第7話

 フラフラとおぼつかない足取りで、男は階段を登っていった。


 撃たれた。撃たれた。撃たれた。


 肩口が焼けるように熱い。痛みはほとんど感じないが内側から炙られているように熱がどんどんと強くなっていく印象だった。


 聞いていない。あんなに強い霊術師がいるなんて聞いてない。


 男は裏の世界ではそれなりに名の知れた男だった。あと十年もすれば大組織を任されるはずの人間だっただろう。

 しかし、彼は手を出してはならないものに手を出してしまっていた。


 転がり込んだ部屋を進み、男は電話を掛ける。無機質のコール音が鳴り続ける。一つなる度に受話器を握る手に力が入った。

 早く出てくれ、早く。

 ようやくコール音が止まった。電話口の向こうに人の息遣いが聞こえた。


「親父っ! 親父かっ! 頼みが……」


「霊術には触れるべからず」

 

 受話器越しではなく、部屋の中からその声は聞こえた。聞いたことがない女の声。一声でわかるいい女の声だった。男は顔を上げてゆっくりと振り返った。


 そこには長く艶のある茶色がかった髪を結わえた女が立っていた。

 まだ若い。二十歳にも満たない高校生のようだったが、その端正な顔立ちの女は柔らかく吸い込まれるような美しさだった。


「あなたの住む世界では、そういう言葉があることを、ご存じでしたか?」


 諭すように女は言う。お前は誰だと問う前に受話器から声が聞こえた。こっちは聞き慣れた声だった。


「駿弥。悪いが、ここで終わりだな」


「親っ……」


 電話は唐突に切られ、男は受話器を床に落とした。傷口から途端に熱が奪われていった気がした。


「親元は残念がってましたよ」


 その声はもはや、男の耳には届いていなかった。

 全てを失った。

 どこで間違えていたのか。その理由と答えを探し、探し、探し、けれど納得のいく答えなど見つからなかった。

 すると突然、男から強烈な威圧が放たれた。男の出した結論は生き延びることだった。それは思考の帰結というより、思考放棄の先の生存本能だっただけかもしれない。


 男は身体武装で強化した身体で動き出す。目の前の女を殺して、その後は。

 刹那、男の視界が急速に揺れる。何かにぶつかったような衝撃を受けたのはわかったが、すぐに何もわからなくなった。

 男は最後まで気付かなかった。百人以上の部下を配置していた雑居ビルに、誰ひとりとして駆けつけてこなかったことに。


 そして、目の前のたったひとりの少女にビルを制圧されていたことに、彼は気付くことなく意識を失った。

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