第26話
「綾奈ちゃんは生まれたとき、その網に引っかかってしまったらしいわ。彼女の母親と蓮華さんが友人同士だった縁で難は逃れたんだけど」
「個人情報は知られたってことですね」
「うん。その頃はタウゼントの結成以前だったから蓮華さんと僅かな霊術師で護衛してたみたい。上位ナンバーのアインスが近くにいればやつらも下手に動けないからね。相当牽制はかけたみたいけど……」
ここで真澄は言葉を濁していった。けれどそのあと何があったのかは察しがつく。蓮華がそばにいてもリベラシオンの憎しみは途絶えることはなかったのだろう。
そういえばと祥介は思い出した。
今朝、綾奈は教室で紹介されたあとすぐに席に座らなかった。不自然に教室を見回していたのだ。あれはきっと同じ年齢の人が集まった部屋が異質に見えたのだろう。二年前、祥介も同じことを思った。
「今のあいつの実力なら、学校に通っても問題ないってことか……とは言っても、学校に行きたいとか思うタイプじゃなさそうですね」
外見で判断するのは失礼だが、綾奈は「他人は不要」とか本心でいいそうである。
「その通り。学校に通うことは最後まで反対してたみたいよ。まぁ蓮華さんが決めたことだから、押し切られたみたいね」
綾奈でも蓮華に逆らえないことにあらためて母の偉大さを祥介は痛感した。
「そこまでして、母さんが名月をこっちに寄越す理由はなんなんですかね」
真澄の表情が一瞬固まったことに祥介は気付かずに続ける。
「そんなにこっちで人が足りてないとは思わないですけど、しかも貴重なソーサルナンバー。何か別任務的なものでもあるんですか」
「んー……あれば私にも聞かされてると思うから、単純に綾奈ちゃんのためなんじゃないかな。タウゼントのなかでも彼女ちょっと浮いてるからね、基本的に任務は即席で仲間と組むことが多いんだけど、あの子、人に合わせるの苦手みたいで。常時、同じチームで動いてるのは私達のところだけだから、経験を積むっていう目的があるのかも。紫崎さん以外は歳が近いし」
「確かに、チームプレーが出来る感じではなさそうだなぁ」
そういう意味では雪華と似た雰囲気はあるけれど、なんだかんだで雪華は合わせてくれることがあった。綾奈にその柔軟性があるとは思えない。
「決めつけはだめだよ。綾奈ちゃんも努力はするはずだから」
まるで祥介の心を読んだような台詞だった。
「あ、そうだ。この前父兄の方からお菓子もらったんだった。お茶にしましょ」
「それ俺食べていいんですか? 役員のみんなでの方が」
「大丈夫よ、弟なんだから」
真澄のいう弟という単語のイントネーションが変だった。まるで音声認識アプリが放つ奇妙なものだ。祥介を自分の弟として扱うのは彼女自身あまりよくは思ってないのかもしれない。
真澄が立ち上がって、お茶の準備を始める。
祥介は真澄の姿を視界に収めながら、綾奈の送ってきた人生を考えた。外に出ず、友達もいない日々は寂しかったのだろうか。祥介も似たような日々を過ごしたが、何より真澄がそばにいたし、雪華もいた。決して一人ではなかったのだ。
彼女の人生を、自分との共通点として括ってしまうのは少し違う気がした。歳が近い相手がそばにいるというのは心境は変わってくるはずだから。
もし、ずっと両親とだけだったならば、孤独の辛さはなくとも一抹の寂しさはあったかもしれない。それはきっと他人が共感することが出来ない部類の感情だった。
そして同時に、祥介は綾奈の生き方を通して別の感情が再燃していた。
「やっぱり、間違ってますよね」
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