サービス過剰な黒呪術師と魔痣の令嬢

なぎの みや

商売下手な呪術師

 商業と冒険者の交流が盛んな国、エマードエ王国。その中心部から大きく離れた辺境の町、サックの町へと一台の馬車がその歩を急がせていた。揺れる車内には、住所録の様な冊子に目を通す老紳士が一人。そこに羅列された殆どの名前の横には「×」と手書きで追記されており、頁をめくるその表情には少々の疲れが浮かんでいた。彼が向かうその先は――




 繁華街から一つ通りを離れた、町はずれの一角。『Schally‘s curse shopシャリィの呪いの店』と書かれた看板がぶら下がった一枚木のドアの向こう側。その薄暗い店内には、客と思われる男性とその相手をする女性二名が、三者三様の表情を浮かべながら対峙していた。


「……はい。あいつはいつもいつも僕の出世の邪魔しやがって。あいつの家は僕と違って裕福だから、働かなくても生きていけるはずなんです。それなのに僕より熱心に仕事に取り組んで、どんどん良いポストに就いていって……」


 陰鬱な顔で同僚への逆恨み的な言葉を並べる客の男性の話を、柔らかな表情で頷きながら聞き耳を立てる女性。室内だというのに大柄な三角帽子を被った彼女、この店の店主である『シャリィ・ルクルシス』は、その柔和な面持ちを崩さずに男性客の依頼を要約する。


「なるほど、つまりその方の出世を邪魔したいという事ですね?」


「はい。何とか奴の鼻を明かす事が出来たらと思いまして」


 男性の悪意に調和するような暗然たる室内には、おぼろげな姿形をしたからす蝙蝠こうもりが音も立てずに羽ばたいている。その雰囲気に押されてか、彼の恨み言はますます饒舌になっていく。


「いつもいつも僕を嘲笑う様に次々と仕事をこなしていくあの男を見る度に、僕のプライドはズタズタに切り裂かれていくんです。出来る事なら呪い殺して欲しいくらいで……」


 シャリィの斜め後ろに立ち、二人の会話を紙に記録しながら聞いている眼鏡をかけたもう一人の女性。頭に猫の様な耳を生やした彼女は、店内を飛び回る淡い羽が視界の端に映る度に訝しげに眉をひそめている。


「そうですか。心中お察しします。しかしご存じの通り、この国の法律により呪殺は固く禁止されています。ですので、復帰不可能なくらいに社会的に抹殺しちゃいましょう♪」


「まっさ……は?」


「最近仕入れた呪術なんですけど、七日間かけて体がヨヅノオオゴケグモに変化し、更に七日後に元の人間に戻る、というのを延々と繰り返す呪いなんて如何です?」


「ヨ、ヨヅノ? いやあの――」


 男としては悪戯程度の軽い気持ちで来店していたのか、初めて聞く呪いの具体例に少々身をたじろがせる。しかしシャリィは男の様子に構わず説明を続けた。


「ヨヅノオオゴケグモの特徴である四つの大きな突起が皮膚を突き破って出てくる様や、逆に人間に戻る時に角や節足が壊死していく様子は、それはそれは見応えありますよー♪ あ、でも本人には何の苦痛も無いのでご安心ください」


「いや、あの、別にそこまでは……」


「本来オプションなのですが、初回サービスという事で、それぞれの食の嗜好を入れ替える呪いもお付けします! 人間時にはオオゴケグモの主食である腐肉を好んで食べるようになりますから、これはもう引き篭もり確定ですね♪ お金持ちとの事なのでそこもまぁ問題無く――」


 ガタッ「ししし失礼しました! やっぱり結構で――」


 シャリィの話を遮るように立ち上がった男性は、その足で一目散にドアへと向かう。しかし先程まで会話を記録していたスーツ姿で眼鏡の女性が素早く回り込み、引きつった笑顔で客の退出を阻止する。


「お、お客様~? 申し訳ありませんが、当店では相談料として一律1000ネッタを頂くシステムとなっておりまして……」


「1000ネッタ? は、はいどうぞ! それじゃすみませんでした!」


 男性は震える手で財布から紙幣を一枚取り出し彼女に手渡し、振り返りもせず店を後にした。それの一連のやり取りを見ていたシャリィは頬を膨らませながら猫耳の女性に詰め寄る。


「ちょっと~シャケちゃん! 相談料なんて私の店では頂いていませんよぉ。あんな事しちゃったら、あのお客さん二度とうちに来てくれなくなるじゃないですか」


「どの道あんなエグい呪い提案されたら、あの客二度と来ないわよ! あとその略し方やめろ!」


 シャケちゃんと呼ばれた半獣人の女性、『ナターシャ・ケイドリッジ』。シャリィの幼馴染でもある彼女は、この店の助手兼経営コンサルタントとして数日前から彼女に雇われている。

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