第9話 黒翼の少女
「さて、お互いの呼び名も決まったところで、そのみすぼらしい格好をどうにかしよう」
重斗が起き上がってデルニに近づくと、彼女も立ち上がった。
その纏うボロの上から、重斗は羽織っているロングコートを脱いでかけてやる。
「――魔装改造、及び、所有権の譲渡」
言うとデルニの身体が真っ黒な球形の靄に包まれ、見えなくなった。
それからブチブチっと何かが千切れる音がして、彼女が纏っていたボロの布が靄から飛び出し、あたりに飛び散る。
「――ちょっ!?」
驚きと羞恥でデルニの顔が真っ赤に染まるが、何も心配することはない。すでに彼女に譲渡した魔装はやるべき仕事を終えた。
「ほう、なかなかよく似合っているじゃないか」
黒い靄が消え去ったあとのデルニの身体はもちろん、ボロを取られた素っ裸ではなく、新たな主に合わせて形を変えた魔装によって包まれていた。
黒を基調として、ところどころに白のアクセントが入った、ゴシックなモノクロのドレス。美しい容貌をした銀髪の少女に相応しい格好だった。
「これは一体どういうこと?」
困惑げに着ているドレスを見回しながら、デルニが訊いてくる。
「俺の魔装をお前に譲っただけだ。そいつは仕事熱心でな、新しい主が纏っていたボロきれが気に食わなかったんだろう。普段は脱がしたあとにきちんと畳んでくれるんだが、千切ってそこらに放り捨てるとはな」
重斗は魔装のとった大人げない行動にククク、と苦笑を浮かべたあとに「ブーツ」と言って、ズボンのポケットを漁り、その言葉通りにブーツを取り出した。
「さっきもそうやってパンを取り出してたけど、それってどういう原理なの?」
デルニの足元にブーツを揃えて置くと、明らかに取り出されたブーツに対して容量不足なポケットに、彼女は目を丸くしている。
「なに、ただの魔法だ。ポケットのなかを俺の私物を収めた倉庫と繋げているだけだ。あまり大きすぎる物は出せないがな」
別の空間同士を繋げる程度、重斗にとっては特に驚くようなことではない。
「これでようやく最低限の準備は整ったな。――さあ、デルニ、さっそくだが、お前がその身に宿す『堕天』の力を見せてもらおうか」
言って、重斗は周りに草原が広がる以外、何もないこの空間に少量の魔力を注いだ。
呼応するように草が数本、ニョキニョキと伸びて人型の案山子になった。
「――えっ? ちょっと待って、ジュウ、いきなりすぎるよ。それに、私が堕天使だって気付いてたの?」
ブーツを履き終えたデルニが動揺の声を漏らして、重斗に向かってブンブンと激しく両腕を振る。
――堕天使。
もとは正の女神リーブアに仕える天使であったが、欲に目が眩み、女神の教えに背き天上から堕ちて生まれた存在。
負と正の勢力がはっきりと別れたこのモノクロームで、生まれること自体極めて稀。
他の天使にすぐに粛清され消されてしまうので、五百年の長い刻を生きてきた重斗も実際に見たのは初めてだった。
だが、と重斗は思う。確かに堕天使は珍しく、デルニから強大な正の光力と、負の魔力の両方を感じるが、女神が言うほどの『理に反する者』なのだろうか、と。
――まあ、今の俺なんかより、強いことは確かなんだがな。
これまで重斗が相対した多くの天使のなかでも、上位にデルニは位置している。
「名前の最後にエルが付き、碧色の瞳というのは天使によくある特徴だ。人間と同じ暦を使うのもな。だが、お前からは光力の他に本来、天使が宿せない魔力を感じる。それもかなり上位レベルのな。すなわち、お前が魔力を宿した天使、堕天使ということだ」
重斗が言い終えるのと同時、デルニの腰からバサァ、と一対の翼が生えた。
鳥のような形をしたその翼は、間違いなく天使のもの。
しかし天使なら本来、純白であるはずの翼は、万遍なく黒色に染め上がっていた。
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