第11話 滅却

「……今のは、なんだ……?」


 目を逸らさずに見ていたはずだ。なのに、重斗には何が起きたかわからなかった。

 デルニから感じる魔力と光力の量が変動したのはわかった。


 だがそれだけで、なぜ案山子が吹き飛んだのか、まるでわからない。

 魔力だろうと光力だろうと、発動させて対象の物体に変化を及ぼせば、必ず物体の側にはその残滓が残るものだ。

 ところが、舞っている草の破片からは何も感じなかった。


 理解のできない事象に動揺し、重斗の頬に汗が一筋流れる。


「どうだった、ジュウ?」

「――へっ? あ、ああ、すごかったぞ、デルニ。続けてになるが、もっとお前の力を見せてくれないか?」


 こちらの動揺など何も知らずデルニは訊いてくるが、重斗は一瞬反応が遅れた。

 しかしすぐに平静を装うと、彼女にもう一度見せてくれるよう頼んだ。

 そして今度は数体の案山子を生やす。


「これは一体ずつやればいいのかな? ――【滅却】」


 デルニは何も言わなくとも重斗の意図を汲み取り、一体ずつ確実に吹き飛ばしていく。


「! ――そうか。そう言うことだったのかっ!」


 案山子が何度も吹き飛ぶのと、デルニの力の消費量を確認していた重斗は、彼女の魔法の原理に至り、思わず大きな声を上げてしまった。


「――うわっ?! びっくりした。どうしたのさ、ジュウ。急に大きな声出して」


 ちょうど全ての案山子を吹き飛ばし終えたデルニが、驚いた様子で重斗に顔を向ける。


「すまない、デルニ。お前の力、存分に見せてもらったぞ」


 重斗が礼を言うと、魔法を使い終えた彼女は黒い翼をしまった。


「まさか、まったく同量の魔力と光力をぶつけ合わせ、そこから無の力を生み出すとは」

「? どういうこと?」


 重斗の話をまったく理解していないようで、デルニは不思議そうに小さく首を傾げる。


「なんだ、わからずにやっていたのか? ――要は魔王と勇者の闘いの縮小版だ」


 重斗は人差し指を立てると、デルニにもわかるように説明する。


「魔王と勇者はその全力をもってぶつかる。すると相反する負と正の力は、お互いを打ち消し合いながら反発し合う。そうして生まれるのが負も正もない言うなれば無、とでも言うべき純粋な力の塊だ。その余波は全てを飲み込みながらモノクローム全体を覆い、治まったころには負と正、どちらの力も綺麗さっぱり消え去っているという寸法だ」

「魔王と勇者が全力でやることを、私は一人で簡単にやってしまってるの?」


 とても信じられない、とでも言いたげな目つきで、デルニが重斗を見てくる。


「無論、魔王と勇者の闘いと、お前の魔法の規模とでは比べるべくもないが、一人でおこなえているのは確かだ」


 重斗はここにきてようやく理解できた。

 なぜデルニが『世界の理に反する者』などと女神に呼ばれ、あんな暗い鉄格子の奥に囚われていたのかを。


 ――危険すぎるのだ。いつだろうと、どこだろうと一人で発動させられる【滅却】が。

 魔王と勇者の闘いは頻繁に繰り返されるものではない。


 一度済んでしまえば、次の闘いまで数百年単位の冷却期間がある。

 その間、闘いによって傷んだ世界は、再び負と正の力が溢れる問題は抱えたままだが、永い刻をかけてゆっくりと復興できるのだ。


 しかし、もし仮に闘いと同等の規模で【滅却】が頻繁に発動した場合、世界の復興は間に合わない。

 疲弊しきった世界は、女神たちの権能をもってしても滅んでしまうだろう。


 さらに、女神たちが封印から解けて活動している間に【滅却】が発動してしまったら、確実に彼女たちも巻き込まれてしまう。


 そうなってしまえば、モノクロームという星の命は完全に潰える。

 故に、そうならないよう、デルニは千年以上もの永い間、幽閉されていたのだ。


「――打破する手段、か」

 重斗は隣に立つ、自分よりも小さくてはるかに華奢なデルニを見ながら一人ごちた。


 デルニの力はただ危険というだけではない。そうであったなら、正の女神リーブアは堕天使であるデルニが生きることを決して許さない。それが幽閉され生かされていたのには、彼女に使い道があるからだ。


 それが今の状況、――魔王と勇者が相討ちにならなかった場合に備えて。


 もちろん、規則通りに相討ちになるのが、モノクロームとしては一番ベストだろう。だが、繰り返えされる以上、今回のような非常事態(イレギュラー)はいつか発生する。

 デルニという堕天使はそういったときの最後の手段なのだ。


「改めて言おう、デルニ。俺にはお前が必要だ。俺が敵に勝つために。俺と一緒に来い。俺がお前にこの世界を見せてやる」


 彼女がどういう存在であるのかわかった今、重斗は改めてデルニに向かって言った。その言葉に、前に言ったときよりも強く想いを込めて。


「うん。何度言われたって私の言葉は変わらない。ジュウ、私はあなたについていく。ジュウが望んでくれるならどこへだって。私はジュウと世界が見たい」


 きっと、あの暗い鉄格子の向こう側でも、こんな顔をしていたのだろう。

 そう、重斗に確信させる心から嬉しげな微笑みを、デルニは浮かべていた。

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