第6話 都市潜入
「とうちゃーく」
都市の門から20メートルほどの位置。そこから門を観察する。武装した兵士らしき者が二人いる。チェインメイルと金属の兜を身に着けて、腰には剣を下げている。
その他に非武装の者が三人。全員行儀よく兵士の対応を受けている。検問だろうか。見たところ男しかいない。
向こうからこちらは丸見えのはずなのに、誰も気付いていない。手を振ってみても無反応だ。どうやら透明化が効いてるようだ。
気配を殺して門の前まで接近した。一人が入場を許可されたようで、検問待ちは二人になっている。
「では次、身分証を見せてくれ」
兵士がそう言うと、順番待ちだった男がカードらしきものを差し出した。なんだろう気になる。身分証とか欲しいんですけど。
それはそうとこの世界の言葉が聞き取れて安心した。言語知識も脳内にインストールされてたようだ。
カードを受け取った兵士の背後に回りこんで、その手元を見る。保険証や免許証サイズのカードだ。かなり精巧な作りで、色は黒に近いグレーの金属製。12桁の数字とおそらく人名が刻印されている。
「ミゲルね」
そう呟いた兵士は、クリップボードに挟んだ用紙にボールペンで何やら書き込んでいく。
──え、どういうことだ? やたらに高品質な文具を使っている。ボールペンは言うまでもなくクリップボードや紙の品質が、現代のものと比べて遜色ない。これだけの物が作れる工業力があるのだろうか。
いや、それにしては彼らの身なりはお粗末だ。チェインメイルや兜の存在感は大したものだけど、服の生地の目は粗いし、縫製にも寄れやほつれが目立つ。堅そうな革を縫い合わせたブーツは、いかにも手作りに見える。
僕が疑問に頭を捻っていると、筆記役の兵士が不意に顔をあげた。
「なあ、なにかいい匂いがしないか? こう……桃みたいな」
「そうか? 俺にはわからん」
兵士の言葉にもう一人が答えた。僕も答えた彼に同意する。いい匂いどころか君たちの体臭しかしないよ。お風呂に入っていないのか、服を洗っていないのか、だいぶ臭うのであまり近寄りたくない。
「いや、するって。……こっちだ」
彼はくんくんと鼻を鳴らしながら、僕の方を振り向いた。後ろから覗き込んでいた僕は慌てて飛び退いてしまった。
「ほら、このへん」
「あー、ふわっと香る感じだな」
兵士二人が先ほどまで僕がいた辺りを嗅いでいる。
──もしかしてこの身体の匂いか! 音には気をつけていたけど、そっちは盲点だった。人に近寄るときは注意しないといけないようだ。
とりあえず今はこの場を離れよう。文具の謎は後回しでいい。
そうして僕は都市への入場を果たした。
都市へと入った僕は、とくに目的もなく大通りを歩いていく。それなりに人が行き交ってるが、混雑というほどでもない。道幅も広めの二車線道路くらいあって、ゆったり歩ける。
通りから見える建物は三階建て四階建てが当たり前で、やたらに縦に長い。建材は木組みに漆喰の壁だったり、レンガや石を積んだりで、完全に木造のものは見あたらない。どれも揺れたら危なそうな作りだ。地震が起きない地域なのだろうか。
姿を隠したまま道行く人たちを観察する。コーカソイドに近い人種に見える。全体的に目鼻立ちがはっきりしている。しかし肌の色に関しては、白いもの、赤みが強いもの、小麦色に近いものと様々だ。
そして問題なのが髪色。ゴールド、レッド、ブラウンあたりは良いとして、グリーンやパープルなど目を疑うものもいる。はたして染めているのか地毛なのか、遠目で見ても判断がつかない。
残念ながら亜人などは見かけなかった。獣人でもいたらテンション上がるのに。
人間観察をしながら歩いていると、道幅の広がったちょっとした広場のような場所に着いた。道の端には露店が並んでいる。ざっと見渡した感じ、食品を扱う店が多い。
手近な店を覗いてみると、果物の専門店のだった。リンゴにブドウ、柑橘類など見慣れたものもあれば、手のひらサイズの楕円の果物など、品種のわからないものもある。
そういえば神様が地球のデータを使ってるみたいなことを言ってたっけ。食べ物が似てるなら馴染みやすくていいな。
「お、串焼き屋さん発見」
炭火で肉を焼いてる屋台だ。なんの肉かはわからないけど、脂の焼ける匂いで小腹が空いてきた。ちょっと迷ったけど、店主の隙を見て一本くすねる。お金持ってないから仕方ないね。店主に気付かれる前に屋台から離れて、いただきますをする。
「うーん、まずーい」
熱々のくせに冷めた肉の歯ごたえだ。おまけになんか臭い。これが平均的なストリートフードだとしたら異世界ってクソだな。まともな食事があることを願うばかりだ。
しかし心配なのは食べ物に限った話じゃない。速やかに衣食住を整えないとホームレス生活まっしぐらだ。とにかくお金がなくては話が始まらないわけだが、いかにして稼ぐか……。
こんなまずい肉で商売になるのなら、いっそ和食でも売るか? いや難しいな。僕にできる料理など、顆粒ダシや市販のタレを使う簡単なものばかりだ。そもそも基本的な調味料が揃うかさえ疑わしい。
料理の『さしすせそ』なんて言うが、『さ』の砂糖の時点で流通しているかどうか。『し』の塩と『す』の酢はあるだろうが、『せ』の……『せ』ってなんだ?
『せ』で始まる調味料と言えば……背脂? たぶん正解だ。脂質は三大栄養素の一つだし料理には欠かせない。とにかく『せ』も見つかるかもしれない。
しかし最後の『そ』。肝心のソイソースこと醤油が見つかる確率は限りなく低いだろう。これでは和食の再現など出来ようはずがない。
やはり別の方法でお金を作らなければならない。
洋ゲー的な視点なら、スリ、空き巣、強盗などがお手軽に見えてしまうが、いきなり盗みというのも人としてどうかと思う。
真面目に働くのは気が進まないが、この世界で頼れるのは自分だけだ。面倒でもやるしかない。ではどうやって?
「誰かに聞いてみるか……」
僕はまずい肉を齧りながら、話しかけやすそうな人を探した。
「ふぅ、ごちそうさま」
めぼしい人が見つかる前に串焼きを完食してしまった。とりあえず邪魔な串は道端にポイする。木なんだし、いずれ土に還るはず。
「もう誰でもいいや」
正直なところ、エルフである僕を見た人の反応が怖くて尻込みしていたのだ。いいかげん覚悟を決めよう。
僕は透明化を解除すると、通りを歩く恰幅の良いおばさんに声をかけた。
「あのー、ちょっといいですか」
「はいよ、なんだい」
おばさんが振り向くと同時に、目を見開いて口をポカンとする。
「僕、なにか変ですか?」
エルフが人間の街にいることが問題だったら困るな。場合によっては逃走も考えないと。
「とんでもない! あんまり別嬪さんだから驚いちまったよ。エルフで黒髪とは珍しいね。初めて見たよ」
おばさんに隔意などは見られない。どうやらエルフお断りというわけでもなさそうだ。ひとまずホッとした。
「この街でエルフは見かけませんか?」
「見ないってわけじゃないけど、まあ珍しいよ。旅人でたまに見るくらいさ。ところで要件はなんだい?」
「えーと、この街で仕事を探してるんですけど、どこか斡旋してくれるような場所はありませんか?」
「ふーん、仕事ねぇ……。働き口なんてのは大抵は縁故で決まるもんだよ? あたしにツテがありゃ紹介してやりたいところだけど、生憎心当たりはないねぇ……。そうだ! あんた見栄えが良いんだし、飛び込みで給仕にでもなったらどうだい?」
接客とか日本のアルバイトと変わらないじゃないですかー。せっかく超人的な力を貰ったんだし、もっと楽で稼げるお仕事がいいです。例えば用心棒とか。基本は寝て過ごして、ピンチの時だけ『先生お願いしやす』『承知した』みたいな感じで。
「もっとこう……腕っぷしとか腕力が物言う仕事はありませんか? 日雇いで肉体労働とかでもいいですけど」
「そんな細っこい腕してるのに、もしかしてあんた強いのかい? ちょっと見た目からは信じられないねぇ……。けど、それだけ立派な服着てたら強くて当たり前か」
んん? ちょっと意味不明なことを言い出したぞ。
「えーと、服が立派だと強いんですか?」
「そりゃそうさ。金持ちの家の子は小さいうちから訓練して戦力値を上げるって聞くよ? お貴族様や商人が鉄札持ちじゃ恰好つかないからね。良い服着てるなら訓練もしてるし戦力値も高い。そういう風に見とけば下手こかないで済むって話さ」
「なるほど。納得しました」
身なりがいいと舐められないのか。ミリタリーロリータ服に感謝だな。
そして謎のワードが出てきた。戦力値に鉄札。気になるほうから確認しよう。
「ところで戦力値ってなんですか?」
「あんた戦力値を知らないのかい!? ものを知らないにも程があるねぇ。戦力値ってのは、その人の強さを数値にしたものさ。指で輪っかを作って、輪っか越しに自分の手のひらを見てごらんよ」
「あ、なんか見えますね」
親指と人差し指で輪を作って、手のひらを見ると65535という数字が浮かんでいた。これはおじさんゲーマーにとって馴染みのある数字だ。65535とは16ビットで表せる整数の最大値。いにしえのファミリーなゲーム機では、ダメージやステータスのカンスト値としてよく採用されてたものだ。
お約束的に考えると、見かけは65535でもさらに上限を突破してる可能性すらある。この数値を他人に教えるのは危ないな。少なくともこの世界の常識を学ぶまでは極力明かさないようにしよう。
「あんた、口に出さないのは正解だよ。戦力値の上か下かで粋がる奴は多いからね」
「あー、面倒な人に絡まれそうですもんね。ところで普通の人はどれくらいの数値になるんですか?」
「平民なら大抵500以下だよ。兵士みたいに荒事に慣れてる連中なら500以上も珍しくないけどね。そんで1000を超えたら一流の使い手さ。それだけあれば仕官も夢じゃないよ」
1000で一流なら、僕は文字通り桁違いの実力があるのか。そんな気はしてたけど、上手く立ち回らないと面倒事に巻き込まれそうだ。
「へー、勉強になります。ちなみにこれって他の人の数値も見れるんですか?」
「相手に手のひら見せてもらえればね。言っとくけど離れた位置から片手で鑑定してもまず通じないよ。手のひらを見せない相手には、できるだけ近くから両手で輪を作って鑑定するのさ。でも実際にやったらイケナイよ。覗き見がバレバレなんだから、下手したら刃傷沙汰さ」
「面白い! 両手だとすごい鑑定になるんだ」
「くれぐれも人にやっちゃダメだよ! 両手鑑定だろうと格上にはそうそう通じないんだから。それに後ろから盗み見たって無駄だよ。正面から相手の顔を捉えて、鑑定が通るまで時間を待たないといけないんだ。そんなの相手に喧嘩売ってるようなもんさ。てんで割に合わないよ」
「はい、気を付けます! あと鉄札持ちについても教えてください」
「鉄札ってのは身分証のことだよ。戦力値500未満で貰えるのがアイアンカード。灰色のカードで、それを鉄札と呼んでるのさ。そんで戦力値500以上で銅札ブロンズカード。1000以上で銀札シルバーカードになるって寸法さ。1500以上だとゴールドカードらしいけど、そんなの庶民には無縁の話だからね。本当かどうかは知らないよ」
ふーん、じゃあ僕はゴールドカードになるのか。エルフでも貰えるといいんだけど。
「身分証ってエルフでも作ってもらえます?」
「あんた身分証を持ってないのかい? あたしらは成人したら教会で作ってもらうんだけど、納税もしないといけなくなるよ? それでも構わないなら作ってもらえるはずさ。税金も一年目は免除されるし、持ってるに越したことはないよ。なんてったってカード無しで職探しは難しいからね。そんでもって腕っぷしに自信があるんなら、カードを持って冒険者ギルドへお行きよ。銅札以上なら仕事を紹介してくれるはずだよ」
「冒険者ギルド! そんなのあるんだ。ぜひ行ってみたいです。まずは教会からですね」
「そいつはよかった。それじゃあ道順を教えてあげるよ」
かくして僕はおばさんの教えに従い教会へと向かうのだった。
ゆるくてイージーゴーイング ~神様の引退垢から最強の男の娘アバターもらったよ~ 三次元豚 @3dpig
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ゆるくてイージーゴーイング ~神様の引退垢から最強の男の娘アバターもらったよ~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます