第3話 失態
「我が魔王様、先に伝えておきます。あなたはまだ死んでいません」
「死んでない!? バカなっ! 俺は全力で勇者と闘って相討ちになったんだぞ。この世界の
幼く聞こえる自分の声に内心驚きながらも、グラビテウスはアーデスに叫んだ。
――規則。この世界、モノクロームに生まれた魔王と勇者は互いに全力をもって闘い、ともに滅びなければならない。
モノクロームが存続し続けるための絶対遵守の理。
その規則を守るため、グラビテウスは五百年の間苦心し、とうとう成し遂げたはずだった。
「魔王様はなぜ、その規則があるのか覚えていますか?」
「モノクローム中に満ちる、負と正の力を全て消費するためだ。どちらの力も放っておけばいずれ溢れだし、許容できる限界を超えたモノクロームが滅びるからな」
アーデスに問われ、グラビテウスは即座に応えた。
負の力の権現たる魔王と正の力の権現たる勇者。
二人が全力で闘いどちらも滅ぶことで、二つの相反する力は相殺、または消費されモノクロームの安定は保たれる。
五百年の昔、そう書かれた攻略法を創られたばかりのグラビテウスに残し、石像ではなかったアーデスは姿を消した。
「さすが私が創った歴代のなかでも最高傑作の魔王様。よく覚えていましたね。――それでは、すぐに本題へと入りましょう」
アーデスの声色が真剣なものへと変わった。思わずグラビテウスもゴクリと唾を飲み込む。
「魔王様は攻略法通りに勇者と闘いました。しかし、どちらもまだ死んではいません。なので、モノクロームに溢れている力も消費しきれていません。これが意味することがおわかりになりますか?」
「……! お前たち二神がモノクロームに出て権能を振るうことができないっ!」
モノクロームという世界と生きる種を創造したアーデスとリーブア、二人の女神。
彼女たちは互いの強い力が世界に悪影響を与えかねないため、各々が住む地の底と天上に自らを封印している。
その封印を解ける唯一の鍵、それが――魔王と勇者の絶命なのだ。
「私たちは女神はこれまでずっと、魔王様と勇者がいない間、お二人の闘いで傷んだ大地と絶えた種を修復、または構築し直してきました。そうしたあと、再び負と正の力が溢れるのに備え、次の魔王様と勇者を創って自らを封印してきたのです」
今まで流れてきた悠久の刻を振り返るかのようにアーデスは言う。
「ですが、全力で闘い抜いたあとの魔王様と勇者が生きているなど、モノクロームができて以来、初めての状況です。しかも無意識で傷んだ身体を創り直してしまうとは」
「――なっ!? この身体は俺が創ったというのか!?」
まさか、この身体を創ったのが自分自身だとは思ってもいなかった。
グラビテウスはガラにもなく、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「魔王様、あなたは私が今までに創ったなかでも最高の魔王様です。その生存本能が残された魔力で新しい身体を構築したとしても、なんら不思議ではありません」
それを聞いてグラビテウスは身体の力が一気に抜けた。ガクッとその場で膝をつく。
「……まさかこの俺が勇者を殺せず、死ぬこともできずに生き恥を晒すなんて」
自分の犯した失態に、グラビテウスの気持ちは深く沈んだ。
「そう気を落とさないでください、我が魔王様。まだ膝を付くには早すぎます」
「慰めならいらないぞアーデス。俺は歴代でも最低の魔王だ……」
難事を見事にやり遂げたと思い込み、次の生について考えていた自分が恥ずかしい。
いっそのこと、アーデスの住む地の底よりも深く沈みたかった。
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