第13話 黄昏の少女

 二人は注文を決めるとウエイトレスに頼んだ。

 重斗は来るまで特にすることもなく、腕を組んでじっと待っていた。すると――


「やあやあ、諸君、ごきげんよう。さっそくで悪いが、今からこの店はオーディナリ・ファミリーの貸し切りだ。痛い思いをしたくなかったら、出ていきなっ!」


 ガラの悪い集団が、ヘラヘラとした笑いを顔に張り付けて店内に入ってきた。

 一番偉そうな態度の男が、店内に響く声で言う。


「ちょ、ちょっと、なんですか、あなたたちはっ!?」


 突然の珍客に、お盆に厚いステーキとりんごのパフェを載せた先ほどの浅黒いウエイトレスが、驚きの声を上げる。


「――【ウインド】」


 偉そうな男がそう唱えると、ウエイトレスが巻き起こった風に吹き飛ばされた。

 短いスカートが捲れ上がり、黒い下着が露わになる。


「あっ! 私のパフェ!」


 吹き飛ばされたことで、ウエイトレスの手から離れたお盆が宙を舞う。その上に載っていた料理と合わせて。

 それを見たデルニが、悲痛な声を上げる。


「――浮け」


 腕を組んだまま、重斗はただそれだけ言った。

 宙を舞っていた料理が、少しも零れることなくテーブルに綺麗に並べられる。


「あ、あれ痛くない?」


 尻からゆっくりと床に降りたウエイトレスは、衝撃が何もなかったことに首を傾げた。


「てめぇ、一体何しやがったっ!?」


 何が起こったはわからなかったが、誰がやったのかはわかったのだろう、偉そうな男が重斗たちが座る席の前までやって来た。


 途中、男の着ていた安っぽいコートの裾が、別の席に置かれたレモネードを引っ掛けて床に落とした。


「お前はまず、彼女に謝罪すべきだ。――早急にな」

「あぁ? どういう意味 ――ぐふぉあっ?!」


 男は最後まで言い切ることを許されなかった。


 重斗も思わず感心してしまう鋭い左ストレートが、男の顔を的確に打ち貫いたのだ。

 ドゴッ、と鈍い音を立てて床に叩きつけられる男。ピクピクと痙攣しているので、死んではいないだろう、多分。


「――私が、レモネードを、どれだけ楽しみにしていたか、わかっているのかしら?」


 跳んだ勢いを拳に乗せて、男を思い切り殴り飛ばした小柄な少女が、肩を小刻みに振るわせながら、一言一言はっきりと言った。


 黄色味がかった黒髪を、歯車の髪留めで留めたツーサイドアップ。病的に白い肩を露出した、黄と黒のゴスパンク調のドレス。人形のように整った美貌のなかで、トパーズの瞳が怒りに震え燦然と輝いていた。


「た、『黄昏の銀弾』!」


 店内にいた誰かが言った。


「! そうと知っていてケンカを売ったのなら、いい度胸なのだわ!」


 『黄昏の銀弾』と呼ばれた少女は、ガラの悪い集団に向き直り、獲物に狙いを定めた猛禽のように睥睨すると、容赦なく襲いかかった。


「さて、料理も来たことだし、冷めないうちいただくとするか」


 ――ドカッ、バキッ、と黄色の少女が一方的に男たちを蹂躙する音を聞きながら、重斗は目の前の厚いステーキに手を付けた。


「助けた方がいいのかな、あれ」


 ひょこっと席から顔を出し、様子を眺めながらデルニが言う。


「放っておけ。すぐに終わる。あの程度の連中、手を貸さなくても女は勝てる。ほら、お前も早く食べないと乗っているアイスが溶け出すぞ」 

「ううん、そうじゃなくて、あっちの男の人たちが殺されないよう、助けた方がいいのかなって。――っ! 美味しい!」


 パクパクとりんごのパフェを食べ始めたデルニが言う。味に満足したようで、嬉しそうに口に運んでいく。


「……加減するだろう」


 言ったものの、黄色い少女の怒り心頭具合から、果たして男たちの命が無事で済むかは重斗にも自信がなかった。

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