーダーらしき真ん中の少年が小馬鹿にしたように見下ろし「アァ?」と不満げな声を出す。


「俺はこのギルドの業務員見習いでオリバーっていうんだ。お兄ちゃんたちは登録に来たんでしょ? 説明してあげるね!」

「はあ? いらねーよ!」

「でも登録に来たなら説明は受けなきゃダメなんだよ。俺はまだ見習いだけど、権限はあるから心配しないで──」

「うっせぇ!」


 足を上げた少年。

 オリバーを蹴り飛ばそうとしたのだ。

 腰から上をわずかにずらし、顔の横を通過したその足を、掴む。


「⁉︎」

「それじゃあ説明するね」


 笑顔のオリバーに、三人の少年の顔色があからさまに変わる。

 周囲の冒険者たちは始終にやにや意地の悪い笑みを浮かべていた。

 遅かれ早かれこういう奴らは“こう”なるのだ。

 なら、自分から飛び込んだ方が早い。

 足を放り、手を払う。


「冒険者にランクがあるのは当然知ってるよね? でもまずはランクから説明するよ。冒険者のランクは大きく分けてA、B、C、Dに分かれてる。でも、そのランクの中でもまたさらに上からプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、と四段階にランク分けされてるんだ。一般的なのはCランクのシルバー、ブロンズだよ」

「っ、し、知ってるぁ! んくれぇ!」

「だよね。じゃあ次。冒険者登録には十五歳以上の年齢証明と試験が必要になるんだ。お兄ちゃんたちは年齢証明は持ってきた?」

「っ! これだろう⁉︎」


 少年たちが突き出してきたのは村長の書いた年齢証明書だ。

 どうやら一通り調べてはきているらしい。

 そして、こういうは大体『試験』のために近隣の森で魔物を退治している経験がある。


「オッケー。それじゃあ次は試験だね」

「おい待て! 冒険者ランクって狩った魔物のランクで上がるんだろう⁉︎ 俺たちはCランクのラットを倒した事があるんだぞ!」

「ランクを上げる方法については試験の後で説明するよ。はい、ついてきてー」

「くっ!」


 にやにや、にやにや。

 冒険者ギルド内のそのからかうような空気に、ようやく少年たちは気がついたようだ。

 母がにこやかに手を振るのを、面倒くさい気分で眺めながら中庭へと彼らを案内する。

 すでに彼らからは余裕の笑みは消えており、不快感を隠しもしない表情になっていた。

 受付カウンターから右側の通路を進むと、大きめの扉がある。

 その奥は宿屋の玄関ホールへと繋がっているので、ここで試験を受け、登録を済ませた後は宿への誘導だ。

 ……とてもどうでもいいが、宿屋の隣にはやはりルークトーズ一族の武具屋が建っている。

 宿屋で休んだ後はそちらへと誘導されるのだが、今の彼らはそんな事を知る由もない。

 扉の先にある広い運動場。

 ここで冒険者に必要な戦闘能力を測定される。


「じゃあ最低限の戦闘能力について調べるね。ラットを倒したっていうくらいだし、余裕だと思うけど」

「はあ? あったりめーだろう?」

「冒険者登録の試験は『個人』の戦闘能力を見るから、一人ずつ受けてもらうね。カモーン! ゴーレム!」

「「「⁉︎」」」


 ドッ、と大きな音がして、オリバーの足下に魔法陣が浮かぶ。

 その魔法陣が三つに分かれ、その三つの魔法陣からゴーレムが三体、生まれる。

 この世界の魔法はラノベあるある……本来ならば『詠唱』が必要と言われていた。

 そう、……──過去形だ。


(……ラノベ主人公以外は詠唱を使ってたけど、実は必要ないってパターンだったんだよな。試してみたら本当に必要ないんだもん)


 無詠唱で魔法を使えるか試してみた時、この場所で、魔法使いの冒険者アリエルという女性に教わっていた。

 オリバーが無詠唱で使ってみたところ使えてしまったものだから、彼女は悲鳴を上げてギルドホールまで戻り「オリバーが! 天才が!」とわけの分からない事を口走りながら大騒ぎ。

 その大騒ぎは、彼女の要領を得ない説明を理解したホールの冒険者たち、母や父、叔父叔母たち、従兄弟、祖父たちに至るまで瞬く間に広まり……まあ、あとは言わずもがなである。


「な、なっ……! なんで、え、詠唱もなしに⁉︎」

「さ、倒してみて。一人一体。大丈夫、総合レベルは20に設定してあるから」

「「「そ、総合レベル20⁉︎」」」


 総合レベルとは『生き物の持つ総合基準』の事だ。

 物理攻撃レベル、物理防御力レベル、魔力レベル、魔防御力レベル、俊敏レベル、総合運レベル……最低限、この六つがステータスに記載してある。


(ステータスは本人しか開けない。俺の今の総合レベルは──)


【オリバー・ルークトーズ】

 総合レベル:202

 物理攻撃レベル:15

 物理防御力レベル:10

 魔力レベル:35

 魔防御力レベル:32

 俊敏レベル:10

 総合運レベル:100


(……武器や防具が装備出来ればまた上がるんだろうけど……今の時点じゃ魔法関係のレベルアップくらいしか出来ないんだよな)


 なぜか生まれつき総合運のレベルはマックスだという100。

 もしかしたら、これが巨人のおっさんが言っていた『死なない加護』なのかもしれない。

 確かに運が100もあればそうそう事故死などしないだろう。

 ある意味『事故死』だった自分としてはありがたみがものすごい。

 なんにせよ、ステータスは努力次第で底上げが出来る。

 そして、今のオリバーはその努力を決して怠らない。


(彼女を救うんだ。そのためにこの世界に生まれてきたんだから。……相手はチーレムラノベのチート持ち主人公。万が一遭遇しても、きっと俺に勝ち目はない。……だけど……)


 簡単には負けたくない。

 だからもっと強くなる。

 そして──。


(そして……『彼女』を……エルフィーを……)


 彼女を、エルフィーを、救う。

 負けヒロインなどに、しない。


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