第5話 空中戦

「そういえばアイテムボックスとか言ってた」


 一体どうやって使うんだろう。これも身体に尋ねれば、やり方を掴めそうな気がする。

 足元から適当なサイズの石を拾って、しばし考え込む。うーん? こうかな?


「あ、できた」


 虚空に裂け目が生まれて石を入れることができた。裂け目が閉じたのを確認したら、また入口を作って石を取り出す。

 何回か出し入れを繰り返して感覚を掴んだ。試しに手のひらに向けて石よ来いと念じたら、ちゃんと石が現れてくれた。


「けっこう融通が利くね」


 用済みになった石をぎゅっと握って粉々にする。つくづく人間離れしたパワーだ。

 これで体格がマッチョなら、見た目で抑止力になりそうなんだけどな。

 キャラクリってやり直しできないの? 最近はそういうゲーム多いよね? 装備に合わせて色とか変えたいし、できると便利なのに。

 ダメで元々だ。そういうスキルを持っていないか、目を閉じて自分の内側を探ってみる。


「うーん、できる? できない? あ、できそう」


 キャラクリじゃないけど、いいかんじの魔法があった。モーフ。変身魔法だってさ。

 容姿も自由自在に変えられるし、なんなら他の生物にもなれる。これはすごい。こんなの使っていいのかな。

 あ、いや、ダメだ。機能がロックされてる……。自分にかけても体型や顔の作りは変えられないみたいだ。神様の仕事に抜かりはなかったか。

 髪色なら変更可能みたいだから、せっかくだし黒髪にしておく。金髪だと視界の端がキラキラして目にうるさいんだ。


「これでよしっと」


 黒髪エルフの完成だ。

 そういえば当たり前のように魔法が使えたけど、できて当然という感覚だった。エルフ化の影響だろうか。

 もしかしたら精神にも変容があるのかもしれない。対策などできないし、だからどうしたとしか言えないが。


 魔法を使ってみてわかったことがある。魔法を使う場合、発動前にどのような条件で発動するかを思い浮かべると、おおよその結果が予測できるみたいだ。

 例えば火の魔法なら、どれほどの魔力を込めれば、どれほどの大きさになるか、脳内でシミュレートできてしまう。

 ただしこれは、あくまで視覚的な演算であって、実際の威力は撃ってみるまで厳密にはわからない。

 物理攻撃のように完全な手探りでないのは助かる。


「でも練習は必要」


 剣と魔法の世界という話だし、ある程度慣れておいたほうがいい。最低限自衛できる程度には。

 ぶっちゃけ腕力に頼って暴れれば済む話だが、相手を殺さずに鎮圧できるなら、それに越したことはない。

 物理攻撃では手加減が難しいが、魔法ならそれも可能だろう。暴徒鎮圧にはうってつけだ。

 攻撃魔法で使い勝手の良いものはないか、自分の内に問いかける。


「マジックミサイル。これにしよう」


 魔力弾を飛ばすシンプルな攻撃魔法だ。睡眠魔法なども有用そうだったが、効果を試したくても相手がいない。


「いくぞー」


 極小の魔力を注いでバレーボール大の球体を作ったら、それを適当な木に向けて発射する。

 木の幹に当たった魔力弾は、バンという破裂音をあげて爆ぜた。着弾点を見ると樹皮が割れ、へこみができている。見たところ表面的な損傷で、幹の内部まで浸透するほどではない。

 おそらく普通の人がハンマーで思いきり叩けば、このくらいの威力になるだろう。これなら当たり所に気をつければ、非殺傷攻撃として使えそうだ。

 その後は、魔力弾の大きさを変えながら練習を続けた。やはりあまりサイズを大きくすると木をへし折ってしまう。ダメージ調整をしたいなら、威力を最小にして数をぶつけるといいかもしれない。


「さてと」


 あまりのんびりしていると陽が落ちてしまう。まずは人里を目指そう。このままでは野宿が確定してしまう。

 現金を持ってないけど、今から心配しても仕方ない。必要になったらその時に考えよう。


 まずは、街を見つけないといけない。闇雲に捜し歩いても迷子になるのが関の山だ。安全確実に街にたどり着くにはどうすればいいか……。

 悩むまでもないな。魔法に頼ろう。


「フロート」


 浮遊の魔法でゆっくり上空へと上がっていく。命綱もなしに宙に浮いていることに不安や恐れない。

 高い所は苦手だったはずなのに全くの平常心だ。危険に鈍感になってるのか、はたまた身体が危険と判断してないのか……。

 ともあれ精神が安定しているのは悪いことではない。そう自分に言い聞かせる。


 おおよそ地上から200メートルほどで静止して、視界をぐるりと巡らせる。

 下には大きな森林地帯。背後には木々に覆われた山脈が連なり、前方には平野が広がっている。


「お、人工物発見」


 平野のかなり先に、壁に囲まれた都市が見えた。ここから歩いて向かうのは骨が折れそうだ。

 飛行の魔法を使って森を抜けよう。陽はまだ高いし急ぐ必要はない。


「フライ」


 飛行の魔法を唱える。別に口に出す必要はないけど、こういうのは気分だ。

 景色を楽しみながら遊覧飛行でのんびり進む。20分ほど飛んで、行程の半分くらいまで消化した。予想よりずいぶんと早い。

 飛んでると景色の進みが遅いからか、速さを実感できないのかもしれない。


「あれ? 馬車?」


 なにげなく地表を見たら、馬車が立ち往生しているのを見つけた。ついでに馬車を襲う翼竜っぽい巨大生物も。


「なにあれキモ」


 首の長いトカゲに翼が生えたような生物だ。胴体は牛くらいだが翼幅が10メートル近くあり、やたらにデカく見える。筋肉質な後ろ足には、猛禽のような鋭い鉤爪がある。鉤爪は圧巻の大きさで生き物なんて簡単に切り裂けそうだ。

 実際に馬が一頭、臓物をまき散らして馬車の近くに転がっている。


 馬車の周囲には四人の武装した男たちがいた。全身鎧を纏った彼らは、それぞれが武器を構えて上空の翼竜を警戒している。

 対する翼竜は空中でホバリングしながら男たちの様子を窺っていた。彼らには翼竜の出方を待つよりほかないようだ。

 一人の男が膠着した状況に焦れたのか、馬車の上に登って翼竜へと矢を射かけ始めた。

 ──その瞬間。翼竜は待ってましたとばかりに男めがけて滑空する。


「あ、やばい……」


 急降下した翼竜の鉤爪が男を掴んだと思いきや、男を覆う何かがガラスのように砕けた。獲物をしとめ損ねた翼竜は、すぐさま上空へと戻る。

 ほうほうの体で馬車から転げ落ちた男に怪我は見られない。再びにらみ合いの情勢だ。


「なんだろあれ。バリアっぽかった」


 爪が当たると同時に光の膜のようなものが現れ消えた。そういう魔法なんだろうか。脳内検索で防御魔法を探してみるが、似たようなものはあっても完全に一致するものは見つからなかった。


「魔法じゃないのかな?」


 僕の知らない魔法かもしれないし、別の技術かもしれない。答えは出ない。

 ともかく今は、この状況をどうするかを考えよう。正直、わざわざ危険に首を突っ込みたくはない。しかし放っておくと死人が出そうだ。仕方ない。ここは手を貸しておくか。

 あんまり近寄ると怖いし、この位置から撃とう。


「マジックミサイル」


 最低威力の魔力弾を作って発射する。真上から翼竜の後頭部に当ててやった。

 不意を突かれた翼竜はギャーと鳴き声上げたが、大してダメージではなかったようだ。すぐさまこちらに怒りの形相を向けた。

 上空に陣取っている僕を視認した翼竜は、翼をはためかせてこちらに向かってくる。

 自分から馬車を離れてくれるとはありがたい。墜落させても巻き添えを出さなくて済む。


「追加三十発」


 一気に生成した三十発の魔法弾を、翼竜めがけて発射する。

 迫りくる脅威に気付いた翼竜は、あたふたと回避行動を取る。


「ゴメンな。追尾式なんだ」


 翼竜の頭部に向けて、次々と魔法弾を着弾させていく。またたく間に三十発の弾丸を食らった翼竜は、脳を揺さぶられて意識を失ったのか、そのまま地表へと落下していく。

 そしてズドンという鈍い音をあげて地面に叩きつけられた。


 あの質量で高空から落ちたんじゃ、さすがにもう生きていないかな?

 そんなことを考えていると、やにわに男たちが翼竜へと駆け寄った。そして全員で翼竜の首に剣を叩きつけ始める。首は相当な硬さなようで、何度も何度も繰り返しぶっ叩いている。

 やがて首の半ばまで剣が埋まるようになると、彼らはやっと安心したのか、翼竜から離れてそのまま地面にへたりこんだ。


 終わったみたいだ。もう僕の助けは要らないし、さっさと都市に向かおう。

 去り際に彼らに目をやると、なにやらこちらに向けてしきりに手を振っている。お礼でもしたいのかな? だけどあんな物騒な集団に関わるのはごめんだ。


「ばいばい」


 お義理で軽く手を振ったら、そのまま飛んで彼らとはさよならした。

 それからは特に揉め事もなく、空の旅を楽しんだ。


「そろそろ降りよう」


 都市はもうすぐそこだ。上空から街中に降りて警戒されても困るし、早めに街道へと降下した。

 道路に降りたら、のんびり辺りを眺めながら都市に向かって歩いていく。

 道沿いには田園が広がっていた。まるで外国の農村のような景色だ。ここまで環境が地球と似てるとは幸運だった。空が紫色とかだったら泣いてた。


「お、また人だ」


 街道を先行している人が遠くに見えた。よく知らない人と話したくないし、追い付くつもりはない。

 単に世間話が苦手という側面もあるが、今の僕の姿を人前に晒していいのか判断がつかない。エルフだし黒髪だし。

 そもそもこの姿のまま都市に入っていいものか……。エルフと人間が敵対している可能性だってあるのだから。

 やはり対策は必要だな。ここは透明化の魔法を使おう。


「よし、これで見えない! はず!」


 魔法が成功した手応えはあったのでたぶん大丈夫。自分にはそのままの身体が見えているので、いまいち実感が湧かないけど……。

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