第5話

「返せよっ!」


 少年が焦りと羞恥心を混じり合わせた顔で動き出した瞬間、雪華の裏拳が少年の頬へまともに入った。細腕で繰り出したとは思えないその威力に、少年の身体は吹っ飛ぶように壁に叩きつけられる。


「好きな子のプライベートを見られて良かったわね。死ぬほど気持ちが悪いけど。あー気持ち悪い」


 少年は雪華の侮蔑の言葉に何も言えないようだった。頬に受けた打撃よりも受けた傷は深いように見える。

 それにしても雪華の嫌悪感はいつも以上に強いように感じた。そういえば、この少年と雪華は同い年の中三だったと思い当たる。これまでは中年か若くても大学生だったので、他人事と割り切れないのかもしれない。依頼があったのも、先ほどの映像の子とは別の中三女子からだし。

 とはいえ、少年のフォローは入れておく。


「雪華。一応、彼も被害者の部類だぞ」


「冗談でしょ」


 フォロー空しく即答で言い捨てられた。すると、雪華はハンドガンの銃口を少年に向ける。少年はひっと悲鳴を上げて頭を抱えた。


「これを買った先の連絡手段は?」


「し、知らない知らないっ! 駅の近くで会って、それから何回か会っただけなんだよ」


 さすがにこの状況で嘘はつけないだろうな。


「多分、同じ相手じゃないか?」


「そうね」


 雪華はそう呟くと静かに撃鉄を落とした。少年は叫び声を上げて死にたくないと何度も小さく連呼している。


「あー、君。その、すごく痛いだろうけど死ぬわけじゃ」


 祥介の言葉は言い終わる前に雪華の放った銃声にかき消えてしまった。弾丸は少年の側頭部にあたり、不自然に引っ張られたように床に倒れた。思わず呻いてしまう。


「うわ……お前、頭に当てるなよ。後遺症残ったらどうすんだ」


「知らない。そのまま死ねばいいんじゃない」


 他人事のように言うと雪華は机の中や部屋を物色し始めた。霊符が他にもあるかもしれないからだ。霊符さえあれば、違うヘッドセットでも同じ映像が見られるのである。

 

 ヘッドセットに目を落として祥介はため息をつく。

 女の雪華には当然許せるはずがない行為だろうが、男子中学生にとってはこいつは悪魔の囁きになりえるものだ。

 可愛いクラスメイトのプライベートが見れますという広告商品。果たして手を伸ばさない子がどのくらいいるだろうか。


 いや、ダメなんだけれども。

 

 子どもなら理性よりも前に迷うのは無理もない気もするのだ。何より憎むべきはそんな純粋な欲求を金儲けに使っている連中である。

 霊術の本来の意味は人を救うためのものであって、こんなことに使うものでは決してない。そう思いながら祥介がヘッドセットの霊符を剥がしたときだった。

 

 祥介の視界に奇妙な変化が現れた。まるで絵の具で滲ませるように徐々に部屋が少しずつ変わっていく。


「おいおいおい。なんだこれ」


 雪華も気付いてため息をついた。

 そのあとすぐに、二人の姿は少年の部屋から消えてしまった。

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