第10話 翼の印象

「この翼を見たみんなが汚いって、悪魔だって、死んじゃえって言うの。私、何も悪いことなんてしていないのに。女神様も「お前は世界を壊しかねない」って、私をあの場所に閉じ込めた。もう、ずっと、ずぅーっと長い間」


 デルニの話通りなら、彼女は雷の魔王フードゥルが現役の時代、今よりはるか千年以上も昔から、牢獄に封印されていたことになる。


 ――それだけの永い間、何も食べなかったらそりゃあ空腹にもなるだろう。

 天使と魔族は基本、食べなくても死ぬことはない。


 だが、いくら身体の構造がそうできていたとしても、もちろん空腹は感じるし、動きが鈍くなったりと活動に支障も出てくる。


 あの暗い鉄格子のなかで、デルニはろくに年月の経過が知覚できなかっただろうが、その苦しみは並大抵のものではないはずだ。


「ジュウ、あなたもこの翼、汚いって思う?」


 自身の黒い翼の片方を摘まんで、デルニが訊いてくる。


「その夜の常闇を切り抜いたが如き漆黒の翼が汚いだと? ハッ、そう言った奴らの目は腐りきっているな。デルニ、お前の翼は俺が知るなかで最も美しい」


 これまで多くの魔族の黒い翼を目にしてきたが、燦然と輝く太陽の光を受けてなお、ここまで色褪せることのない黒色を見たのは初めてだった。


 ボンッ、と音が聞こえてきそうな勢いで、デルニの顔が面白いほど真っ赤に染まった。

 すぐに「あわわわわっ」と言って、両手で覆い隠してしまう。


「天使の女性の翼に美しいって言うのは、天使の男性が使う強い求愛の言葉であって、でも、でも、重斗は人だから知らないで言った可能性の方が高くて――」


「? どうかしたのか、デルニ?」


 声が小さくてよく聞き取れないが、顔を覆いながらいやいや、と何やら一人ごとを言い始めたデルニ。

 どうやら彼女は重斗の言葉にかなり照れているようだ。


 ただありのままに自分の気持ちを言っただけで、そこまで大げさな反応をされるとは思ってもみなかった。


「そ、その言葉に嘘はない? 本当に私のこの黒い翼を見てそう思ってる?」

「ああ、もちろんだ。俺は嘘は言わない。俺には言う必要がないからだ。自分で見て、感じて、思ったことを俺は偽りなく言う」


 重斗がきっぱりとデルニの問いに応えると、彼女はポカンと口を開けて固まった。


「……え、えと、えーっと、ジュウは、わ、私の力が見たいんだよね。じゃあ、今すぐ見せてあげよう、そうしてあげよう、うん」


 それから慌てた様子でデルニは言って、重斗に背を向け案山子と対面する。

 

 自然と、重斗から彼女の黒い翼がよく見える位置になった。 

 その翼は「飛ぶのか?」と勘違いするほど、バサバサと激しく羽ばたいていた。


 フゥーっと深く息を吐き、呼吸を整える音がデルニから聞こえた。そして――


「――【滅却シュット】」


 デルニが腕を前に出して静かにそう唱えた途端、パンッと案山子が吹き飛んでいた。

 案山子を構成していた草の破片が、ハラハラと立っていた辺りに舞った。

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