第8話

 祥介と雪華が雑居ビルを出ると、空はもう完全に夜になっていた。ビビット色のネオンが眩しい。おかげで空を覗かせる星の光が霞んでしまっているように見えた。


「二人とも、怪我はないみたいね」


 雑居ビルの外で待っていた女性がにこやかな声で言った。


「こんな素人の集まりにどんな怪我するのよ」


「いつも言われてるでしょ、雪華ちゃん。油断は災いの付きものよ」


 雪華の悪態に彼女は笑顔のままで応えた。


 雪凪真澄ゆきなぎますみ。彼女は祥介の一つ上の先輩で姉弟子にあたる人だ。艶のある茶味がかった髪は、任務のときは結わえているのにすでに解いていた。それは全て終わっているという証だろう。

 雪華は師匠が違うので彼女にとって真澄は姉弟子ではないのだが、真澄いわく雪華とは祥介よりも前から仲良く研鑽してきたらしい。

 正直、それにしては二人は仲が良いようには見えなかった。正確には雪華が真澄を一方的に嫌っているという印象だが。


「それにしても、まさか自分のアジトに転移させるとは驚きだったわね」


 呆れるように真澄は苦笑してみせた。


「せめて転移したあと束縛する霊術でも施せば違ったかもしれないけど」


「そんな器用なことあいつらには出来ませんよ」


 祥介の指摘に真澄はそうね、と頷いた。

 

 元締めのアジト発見、制圧は真澄が担当していたことだ。首謀者である先ほどの男の存在は割れていたのだが、行方をくらまし続けていたのだった。匿っているであろう彼の所属する組織の上役と真澄が交渉している最中だったのだけれど、こんな形で解決するとは。

 一応、聞いてみる。


「それで、例の男は?」


「話はついてたからね。パパーンッと退治しておしまい。誰から霊術を教わったのか聞き出すのはシルトの皆さんに任せましょ」


 真澄はウインクをしながら拳を突き出して見せる。高校ではアイドル並の人気を誇る彼女の魅力はこういう素で見せる可愛さなのだろう。これで何十人の屈強の男を伸してしまうのだから怖い話だった。


「祥くんは大丈夫そうね。今日、顔合わせてなかったから心配だったんだけど」


「まぁほとんど雪華が働きましたから」


「そっちじゃなくて、さ」


 真澄と眼が合う。一瞬の沈黙が横切り、祥介は苦笑しながら目を泳がせた。

 彼女が何を言いたいのかはすぐにわかった。


「おやおや。お揃いで」


 そこへやってきた新たな声に三人が顔を向けた。


 雑居ビルから出てきたのは和服姿の男と全身黒ずくめで口元を黒い鉄仮面で覆った三人だった。三人のうちの一人は先ほどのリーダー格の男を肩に担いでいる。

 

 黒ずくめの彼らは真澄が言った『シルト』と呼ばれる隠密部隊だ。

 様々なサポートや裏方の仕事を任されており、構成員がどんな人なのか真澄ですら知らないという謎の人達である。今頃は先ほど祥介たちが踏み込んだマンションの後処理もやってくれているはずだ。

 この人たち抜きでは任務は成立しないわけだが、なんせ話しかけても笑いかけてもウンともスンとも言わないので本当に人間なのかと疑うほどであった。申し訳ないが、ちょっと不気味な方々である。

 

 そして和服姿の男は紫崎悠雀しざきゆうじゃく。この男の指揮の下、祥介、真澄、雪華の四人が任務を行うチームだった。長身で自称三十歳としてる悠雀だが、見た目はあと五歳若くても十分いけるだろう。

 悠雀は扇子を懐から出して口元を隠してクスクスと笑う。明らかに祥介を見て笑っていた。


「なんだよ、紫崎」


「だって祥ちゃん。中学生のお風呂覗いたんでしょ」


 その唐突の暴露に祥介は眉を寄せて唸る。

 まあ。と真澄は驚いてみせた。


「違う違うっ。中身を確認しただけで見てねぇよ。確認は必要だろ」


「女の子を盗撮してるのは明らかなんだし、祥ちゃんがしなくてもねぇ」


「そうですね」


 悠雀が求めた同意に真澄が答えた。


「いやいやいや……」


 雪華に助けを乞うが、眼も合わせずぷいっと顔を背けられてしまった。まぁ軽く見えてしまったのは事実ではあるのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る