第4話 現状確認

「……ここは?」


 気が付けば僕は薄暗い森の中にいた。

 高さ10メートルはありそうな木々に囲まれてポッカリと空いたスペース。そこで僕は横たわっていた。

 枝葉の隙間から陽が差している。どうやら夜ではないようだ。

 辺りを見回せば、いびつな石柱がぐるりと等間隔で並んでいる。


「ストーンサークル?」


 スタート地点ということだろうか。まあ、考えても答えは出ない。


「しかし、声高いな。あー、あー、あめんぼあかいな、あがめむのん」


 少し子供っぽく、愛らしい声。それが自分の喉から出ている事実が切ない。

 違和感しかないけど、慣れないといけない。これからは意識的に声を出していこう。


「やっぱり、夢じゃなかったかー……」


 金色の髪をつまんでため息をこぼした。

 神様が言ってたことにも嘘はなかったようだ。完全にあの子になっている。

 いや、ちゃんと確認しよう。両の手をにぎにぎして、それを見つめる。


「お手々、ちっちゃい」


 そして耳をタッチ。


「お耳、長い」


 うーん、やっぱりエルフなのか。これ大丈夫なのかな。人間にイジメられたりしないよね?

 お次は服装チェック。あの空間で見たミリタリーロリータ服だ。腕をさすると不安になるくらい肉が薄い。

 これ鍛えられないのかな? こうも体格が貧弱だと他人に侮られそうだ。

 身体のあちこちをパンパンと叩いて確認していく。全体的に華奢なだけで、とくに問題はなさそう。逆にしっくりきすぎて怖いくらいだ。

 あと一番重要なことだが、ちゃんとちんこも付いてた。神様ありがとう!

 股間をもみもみしながら安堵の吐息をついたところで、ハタと気付いた。


「デカチンにしてもらえばよかった……」


 服に隠れた部分なら、神様から譲歩を引き出せたかもしれないのに。どうしてあの時に気付かなかったんだ僕は……。なんて愚か。

 ……いいさ、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。こういうのは体格に合ってこそだ。でかけりゃいいってもんじゃない。

 気持ちを切り替えて、股間からそっと手を離す。そしてゆっくりと肩を回した。


「見せてもらおうか、新しい肉体の性能とやらを」


 肩甲骨を大きく動かしながら、左右の腕を交代で大きく回転させる。たったそれだけの動作でこの身体の性能の一端が垣間見えた。

 ──肩甲骨がゴリゴリ鳴らない!

 加齢に伴い硬化していた、かつての関節とは全く違う、圧倒的な可動域。背中に回した手と手を繋ぐことも可能だ。しかも手の上下を入れ替えてすら。

 続いて両手を地面に向けての前屈。なんの抵抗もなく手のひらが地面に着いた。驚くべきフレキシブル。一体この肉体はどれほどのポテンシャルを秘めているのか。


「柔軟おしまい」


 気をつけの姿勢になって、その場で軽くジャンプ。なわとびの要領で着地とジャンプを繰り返す。

 慣れてきたら、膝の高さでのジャンプを数回試す。

 やはりそうだ。膝の関節が全く痛くならない! 以前であれば着地時の瞬間的な負荷で、すぐさま悲鳴をあげていたというのに。

 いやはや大したものだ。さすがは神造の肉体と言ったところか。

 ──そうだ。今ならできるかもしれない。


「アレをやるぞ」


 僕はおもむろに右手を前に突き出した。そして意を決して、中指を親指ではじく。

 ──パッチン。

 完璧な指パッチンだ。まさか本当に鳴るとは……。あれだけ練習してもできなかったことが、こうもあっさりと。

 喜びを噛みしめたいところだが、少し気になる点がある。指パッチンのコツを知らない僕が、はたして身体を変えたからといってそれが可能になるだろうか。

 普通ならそうはならない。なぜなら指が鳴る仕組みを知らないのだから。僕だってそうだった。

 しかし今は違う。僕はもう知っている。指パッチンとは指をはじく音ではなく、親指の付け根を叩く音なのだと。


 おそらくなんらかの補正。肉体からのフィードバックのようなものが働いている。

 この肉体の以前の持ち主、つまり神様の経験が反映されているのだと推察される。

 思い込みかもしれないが、この身体にできることは僕にもできる。そんな予感めいたものがあった。


「筋力を測ろう」


 適当に目を付けた木に向かって、ストーンサークルの外まで歩く。試したいことを思いついたのだ。

 この身体だと、ことさら幹が太く見えるな。両腕で抱えたら届くだろうか。


「いくぞー」


 木の幹に指を突き立てて、じわじわと力を込める。そしてズブズブと指がめり込んでいく。


「マジか」


 そのまま簡単に幹をむしり取れた。桃を握りつぶすくらいの感触だ。まだまだ余力があるんだが。

 あまりの容易さに調子に乗ってブチブチ引きちぎっていたら、いつのまにか幹が悲惨なことになっていた。


「あ、ヤバ……」


 ……僕には常々思っていたことがある。

 なにかと地球温暖化が騒がれる昨今だけど、むしろ最近って冬寒すぎない? とか。

 森林が地球温暖化を妨ぐって言うけど、なら逆に木を減らせば地球暖かくなるよね? とか。

 夏が暑くなっても、エアコン全開にして家から出なければいいんだから、むしろ温暖化促進するほうが良くない? とか。


 ──結論は出た。 やはりこれは正義の行い。悟りを開いた僕に、もはやためらいはない。

 僕がこの星を暖めるんだ!

 ズタボロになった幹に向けて、覚悟の一撃を放った。


「必殺! CO2排出拳!」


 なんてことない右ストレートのつもりだったが、効果は劇的だった。まさか拳を放った瞬間に幹が爆散してしまうとは……。

 おまけに拳の射線上にあった後ろの木々もなぎ倒してしまった。

 全力で殴ったわけでもないのに、ここまでの威力か……。うっかり人でも殴ったら、たちまちミンチだ。

 ちょっとこれは、さすがに力の調節を練習すべきかもしれない。とりあえず次は控えめに押す感じで打ってみよう。


「くらえ! 農林水産掌!」


 力をセーブして打ったおかげで爆散こそ免れたが、新たな木も簡単にへし折れてしまった。

 これはまずいぞ。力の加減がよくわからない。

 常人の範囲内のコントロールであれば問題なくできる自信はある。つまり以前の僕。藤木蓮太郎の力で0から100%の範囲内なら、いくらでも調節は利く。

 しかし今の身体では1000%でも2000%でも余裕で出せてしまう。どれだけ踏めばどこまで加速するのか、未知の領域でのアクセル感覚が僕には備わっていない。

 1000%2000%の力がどんな破壊を生むのか。トライアルアンドエラーで感覚を掴んでいくしかない。

 しかし今は、こんな環境破壊ばかりしてもいられない。最後に足技を試して区切りにしよう。


「トドメだ! 産業廃キック!」


 我ながら鮮やかな上段蹴りだ。格闘技経験など皆無だというのにスムーズすぎる。やはり肉体からのアシストがあるようだ。こと動作に関してはこの身体に不安はない。どれほどの破壊を生むかまでは予測できないけど……。

 今も蹴り上げた木が回転しながら宙を飛んでいってしまった。そのうち慣れると信じよう。信じたい。

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