第9話

 真澄は仕方ないなとため息をついたあと悠雀に聞いた。


「まぁ祥くんのことはあとで咎めるとして……これでくだんの事件は終わりでいいですね」


「うん。あとは彼らの仕事だ、ってもういないし」


 後々、真澄に説教されることを憂鬱に思いながら祥介は周りを見るが、いつの間にかシルトの三人は消えていた。

 そこまで見届けたあと、雪華は何も言わずに去って行く。雪華、と一度呼ぶが振り向くこともしなかった。


「相変わらず孤高を生きてるね、あの子は。仏頂面は可愛くないのに」


 面白そうに悠雀が言う。


「もう少し、あなたの軽薄さを教えたら良かったんじゃないですか。紫崎先生」


「教えたつもりなんだけどねぇ」


 真澄の嫌味に悠雀は肩をすくめて見せるだけだった。

 

 悠雀は雪華に霊術を教えた師匠にあたる男だ。

 祥介と真澄の師匠は祥介の母親である桐谷蓮華きりたにれんかである。何故、雪華の母親でもある蓮華が霊術を彼女に教えていないか。それは簡単な話で、もう最悪と言っていいほどに二人は仲が悪いからだった。

 ロンドンに滞在している蓮華はたまに日本に帰ってくるが、二人は会話もしなければ、眼も合わせない始末なのである。好きの反対は無関心なんて言葉があるがあの二人を見ていると言い得て妙だった。


 喧嘩の原因は雪華が霊術師になることを蓮華が反対しているかららしいのだが、詳しい経緯は祥介も知らなかった。


「あー……じゃあ俺も帰ります」


 真澄は追求せずに頷いてみせる。いつもからかってくる悠雀も今日だけは大人しい。

 祥介たちは全員、同じマンションに住んでいるので別々に帰っても行き先は同じなのだが、今日の夜だけどうしても一人になりたかった。

 もしかすると、雪華も同じだったかもしれない。彼女も四月一日という今日の日付には思うところがあるはずだから。


 小さく頭を下げて、祥介はその場をあとにする。去り際、悠雀が「良い夢が見れるといいね」と言ったが聞こえていないふりをした。

 夢は見ない。四月一日の夜は絶対に。


 誰もいない、静かな街を歩く。

 路地を抜けて大通りに出ても人の姿はなかった。騒ぎにならないように悠雀が人払いの結界を敷いているからだ。どれだけの距離があるかわからないが今、この限定された空間のなかにいるのは祥介たちだけだった。

 繁華街は煌びやかな灯りを主張し続けているが音はなかった。無音の光だけが灯る世界は、心地よくもあれば奇妙で落ち着かなくもある。

 

 空には霞んだ光を放つ満月が照らしている。まるで針で空を一突きしたような光で回りの星は僅かにも見えなかった。

 十年前の四月一日。日本史上に名を刻んだ大規模な災害が起こった。死者二千人以上を出しながらも原因不明と言われた大災害。祥介と雪華はあの地獄を生き残った数少ない被災者である。


 他愛もない嘘が飛び交う日に起きた悲劇。誰もが嘘であれと願った現実。


 世間ではあの災害を『エイプリルフールの惨劇』と呼んでいた。


 そして。


「俺が……親父を殺した日、か」


 どれだけ足を進めても、どこにもたどり着けない気がした。

 それは延々と回り続ける時計の針のように、盤の上をいつまでも歩いている気分だった。

 いつまで俺はここにいるのだろう。

 いつまで、俺はここにいていいのだろう。祥介は自嘲的な笑みを浮かべて家路を進んでいった。




 そんな祥介から推定にして二百メートル先。誰もいないはずのビルの屋上。

 

 そこに立っていた銀髪の少女の視線に、祥介が気付くことはなかった。

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