第13話
「雪華。あれ、見えるか」
前を歩く雪華に反応はない。
無視されるのはいつものことだが今回はそうもいかなかった。チリチリと神経が過敏に反応している。祥介がもう一度名を呼ぼうとしたそのときだった。
突然、白ローブがこちらに向かって走ってきたのだ。
前傾姿勢でやってくる速度は霊術師の
「雪華っ!」
祥介が叫ぶが、気付くと雪華の姿はなかった。
それだけじゃない、僅かにいた清賴生の姿も見えなかった。既にここは敵の領域内。人払いの結界に気が付かないなんて呆けているにも程がある。祥介は自分の未熟さに舌を打った。
高速でやってくる白ローブの手に鞘に納められた日本刀が現れた。独特の鍔鳴りが耳に残る。
祥介と白ローブの距離は残り数メートル。後悔している暇などなかった。思考は捨てろ。長物の武器相手は初めてじゃない。
祥介がそう考え身構えた瞬間、白ローブの走ってくる速度が急激に上がった。
「くっ!」
全力で走ってなかったのか。
祥介の緊張が加速する。
この距離は、まずい。
武器には必ず間合いが存在する。
自身の攻撃を発することが出来る有効範囲といえばわかりやすい。それが達人レベルにまで達した間合いはもはや、死の領域だ。安易に踏み込めば一瞬で命が奪われる。
白ローブが柄に手をかけたと同時に、祥介は後方へ仰け反りながら跳躍した。
高速の抜刀。刀身の切っ先が祥介の首元をスレスレで通り抜けた。
地面に転がりながら態勢を立て直し、祥介は即座に次の動きに対応しようとするが、白ローブは追撃することなく立っていた。
磨かれた乱れ波紋の刀身に祥介の顔が映る。無意識に自分の首を撫でていた。繋がっていることを肌で感じたかったのだ。回避があとコンマ何秒遅ければ首が落ちていたことは間違いない。
祥介は立ち上がり、構える。
白ローブは動かず祥介を観察するように見つめている、気がした。
何しろローブについたフードで顔がまるで見えないのだ。いくら深々と頭を覆っているとはいえ、全く素顔が見えないのはおかしかった。
それにあれだけ早く動いたにも関わらずフードは微動していなかった。特殊な霊術かもしれない。あのローブの上からは迂闊に殴れなかった。
「あんた、リベラシオンか?」
祥介が動きを見せない白フードに問いかけた。
「千里術に関わった奴か」
千里術とは昨日のヘッドギアに使われた霊術である。ちゃんとした名前があるにも関わらず、使われていた用途はしょうもないものだったが。
祥介の声に白ローブは反応を示さなかった。
可能性としては、昨夜捕まえた男に霊術を教えた霊術師である。昨日のスーツ男は巻き込まれ型の霊術師とみて間違いはない。
ちゃんとした訓練を受けずに霊術師となった者たちは巻き込まれ型と区別され、大抵はちょっと身体能力があがるくらいでたいした脅威ではなかった。
霊術は簡単に強くなれるようなものではない。リスクもあるし、相応の厳しい鍛錬がなければ使いこなすことはできないのである。
しかし、祥介は問うてはみたものの昨日の一件とこの白ローブは無関係だと感じていた。
ただの直感に過ぎないが、目の前の霊術師には美しく洗練されている印象を受けた。巻き込まれ型などわざわざ使わず、自らが動くことが絶対だという自信に充ち満ちている。同時にこの感じはどこかで、と既視感も覚えていた。
構えは解かずに、自分の記憶に意識を向けていると耳に聞こえてきた声があった。
「……話にならないな」
口が見えないため白ローブが発した声だと断言できなかったが、それは確かに祥介の前から聞こえた。心底、相手を侮蔑するようなため息とともに男の低くこもった声だった。その声に気を取られた隙に、白ローブは祥介の眼前に迫り、刀を横一文字に切りつけてきた。
「っ!」
身構えていた祥介はこれをギリギリで回避するも、今回はそれでは終わらなかった。白ローブは瞬時に次の行動に移り、容赦なしに斬りつけてくる。
一之太刀、二之太刀、三之太刀。次から次へと繰り出される連続斬りを祥介は後方へ下がりながら回避する。
「おい、あんたっ一体……」
何が目的だと言うつもりだったがそこまで余裕はなかった。
既視感は同時に違和感でもあったのだ。
それは襲うにしてもこんな白昼堂々と、しかも祥介だけを狙ったこと。
確かにチーム内での力量は間違いなく祥介が一番下だ。新米で場数の数が極端に少ない。弱い者から叩くというのは勝負の世界では定石といえた。
だが、そうだとしても計画がお粗末過ぎだった。人払いの結界を張ったのも距離はあったが雪華が前方にいた時だ。いきなり祥介が消えたことに雪華が気付かない訳が無い。
相対するほどこの男の実力が本物だとわかる。持っているものとやっていることの矛盾が激しすぎたのだ。
紙一重で躱していた斬撃がついに祥介の腕を捉えた。切っ先がわずかに二の腕を抉る。かすり傷程度に思ったが、存外傷から血が噴き出した。
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