呪術店のコスト

「そうは言いますけど、せっかく足を運んでくださったのですから、出来る限りのサービスでおもてなししたいじゃないですか」


「もてなす方向が間違ってるのよ。そもそもあんた、そのお人好しな性格の癖になんで黒呪術師なんかになったの?」


「いやぁー、ママから『黒“魔”術師になれば冒険者からもパーティとして重宝されるから』って勧められて魔法学校に願書を出したんですけど、間違って黒“呪”術課の所にチェックを入れてたみたいなんですよねぇ」


「……それ普通気付くでしょ。なんで途中で学科変えなかったの?」


「先生から『授業で使うから牛の首用意しろ』って言われたあたりでおかしいと思ったんですよ。でもその頃には私、呪術の成績が学園史上でもトップクラスになってたらしくて、転科出来る空気じゃなかったんです」


 誤って入学した呪術課程だったが、シャリィの黒呪術師としての才覚はそこで爆発的に開花する。彼女の名前は学園のある王都エキドサラムでも一時話題になり、今でもその筋では知る人ぞ知る程の存在らしい。その後彼女は通常の修業期間である三年を一年以上も短縮し、飛び級で卒業。しばらくして生まれ故郷であるサックの町で開業したのだが――


「で、その学園史上トップクラスの看板掲げているにも関わらず、経営は一向に上向かないと」


 その一年後の現在、同じく王都の大学で経済を学んで帰郷してきたナターシャは、シャリィからいつまで経っても店の経営が軌道に乗らないと相談を受ける。そこで商業の現場を体験するという意味合いも兼ねて、友人価格でこの店の経営状態の立て直しに協力する事にした。


「そうなんです。先月はお手紙だけのやりとりですけど、前払いで10万ネッタのお仕事をさせて頂いたんですよ。今度こそ黒字かなって思ったんですけど」


「じゅ、10万? 本来ならそれだけで余裕で暮らしていけるじゃない。それでどうして赤字なのよ?」


「何ででしょうね~? この通り帳簿はしっかりつけているつもりなんですけど」


 棚から取り出した羊皮紙で製本されたノートをめくりながら、首を傾げるシャリィ。ナターシャはそれを覗き見て、即座に顔をしかめる。


「ねぇ、この『光熱費:6万ネッタ』って何?」


「あ、これはですね。店内を飛んでるカラスちゃんとコウモリちゃん。あれ、そこの幻舞岩げんぶがんを粉上にした物に呪術をかけていぶす事で命を持つんですけど、これが結構なお値段な上に消費も早くて、毎月1kgくらい使っちゃうんですよねぇ」


「……ちなみに、その幻舞岩って1kgどれくらいする訳?」


「えーと……5万くらい?」


「ご……私の給料より高いじゃない! 消せ! 今すぐこれ消して、残った分フリマに出せ! それだけでかなり赤字が減るじゃないのよ!」


 ナターシャは先程まで客の為に用意していたポットを持って中身のルイボスティーを光源にかけようとし、シャリィに抱き着かれ止められる。


「ままま待ってください~! この長屋ボロボロだから、それを誤魔化す為と来店されたお客様が楽しめる為のサービスで、これは言わば必要経費でして――」


「不必要! 蝋燭ろうそくで十分でしょうが! 消火ぁ!」バシャー


「駄目! 駄目ですってば水に濡れたら全部が使い物にならなくなっちゃうあああ~!」


「はぁ!? それを先に言いなさいよ馬鹿! 大体あんたは――」


ガチャ「失礼。宜しいですかな?」


「「あ……」」


 突如ドアが開いて外の光が差し込み、1人の老紳士が顔を覗かせる。急に明るくなった室内を確認する老紳士の目には、空のポットを振り上げて眉を吊り上げる半獣人と、それにすがる様に抱き着く女性二人の姿が映った。


「……いや、取り込み中のようですな。他を当って――」


「あああ待って待ってください~!」


「い、いらっしゃいませお客様~! だ、大丈夫ですのでどうぞこちらへ……!」


 半分開いたドアを閉じて立ち去ろうとする老紳士を二人は慌てて引き止め、ナターシャは席に案内し、シャリィは蝋燭で明りを急ごしらえした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る