霊術師 任務
第3話
扇形に広がった高級マンションの一室の扉の前で
当然錯覚ではあるのだが、今の精神状況ならばなんでも信じてしまいそうになる。もう指では数えられないくらい同じ経験をしているはずなのに、いざとなるとこうして緊張してしまう。自分のメンタルが軟弱なのか、自分の周りにいる仲間が強靱なのか。後者であってほしいものである。
カシャンと小気味のいい金属音が鳴った。
隣りに立つ妹が拳銃のスライドを弾いて弾を装填した音だった。
「緊張し過ぎ」
身体の芯を凍らせるような冷たい声で言われた。
二つ年下でこの四月、中学三年と進学した妹の
まぁ誰に対しても厳しい物言いなのだが、兄に対しては一層向けられる刃が尖っているのだ。妹であり、霊術師として先輩でもあるという複雑な立ち位置が理由だと思いたい。
祥介は精一杯の力を込めて声を震わせないよう言い訳をした。
「他人の家に踏み込むのはやっぱり気後れするだろ。今回は何も知らない家族も住んでるわけで」
「いいじゃない。後学の為に聞いておきたいわ。どう育てればあんな腐った子どもになるのかってね」
「……まぁ、親が全てではないけどな」
というより、雪華に母親になる意識があることに驚きだった。後学とはそういう意味だろうし。
その発言は怒られそうなので黙っておくことにしよう。なんて思ってる間に、雪華は躊躇ない動作でインターホンを鳴らした。
まだ心の準備が出来てないのに、と思うと同時にスピーカーから「はい」という平坦な女性の声が届いた。
「七階の添田です」
雪華が自分の声ではない声で言った。
添田とは祥介達のターゲットである母親の友人の名前だ。もちろん、インターホンのカメラも細工済み。極力、穏便に済ませるための手段である。ちょっと待ってね。という疑った様子もない声でスピーカーの声は途切れた。
霊術を使えば特定の声を話すことは可能だった。あんまり長い間話すと地声に戻ってしまうが今のように一言なら問題ない。
扉が僅かに開いた瞬間、雪華が力ずくで扉を無理矢理開かせると、四十歳半ばくらいの女性が前によろめいた。
彼女からすれば理解出来ない光景だったはずだ。友人だと思って外に出た瞬間、十代の女子に銃口を向けられているのだから。
迷いなく雪華が発砲した弾は女性の胸に直撃し、彼女は映画のアクション俳優さながら後方へ大きく吹っ飛ばされた。この痛ましい絵を見るのはもううんざりである。
「なぁ……これ違うやり方ないのかよ」
「前回は下手に話して警察呼ばれたでしょ。この場合、交渉は無意味」
祥介の苦言を一蹴し、雪華は土足のまま家の中へ入る。ため息をつきながら祥介もその後に続いた。
廊下で横たわる母親であろう女性のそばを通り抜ける。目が覚めれば前後の記憶は無くなってるわけだが、乱暴に箱へ詰めるようなこのやり方に祥介は納得が出来なかった。
雪華の言うように綺麗事だけで丸く収まらないこともわかっているのだが。
ていうか、銃声は大丈夫かな。
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