第5話 邂逅

 一歩一歩、下るたびに光が灯る階段の先は、鉄格子のはめられた部屋に繋がっていた。


 グラビテウスが足を踏み入れるのに合わせて、室内が仄かに照らされる。


 その部屋の鉄格子や床、壁から天井に至るまで、いくつもの魔方陣が刻み込まれ、白く輝いていた。


「……これはまた、えらく厳重な結界だな」


 ここに来た侵入者を阻む、もしくは鉄格子の奥に捕らえた者を絶対に逃がさんとする、強力な結界に触れないよう、グラビテウスは慎重に進んで鉄格子に近づいた。


「……誰……?」


 鉄格子の前に立ったグラビテウスに、その奥から声が届く。


 目を凝らすが、部屋を照らす光源は頼りなく、鉄格子の奥には届かない。

 だが、肌がひりつくほどの、かなり強大な存在の気配を感じ取った。


「お前が『理に反する者』か?」

「――『理に反する者』。あなたも私をそう呼ぶの……?」


 鉄格子の奥からひどく落胆した声が返ってきた。

 どうやら呼ばれ方がひどく意に沿わなかったらしい。


 暗すぎて姿がわからず、魔法で変えてあるのか、低くどんよりとした声からは、男女の区別もつかなかった。


「嫌な呼び方をして悪かった。詫びと言ってはなんだが、欲しい物はないか? なんでもは今は無理だが、なるべく希望に応えよう」


 グラビテウスは相手の機嫌を損ねないよう、なるべく優しく語り掛けた。


「私に物をくれるの? ……でも無理。その鉄格子の狭い隙間からじゃ何も通らない」


 提案に興味を示したのか、声色が若干明るげなものに変わった。だが、それもすぐに暗いものへと戻ってしまった。


「まあ、そう言うな。こんなところに閉じ込められているんだ。欲しい物なんていくらでもあるだろう? 言うだけはただなんだ。遠慮なく教えてくれ」

「――が欲しい」

「ん? なんだ? 悪い、よく聞こえなかった。もう一度、大きな声で言ってくれ」


 鉄格子の奥から遠慮がちの声でボソリと言われた。

 しかし、大事な内容の部分がグラビテウスの耳には届かなかった。

 次は聞き逃さないよう、片耳を鉄格子に近づける。


「ご飯が欲しい! ここに入れられてから何も食べてない! 不味くてもいいから食べるものが欲しい!!」

「――!」


 切実な叫びがグラビテウスの心を打った。「パン」と小さく呟いて懐を漁る。

 すぐに望んだ物を探り当てて取り出すと、片手には収まりきらない、白くフワフワしたそれに魔力を込めて縮め、潰さない程度に握りこむ。


「お前の欲しい物をくれてやる。受け取ってくれ」


 言って、グラビテウスは邪魔になるロングコートの袖を捲ると、狭い鉄格子の間から腕をねじ込んだ。


「――ぐぬっ!?」


 鉄格子に張られた結界が、触れた腕の肉を容赦なく灼いてくる。

 グラビテウスはその壮絶な痛みに耐えながら、落としてしまわないよう、ゆっくりと手のひらを上に向けて開いた。


「! 受け取った。だから、灼けてしまう前に早く鉄格子から腕を抜いて!」


 ひどく慌てた声に、グラビテウスが鉄格子から腕を抜くと、手には何もなかった。


「ここからじゃ見えないが、ちゃんと受け取ったんだな?」


 ジュージューと音を立て煙を上げる腕を、魔力で修復しつつ、グラビテウスは訊いた。


「うん。そんな無茶してくれてありがとう。――うわ、なんだろうこれ。すっごいフワフワしてるし、手に持った途端に大きく膨らんだよ?」

「食べてみればわかる。見えなくて不安だろうが安心しろ。ちゃんとした食べ物だ」


 グラビテウスが言うと、鉄格子の奥からハム、ハムっと咀嚼する音が聞こえてきた。


 どうやら食べるのに夢中のようで、まったく止まる気配ない。

 灼けた腕を修復しながら、相手が食べ終わるのを待った。

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