第12話 好みの話

「おおっー! すごい、左を見ても、右を見ても、前を見ても人がいる!」


 デルニの力を確認したあと、重斗は生体反応を多く感じる場所を探知魔法で探った。

 その場所まで歩いていくと、人間の街にいきあたった。

 重斗はひとまず、ここで当面必要な物を揃えることにした。


「デルニ、子供じゃないんだ、あんまりはしゃぐな」


 興味深々といった様子で、あちこち動きながら街を行き交う人を見回し始めたデルニに対して、重斗はやれやれと苦笑する。


 街に入る前、念のためデルニに欺瞞の魔法をかけておいた。

 これで彼女は誰が見ても人間の少女の姿に映る。

 ただ、この魔法にかかっている間は、人間並みの身体能力しか使えない。


「人間の数はモノクロームで一番多いんだ。これから嫌ってなるほど目にするぞ」

「ごめん、ごめん。私、知識では知っていたんだけど、実際にこうやって多くの人が動いてるの初めて見たから、つい」


 行動が子供じみていたのを自覚したのだろう、デルニは照れたように頭を撫でた。


「ここには確かに多くの人間が住んでいるが、街の大きさとしては中規模程度だ。王都にいけば倍の数はいるぞ」


 ざっと確認できた生体反応の数から、街の規模を割り出した重斗は、デルニに言った。


「王都って、そんなに大きいのっ!?」


 信じられない、と目を丸くするデルニを見て、昔、自分も王都の侵略を計画した時にはそんな感じで驚いたなぁ、と重斗は懐かしさを覚えた。


「さて、ここで突っ立っていてもしかたがない。まずは食い物を食える場所を探そう」

「ご飯ならさっき、重斗からパンをもらったから空いてないよ?」


 お腹に手を添えながらデルニが言ってくる。


「……空いたのは俺の方だ」


 ――グゥゥゥゥゥゥ、と重斗が言うのに合わせて腹が鳴った。そう言えば、この身体になってからまだ何も食べていなかった。


「お腹が空いたならパンを食べればいいのに。もうないの?」

「パンならまだまだ数は残ってる。だがせっかく人間の街まで来たんだ。街にある食い物を食ってみたいだろう? 美味い食い物をこしらえるのは人間の数少ない長所だ」


 そう言って、重斗は微かに漂ってくる美味そうな香りを頼りに、街のなかを足早に歩き出した。


「あ、ちょっと待ってよ、ジュウ。ジュウってばっ!」


 歩調の早い重斗に慌てた様子で、あとからデルニが小走りでついてくる。


 重斗たちが街を散策すると、ほどなくして、『オウル』という名の小さなレストラン兼酒場に辿り着いた。

 店に入ったのは昼の忙しい時間帯を過ぎたあとのようで、ピークを過ぎた店内には座れる席がいくつか空いていた。


「いらっしゃい、注文が決まったら呼んでくださいね」


 二人が通路のすぐ脇の席に向かい合って着くなり、テキパキとメニューと水の入ったコップを二つ、はつらつとしたウエイトレスが置いていった。

 重斗は何げなく、遠ざかる彼女の丈が短い服装から見える、浅黒い肌を見やる。


「ああいう女性が好みなの?」

「ん? 実に健康的だと思うが、好みかどうかはろくに話してもいないから知りようがない」


 頬を膨らませて、どこか不機嫌そうなデルニの様子に、首をひねりながら重斗は言う。


「話してもいないって、重斗は好みを内面で決めるってこと?」

「その通りだ。世に美しいと称される女はいくらでもいる。だが、それは所詮、外側だ。その内側が実は恐ろしい猛毒だった、という話はざらにあるし、何度も経験している。だから、俺は外見で好みを判断はしない。絶対にだ」

「ふふふ、そう、それならよかった」


 重斗が好みについて語ると先ほどとは打って変わって、デルニは嬉しそうに置かれたメニューを眺め始めた。

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