第14話

 祥介の態勢が崩れたことを白ローブは見逃さない。

 白ローブは即座に刀を引き、半身の状態でその切っ先を祥介に向けて構えた。そしてバイオリンの弦を弾くような高音とともにその刀身に何かが纏い、収束し始めた。


 否応なしに迫ってくるその威圧と同時に、祥介は先ほどからの既視感の正体に思い至った。それはなぜすぐに思いつかなかったのか不思議なくらいだった。

 

 目の前の白ローブ姿の構えが、母である蓮華の姿とダブったのだ。


 ついに繰り出された超速の突きは、軌道上の地面を割りながら祥介の心臓へと一直線に進んできた。技が出る前に大きな隙があるのはフェイクだ。

 身の丈を超えたランスを使う蓮華の槍術で最も恐ろしいのは、発動から結果に至るまでの速度。隙が出来たと思って懐に飛び込んだら最後、気付いたときには全身がはじけ飛ぶ。


 初見だったならば、間違いなく祥介の身体はバラバラになっていただろう。

 

 だが、祥介は本能的に右に飛び、その突きを躱していた。白ローブの放った突きは威力が空気伝染するように切っ先から進行方向へ轟音と共に地面を抉り続けていった。

 祥介は無防備になった刀を上から勢いよく踏みつける。刀の峰を押さえられた白ローブの身体が僅かに前のめりになったところで祥介は相手の顔を目掛けて殴りにかかったが、その拳を眼前で止めた。


「身体武装を解け。ここからじゃ次の手は俺の方が早い」


 そう言った直後、祥介の拳速か、それとも自身の技からか、白ローブのフードが後ろに落ちた。


「……え?」


 その素顔を見て、祥介は思わず疑問の声が漏れた。

 白ローブの素顔は銀髪の少女だったのだ。よく見ると彼女の高身長に思えた背丈は十センチ以上低くなり、体つきも少女らしい細く華奢なものになっていた。


 突然の風貌の変化に驚くよりも先に、祥介はその美しさに見とれてしまう。

 歳は、同じくらいだろうか。少なくとも雪華よりは上だと思う。少女とは言っても顔つきに幼い印象はなかった。肩口まで伸びた髪はその片側が一部三つ編みになっており、西洋人形のように白く整った顔は美人という単語以外に形容出来る言葉が見当たらなかった。

 しかし、祥介にはどこか目の前の少女が現実離れしすぎているようにも感じられた。本当に生きているのかと疑問に思ってしまうほどに、無表情で感情がないように思えたからだ。


 祥介が見つめていると少女の全身から纏われていた霊気が消えたことを感じた。身体武装が解かれたことで祥介の警戒が一段階下がる。


 身体武装は内なるエネルギーである霊気によって、感覚、運動能力を極限にまで高める霊術である。個人差はあるが、普通の人間と比較すれば三倍以上の力を得ることができるものだ。これを使わなければ霊術師との戦闘は話にはならないので霊術の基本となる術だった。

 どんな手練れでも身体武装の発動には僅かな時間を有する。それはほんの刹那だが、この近距離でその一瞬を見逃すほど祥介は素人ではない。


「すぐに俺の仲間が来る。抵抗しなければ悪いようにはしないよ」


「……どうして拳を止めたの?」


 先ほど聞いた声とは打って変わって無色透明のような声だった。それは容姿通りのまるで感情が含まれていなかった。


「不自然だったから、かな。本当に敵かどうか判断したかったんだ。あんた、リベラシオンじゃなさそうだけど。どこか所属しているのか?」


 霊術は元々、リベラシオンを創設したメンバーが編み出した技術だ。けれど、霊術師=リベラシオンという構図はもう昔の話である。組織を抜けたフリーの霊術師や祥介たちのタウゼントのように新たな組織を作った人もいる。


 祥介の言葉を聞いて少女の瞳に疑念の光が差した。祥介はなんとなく安堵した。目の前の少女はちゃんと感情を持つ人間ではあるようだ。

 少女は数秒の沈黙を要したあと、ため息交じりに呟いた。


「本当に、調書通りとはね」


「何?」


「馬鹿だって言ったのよ」


 突然、祥介の視界が急転する。

 ジェットコースターに乗ったような感覚だが気分は最悪だ。自分が回転しながら空に打ち上げられたことはすぐにわかった。

 少女はあろうことか力ずくで刀を持ち上げて、上から刀を押さえ付けていた祥介の身体を舞い上がらせたのである。


「うおぉぉ!」


 抵抗するが回転が止まらない。

 あり得なかった。祥介は会話をしながらも神経をすり減らすほど集中していたのだ。身体武装による人間離れした身体能力は霊気を纏わなければならない。その兆候が僅かでも見られれば先手を打つつもりだった。その自信があった。見逃すはずがない。

 

 あの少女は絶対に、身体武装を使っていない。

 

 やっと身体が止まり祥介は下を見て唖然とする。目算でも上空百メートルは吹っ飛ばされていた。空からの桜並木がまた違った美しさを見させてくれる、なんて思っている余裕はなかった。筋力だけでこの距離はおかしい。何か別の霊術かなにか。


「どこ見ているの?」


 耳に届いた声に祥介は顔を上げた。そこには先ほどの少女が刀を振りかぶっており、祥介のいる位置は完全に少女の間合いに入っていた。

 祥介は身を引くが空中ではたいした距離はかせげない。


「チェック」


 少女の無機質な声と同時に風を切る音が鳴った。


 駄目だ、られる。


 祥介がそう確信して眼を閉じたたときだった。

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