第3話 説明会②

「ありがとうございます! 頂戴する身体は、大切にしますから!」


「そうしてくださると私もうれしいです。

 ですがこれからあなたが転生する世界は、いわゆる剣と魔法の世界です。傷つくことを恐れて引きこもらずに、ぜひ冒険を楽しんでください。

 そのための強さもその身体には備わっていますから」


「やっぱり、そのレクリエーション用の世界ってところに転生するんですか? もう地球には戻れませんか?」


「はい、そのとおりです。あなたの元いた地球は私の管轄外ですので、私には手を加えることは難しいのです。

 やってやれなくはないですが、それは例えるなら美術館に忍び込んで名画に落書きをするようなもの。

 発覚すれば私は仲間から顰蹙を買うでしょうし、落書きであるあなたは消去される可能性があります。

 ですからこれは私たちお互いにとって、おすすめできる選択肢ではありません」


 なるほど。未練は残るけどそれなら仕方ないか。かつての自分や残してきたあれこれを思うと、処理しきれない感情が生まれる。でも今は考えない。


「納得しました。それじゃあ無理は言えませんね。それはそうとこれから僕が転生する世界って、どういった世界なんですか? 」


「地球によく似ていますよ。自然環境や生命、文物など、地球のデータを流用している部分が多いですから。ちゃんと人間もいます。

 ただ冒険の世界がコンセプトなので、危険な生物もそれなりに存在します。

 と言っても、あなたにお譲りする身体は限界レベルまで強化育成されていますので、危険を感じることは稀かもしれません。

 あと、そうですね。もしかしたら藤木さんの同郷の方にも会えるかもしれません。というのも、あなたのような迷える魂をお招きして、ゲストアカウントで参加してもらっているからです」


 地球風の世界なら、健康で文化的な最低限度の生活は期待していいのかな? よくわからないけど限界レベルに強化してるって話だし、カンストステータスがあればなんとかなるよね?

 それとゲストアカウントか。いよいよ話がゲームじみてきたな。元日本人や元地球人に会えるかもしれないと言われたところで、どうせ知らない人だろうし、同郷だから気が合うとは限らない。そういうこともある、とだけ心に留めておこう。


「あれ? そのゲストアカウントなら新規でイケメンキャラを作って参加もできるのでは……?」


「できますね。私としては残念ですが、あなたがそれを望むのなら、その意思を尊重しましょう。

 ただし、その場合は能力的には初期値から始まるため、相応の難易度で異世界に挑むことになりますが」


 あー、そうなるのか。言うなれば体感型VRアクションゲームをコンティニュー不可でプレイするようなものか。

 だとすると、それは考えものだな。はたして初見のアクションゲームに挑戦して、突発死や事故死をゼロにできるものだろうか? そんなこと、よほどの腕自慢でもなければ、難易度イージーやノーマルでも難しい。一度や二度の不慮の死は、どんなヌルゲーにも起こり得る。

 死んだらキャラロストのアイアンマンモードなんて、集団を指揮するストラテジーゲームでもマゾいんだ。それを1つしかない自分の命を懸けてやる? そんなの絶対にご免だ。


「いえ結構です! この子! この子がいいです!」


 僕は断固たる態度で、スクリーンの少女を指さす。実力派ゲーマーならいざ知らず、僕はイージーモードもウェルカムのエンジョイ勢だ。困難を楽しみたいなら二周目でやればいい。一週目からハードモードを選ぶほど僕は自信家ではない。残念だけどここはイケメンより安全を取る。

 ふと、そこで気付いた。少女がスクリーンを飛び出て宙に浮いてる。どうやら立体映像らしく身体が半透明だ。どういう仕組みかプロジェクターは見当たらない。そういえば最初からそんなものなかったな。


「彼女の性別を変更しました。いえ、もう彼ですね。」


 まったく違いがわからない……。骨格から女の子に見える。控えめな胸の膨らみは、ただの服の盛り上がりなのか。

 ネットで写真をアップしてる女装男子なんかだと、服装やポーズでいかついパーツを上手に隠しいるものだが、この子にはそういった不自然さが見られない。本当に男になってるのか疑わしい。しかし神様がそう言うなら信じるしかない。

 ところでこの立体映像は、スカートの中まで作り込んでいるのかな? 誰しもそうだと思うが、僕はフィギュアや3Dゲームの女の子がスカートを履いていた場合、それを下から覗くことを至上命題としているのだ。

 今現在の僕も、どうにか確認できないものかと極限まで浅く椅子に座っているが、これ以上の仰角は取れそうにない。さすがに席を離れてしまえば神様も不審に思うだろう。残念だけど今は諦めるしかない。


「最後にいくつか注意点をお伝えしましょう。

 まずこれよりこのアバターをお譲りするわけですが、私のアカウントごと差し上げるわけにはいかないため、新たにご用意したアカウントへのアバターのコンバートという形になります。

 そのため私のアカウントに紐付けられた所持金やアイテムボックスの中身は一切移譲することができません。武器などもアイテムボックスから呼び出して運用していたため、あちらでは丸腰でのスタートになってしまいます。とはいえ無手でも十分な戦闘力がありますので、それほど悲観することはありません。

 ちなみにアイテムボックスとは、空間から自在に持ち物を出し入れできるカバンのようなものです。肉体の筋力に応じて限界重量が決まりますので、そのあたりは上手くやりくりしてください」


 丸腰かぁ……。本当に大丈夫だろうか。ケンカとかしたことないんですけど僕。

 それにしてもアイテムボックスね。日本語ならお道具箱。秘密道具を出すポケットみたいな認識でいいのだろうか。

 ゲーマー的にはインベントリやストレージと呼ぶ方がしっくりくるけど、なにはともあれ便利そうだ。


「さて、そろそろこの説明会も終わりとしましょう。おしまいになにか質問はありますか?」


 やっと終わりかー。これで最後なら気になってたことを聞いてみたい。


「えっと、ずっと疑問だったんですけど、なぜ僕なのでしょう? 他の人も勧誘してるなら、もっとまともな人はたくさんいたはずですよね?

 僕のようなニートにここまで親切にしてくれる理由が、ちょっとわからないというか……」


「不思議に思われる気持ちはわかりますが、本当に単なる偶然です。あなたがここに来たから。ただそれだけのこと。

 庭先に痩せこけた子猫が迷い込んできたから、家に保護して温めたミルクをあげた。その程度の気まぐれです。

 そして他の人の勧誘についてですが、その手順は完全にオートメーション化されていますから、あえて私が割り込んでまでどうこうする気にはなれません」


「なるほど……」


 ただただ運がよかった。それだけの話なのか。まあ、使命とかなくて良かった。テキトーにやってこう。


「ところで藤木さんはご存じですか? 本当は猫にミルクをあげてはいけないんです。正確には牛乳ですが、猫には牛乳に含まれる乳糖を分解する酵素が不足しているため、お腹を壊してしまうんです。

 人間にもいますよね? 牛乳を飲むとお腹が緩くなってしまう人。それと同じです。

 とは言っても猫にも個体差があるので、十分に酵素を持ち問題なく牛乳を飲める子もいます。もっとも症状が出るかはどうかは飲ませてみるまでわかりませんが。


 ……脱線してしまいましたね。お話を以上になりますが、最後に一言だけ。

 今回お譲りするアバターは人には過ぎた力を持っています。これを人間に与えることがどういう結果をもたらすのか、正直私にも予測できません。

 ですが私は願っています。この決定があなたという子猫にとってのミルクだったとしても、どうかそれに負けないで欲しいと」


 うわぁあああ! 土壇場でなんか怖いこと言いだしたぁああ!


「やっぱ、止めっ……」


「それでは、よい来世を」


そこで意識が途切れた。

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