大詰 1 役員会議

    (1)


 翌朝、ホテルの窓のカーテンを開けた。

 東京の街は、真っ白の世界に変貌していた。

 しかも、まだかなり横殴りの雪が降っていた。

 翌朝、利之とロビーでチェックアウトしてる時だった。

「白川さん」

 と声をかけられた。振り向くと和夫が立っていた。

「白川さんも、利之社長もこのホテルにお泊りでしたか」

「ええ、嵐山副社長に云われて」

「僕も親父経由で云われました」

 三人で竹松本社までタクシーに乗った。

 車内で和夫は上機嫌だった。

「今日は、十二月十四日。討ち入りの日ですね」

 白川は、心臓をぬっとわし掴みされた感覚に陥った。

 今、まさに白川らは、東山親子への討ち入りを果たそうとしている。

 その相手が今隣りでお気楽に話しているのだ。

 竹松に着く十分間が異様に長く感じられた。

 始まる三十分前に着いたが、すでに他の者、東山副社長、嵐山、太秦、百万遍、岩倉もいた。

「今朝は、東京は凄い雪ですねえ」

「三八年ぶりの大雪です」

「新幹線、始発から止まっているそうです」

「白川さん、前日乗りでよかったですねえ」

 役員は、雪の話題で終始していた。これなら当たり障りのない話だからだ。

 定刻までの三十分が長い。

 その気持ちは、嵐山も同じだったろう。

「ちょっと早いが、皆揃っているので始めようか」

 嵐山がじっくりと一同を眺めながら云った。

 窓辺に集まっていた、役員たちはその声で自分の席に着いた。

 案件

 1 今期の反省

 2 来季の事

 3 その他


 1で今年も演劇部門が史上最高の売り上げになると云った。

  海外公演も今までのような、親善ではなくて、儲けにつながる、興行だった事。スペシャル歌舞伎の成功。若手第4世代の人気、ネット歌舞伎の成功とどんどんよくなった。

 一方で映画部門は、相変わらずの低落で、唯一のヒット作が「カブク」だけだった。

 和夫は、この「カブク」の成功が自分一人の手柄のように話し出した。

「やっぱり、私の先見の明は当たりました。来年は(カブク2)を、いや3,4,5とどんどんシリーズ化しますよ」

「お嬢には、了解取ったのか」

 嵐山が険しい顔で聞く。

「いえ、まだです。でも駄目なら他の人で」

「お嬢あっての(カブク)じゃないのか」

「嵐山さん、シリーズ物で主役が変わるのは、映画界ではそんなに珍しい事じゃありません」

「そうか。わかった」

 本音は、もっとコテンパンにやっつけたかった嵐山だ。でもそんな事に時間をかけたくないのだ。

「NINPOは二つとも駄目だったな」

 東山副社長は静かに、矛先を変えた。

 鞍馬監督と喧嘩して、撮り直して二つの「NINPO」映画が上映された。

 惨憺たる結果で二つ合わせても興収は一億も行かない。

 一方製作経費は、作り直し、二つの宣伝経費、諸経費で30億円もかかっていた。

「映画にリスクはつきものです」

 (蛙の面に小便)和夫のにやけながらの答弁を聞きながら白川の頭にこの言葉がぽっと浮かんだ。

(すると、その横は親蛙か)

 続いて来季の話になった。

 不動産担当の百万遍は、竹松が京都新京極で開発のホテルの工事の進捗状況を話した。

 この案件は、土地を売却せずに、50年間貸し出す事にしていた。

「工事は順調に進んでおりまして、予定通り来年春にはオープンします」

「でも五十年なんて長いなあ」

 和夫がつぶやく。

「京都ではよくやる手法です。ネーミングでは京都会館がロームに、京都市美術館が京セラにそれぞれ、五十年間貸し出してます」

 白川が云った。

「京都は、東京と時間のスパーンが違うな」

 東山副社長が云った。

 来季の映画の事で、和夫は、

「ハリウッドからニ、三社、(ライト男)のリメイク版作りたいと来てます。これは名義貸しみたいなもんでまず貸し代に最低、300億円入って来ます。プラス世界配給の三パーセント取り分15億円その他もろもろ取り分合わせると400億円になります」

(また和夫の大風呂敷が始まった)と思った。

 役員会議で、毎回ほら吹き話をしている。実現した話は一つもなかった。

 そのまま3のその他になった。

「シネコンは、今や拡大から淘汰の時流になってます。そこで我が竹松のシネコンも独自の路線を構築する時が来ました」

 東山副社長は、静かに語り出す。

 この映画界でいち早く日本で「シネコン事業」に目をつけた人である。

 まだ日本に「シネコン」の言葉がない時に、若手社員10名を一年間アメリカに留学させたのである。

 その十名は今や、シネコンの支配人となり仕切っていた。

「何か、いい案がありますか」

「もはやシネコンで映画と云う狭い考えは通用しなくなります。そこで企業の会議に使うとか、パブリックビューイングをさらに拡大して、地元のサッカー試合、催し、それこそ京都の祇園祭を全国のシネコンで見れるようにしてもいい。顔見世歌舞伎の同時生中継もいいだろう」

「あ、その考えいいよねえ。父さん、それいいよねえ。竹松はもっと映画と演劇の融合したらいいと思う。シネコンで芝居してもいいんじゃないの」

 和夫が喋る。

 嵐山がおやっとなる。この会議で初めて和夫の意見を認めた感じだった。その思いは白川も同じだった。

「他にありませんか。なければこれで終わろうかと思いますが」

 ここで嵐山は、利之を見た。

 東山親子を除く役員全員が利之を見た。

 利之の唇が震える。

 奇妙な「間」だった。

 すでに和夫は退席しようと机のものを片付けていた。

 東山副社長は、退席しようと立とうとした。

「他にありませんか」

 さっきよりも幾分大きな声で嵐山が云った。

 その目は利之を睨み、鬼の形相、龍の口となる。

「ぎ、議長」

「何ですか、清水社長」

 落ち着けよとばかりに、嵐山の口調はゆっくりとなった。

 利之が手を上げ話し出したので東山親子の手が、動きが止まった。

「き、緊急動議致します」

 利之の声と身体は、高熱にかかった人間のように小刻みに震えていた。

「何の緊急動議ですか」

「東山守副社長、和夫専務両二名の解任を要求致します!」

「何だと」

 東山副社長のうめき声に被せて、嵐山は、

「賛成の方は挙手願います」

 と即座に云いのけた。さらに、

「手を挙げただけではわからん!立て!賛成の者は立て!」

 東山副社長の隣りにいた太秦映画担当常務取締役も立ち上がった。

「お、お前もか!」

 この台詞は、シェイクスピア劇で名高い、

「ブルータス!お前もか」を彷彿させた。

 目を剥き、上半身をのけぞらせた。

 太秦は無言でうなづいた。

 座ったまま挙手するよりも立ち上がって、座ったままの東山親子を見下ろす。

 二人に心理的圧迫感を圧倒的な力で見せつけた。

 これは、嵐山が白川別邸に皆を集めた時に閃いた考えで、何度もあの時稽古した。

「ゆっくり立たずに、間を置かずにすくっと立とう!」

 演出家ばりに、嵐山は云った。

 立ち上がる秒数にまでこだわった。

「皆、(連獅子)睨んで立つんだ!」

 あの時、東山親子の符牒、(連獅子)を多用していた。

 まさに白川を始め、他の役員は、谷底に落ちて行く二匹の獅子の最後を見届けた。

 この瞬間の出来事を白川は、時が止まったように思った。

 その証拠に、和夫は全く動かず、顔色は真っ白になった。

 真っ青ではなくて、真っ白である。

「賛成多数により東山守副社長、東山和夫専務、両名の解任は成立いたしました」

「茶番だ!やめろ!」

 和夫は最後のあがきを見せた。

「役員会議の席上の正式な議決だ!見苦しいぞ!和夫!」

 嵐山は立ち上がったまま、指先を和夫の顔の寸前まで突きつけた。

 まさに、こちらも獅子と化して、恫喝、吠えた。

 東山守は両手を握りしめて、何度も机を叩き続けた。

 その乾いた音が、会議室に無情に響く。

「ドンドンドン」

 最初、勢いよく叩き続けた音は、次第にゆっくりとなりついには、音が出なくなった。

 人間の鼓動の最後を思わす、寂寥感漂う、終焉の瞬間だった。

 握りこぶしから徐々に手が緩み、手のひらになった。

 その両手に涙がぽたんと落ちた。

 和夫は、だらしなく座り、目はうつろで放心状態だった。

 よく見ると、よだれが出ていた。

 一瞬にして名誉、地位、四人の喜び組の女秘書をも失ったのだ。

 この瞬間から竹松の専務ではなくて、ただの中年男となった。

 すぐに、この件は、嵐山の秘書を通じ、映画部各所に伝播した。

 女秘書の下鴨弥生は、聞かされた瞬間、腰が抜けて、泣きじゃくった。

 その喚き声に感化された他の秘書たちにも伝播して、喚き、泣きの大合唱となった。

 白川は目撃したのだ。

 サラリーマン社長、専務と云えども一瞬にして崩れるのを。

 砂上の楼閣と同じで、ひとたび、一陣の風であっけなく滅ぶのを。

 

     (2)

 

 その一時間後、嵐山と利之は、東京証券取引所の会議室にいた。

 嵐山は、マスコミ、ネット各社にメール、ファックスで東山親子の解任と緊急記者会見を知らせた。

 マスコミ各社はもちろん、インターネットフレフレ動画は生中継した。

 NHKはニュース速報を流した。

 白川ら他の役員はその記者会見を遠巻きに見ていた。

「終わりましたね」

 振り向くと百万遍と太秦、岩倉の三人が立っていた。

「ええ」

 言葉短く白川は答えた。 

 見ると、皆目をはらしていた。

 サラリーマン人生で解任動議の役員会議に立ち会える者は少ない。

 しかも、今回、京都で「役員解任劇」の稽古までしたのだ。

「竹松の演劇のドンらしい、稽古、本番でした」

 百万遍が云うと、

「本当に。顔見世の舞台に出たようでした」

「太秦さん、素人顔見世出た事あるんですか」

 昭和の南座は、顔見世千秋楽翌日、地元の名士、財界人らが顔見世の舞台セットそのまま使って、歌舞伎をしていたのだ。

 平成に入っても数年続いたが、景気の悪化でなくなった。

 会見場では、嵐山が質疑応答によどみなく答えていた。

「ずばり、二人の解任理由は」

「東山守副社長、和夫専務は竹松と云う会社を私物化しておりました」

「不正金発生ですか」

「そうではなくて、当たらない映画を作り続けた」

「でも映画ビジネスにリスクはつきものですが」

 フレフレ動画の画面には、視聴者からのメッセージが横文字で流れた。


「和夫も、これらの一連の解任劇を映画化しろよ」

「親子で解任って、史上初じゃねえの」

「竹松も、今までよくも辛抱したな」

「遅すぎるだろう」

「和夫の喜び組秘書はどうなるの」


 また同時に、ネット上では、

「東山和夫製作の映画は、本当に不入りだったかを検証する」フラグが二〇〇余り瞬時に立ち上がった。

 製作費と興行収入が列記してある。

 どこでどう調べたのか、かなり真実に近い数字だった。


「お二人に賠償請求はしますか」

「それは、今ここで私が独断で決められません」

「嵐山さん、個人の意見は」

「私は、請求しません」

「それは何故ですか」

「そんな訴訟に時間をかけるよりも、今、急務なのは竹松の立て直しなんです」

 確かにその通りだと白川も思った。

 もう東山親子帝国は終わったのだ。過去の出来事なのだ。

 残された者に大事なのは、前を向く事。未来を語り、一歩ずつ前を見て歩く事なのだ。

「新しい人事は」

「これから他の役員さんと一緒に考えます」

「いつ頃出ますか」

「出来るだけ早いうちに」

「と云う事は、年内ですか」

「出来れば」

「竹松は、今年はハリウッド映画会社ラックスとのもめ事、NINPO映画騒動、そして今回の解任騒ぎと、不祥事が立て続けに起こってますが」

「大変申し訳ない。これからは社員、役員一同再建、そして竹松を応援して下さってくれる、お客様に対して一日も早い信頼回復を実行いたします所存でございます」

「お二人にかける言葉がありますか」

「いえ、ありません」

 嵐山は冷たく云い放った。

 翌日のスポーツ紙各紙は、冬枯れでスポーツネタがなかったせいか、各紙とも一面トップ扱いだった。


 竹松・お家騒動勃発!東山親子を電撃解任!(東都スポーツ)

 竹松映画担当副社長・専務の東山親子を解任(江戸スポーツ)

「解任劇」通し稽古陣頭指揮をした演劇のドン、嵐山(毎朝スポーツ)


 さらに一日経つと、ツイッター、ブログは竹松関連で溢れた。

 ヤホー検索で三日間検索エンジントップに躍り出た。


「嵐山武雄作・演出(新作歌舞伎・東山親子解任劇)」

「江戸歌舞伎座か、都座でやれば」

「その時は守・和夫親子、主演でお願いします」

 

 一週間もしないうちに、臨時の役員人事が出た。


 嵐山武雄・・会長(演劇担当)(旧・副社長)

 清水利之・・副会長(映画担当)(旧・社長)

 千本純一・・代表取締役社長(新任)(旧・顧問弁護士)

 衣笠大作・・執行役員兼映画部統括部長(旧・銀座竹松駐車場勤務)

 白川則彦・・専務取締役兼関西演劇担当兼京都都座支配人

      (旧・取締役・兼都座支配人)



 本来役員人事は、株主総会での承認が必要であるが、映画担当の副社長、専務二人が解任されたため、半年先の株主総会まで待てないため、緊急処置として、臨時役員人事とした。

 特筆すべき人事は、顧問弁護士だった千本がいきなりの社長になった事だった。

 嵐山は水面下で千本も巻き込んでいたのだ。

 そんな事は、白川の前では一言も云わないし、態度に現わさなかった。

(策士だな)そう思った。



 顔見世番付(筋書)の表紙絵は毎年、人間国宝の画家が描く。

 番付とは、歌舞伎公演のあらすじ、解説、役者の写真が掲載されている、いわゆるパンフレットである。

 公演半ばでは、舞台写真入りの改訂版も発売される。

 今回、表紙絵を担当したのは、奈良在住の日本画の大家、常盤隆司だった。

 原画は、出来上がると印刷にまわすため、みやこ印刷に収められる。その後、公演後半に都座に戻って来る。

 その後、厳重に梱包されて、その原画は嵐山の自宅に送られる。

 今年もその作業を宣伝部の貴船利恵が中心となってやっていた。

「貴船さん」

 白川は利恵を呼んだ。

「その原画、いつものように嵐山さんのところへ送るつもりですか」

「はい、そうですけど」

「中止して下さい」

「はあ?大丈夫ですか?」

「私が責任持ちますから」

 白川は云い切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る